車道側を歩きながら微笑むてると。
その背後には軽トラが迫っていた。
さっと腕を掴み、体を引き寄せる。
本人は状況が飲み込めず困惑しているようだった。
心音が聞こえる近さの中、ジメジメとした熱さがお互いの体に伝わっていく。
てるとの言葉にふと我に返る。
困り顔が俺の目に飛び込んできて、慌てて手を離した。
あの夏の日の景色が、頭の中で再生される。
今日みたいな晴れ渡る空が広がっていて、蝉の声がとてもうるさかった。
隣に佇むてるとの姿が_父さんと重なる。
その日は、特に予定とかもなかったと思う。
気の向くまま家族三人で、散歩していた。
父さんのがっしりとした大きな手を握り返しながら、指の先を目で追う。
田んぼに映る大きな影が二つ。
満足げな吐息混じりでうっとりとした表情をする父さん。
そんな様子を見て、俺の右にいる母さんが嬉しそうに微笑んだ。
そう言うと父さんが顔を恥ずかしそうに赤く染めた。
当時の俺から見ても、仲睦まじい夫婦だと思った。
ぶらぶらと家族で歩き、話し、笑う。
そんな当たり前の日常が簡単に壊れることなど、小さい俺が知る由もなかった。
後ろから車の走ってくる音が聞こえてくる。
最初は気に留めなかったが、段々と近づいて大きくなるのに不安を覚え、後ろに振り返る。
俺の手と父さんの手が離れる。
隣りにいたはずの父さんは、一瞬にして遠くに吹き飛ばされていた。
母さんが一瞬にして顔を強張らせる。
そのまま一心不乱に父さんに向かって走る母さんを、幼い小さな足取りで追いかける。
母さんが、血だらけの父さんに必死に声をかけている。
数十メートル先でようやく止まった軽トラから、運転手が顔を真っ青にして降りてきた。
お盆時期で焼かれるような炎天下なのにも関わらず、周囲の雰囲気は異常なほど冷たい。
それは、まるで、父さんの体のように。
地面を揺らすような鈍い音を聞きつけてか、近くの家から人が出てくる。
父さんの前で呆然と立ち尽くす俺は、その後のことなんて覚えていない。
母さんが玄関で頭を深く下げる。
俺の父方の祖父母は、同じように無言で顔を見合わせる。
どこか気まずい雰囲気の原因は、俺の親権の問題だった。
父さんが死んでから、俺の立ち位置は非常に複雑で厄介なことになってしまった。
元々の俺は、目の前にあるこの家で父さん・母さん・父さんの方の祖父母、計5人で暮らしていた。
だが、父の死後に母さんがこの家を出ていくと言い、親権問題が勃発した。
以前のように父方の祖父母の家で暮らすか、母と共に家を出ていくか。
主な選択肢はそのふたつだった。
しかし、母さんの強い決意は揺らぐこと無く、母の必死な説得のおかげで、俺は母さんとこの家を、この場所から出ていくこととなった。
近くには母さんの実家もある。
だけど、両親を頼るなんて選択肢は母さんの中には始めから無かった。
母さんが悪いわけじゃないのに、餓鬼の俺に対しても頭を下げる母。
いたたまれなくなって、電車から流れていく景色を見つめる。
見慣れた景色が徐々に変わっていく。
そのうち畑は少なくなり、家の数や車の数が増えていく。
専業主婦で世間が狭い母さんに、この先どんな試練があるか分からない。
住み慣れた土地を離れ、見知らぬ都会に行ったって状況は何も変わらないかもしれない。
なんなら、悪化するかもしれない。
そんな不安の中での、母子生活のスタートだった。
てるとの声ではっとする。
心配そうに俺の顔を覗き込んでいたてるとの瞳は不安げに揺れている。
あぁ、隣にいるのは父さんじゃない。てるとだ。
この目に映る景色も、あの日に酷似してただけだ。
そう安心させるように微笑む。
てるとは相変わらず不審そうな目で、俺を見ている。
ハッキリとそう言った後、パキパキと前に進んでいく。
未だに過去の回想から抜けられない俺はぼーっとしていたが、慌てててるとの後を追いかけた。
急に思い出した雑談入ります
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!