鍵は、毎日ちゃんと回していた。あいつが逃げ出さないように。
光は、朝も夜も届かない。
遮光カーテンで閉ざされた窓、音のないコンクリートの壁。
テレビもスマホもない。時計だけが、やけに静かに時を刻んでいた。
「今日も、ごはん持ってきましたよ」
俺は金属製のトレイを手に、そっと扉を開けた。
ドアには内側から開けられない仕組みの、重たい鍵がついている。
彼のために作った部屋。
彼だけの、世界。
ベッドの上で膝を抱えていたその人は、俺の顔を見ると少しだけ表情を歪めた。
「おい!星導もう帰せよ!」
声はかすれていた。何日も叫び続けた声。
俺は首を横に振る。それがどれだけの愛情を込めた拒絶か、彼はまだ理解していない。
「帰ったら、またあいつのところに行くんでしょ。俺のことなんて、すぐに忘れる。…そうやって何度も、俺を捨てるんですよね」
「忘れたのはお前だろ……」
言葉に詰まる彼を見て、俺はふと笑ってしまった。
どうしてわからないんだろう。こんなにも、愛しているのに。
彼が好きだったココア。好みの温度、好みの甘さ、好みのカップ。
全部、覚えている。
笑ってくれた瞬間を、永遠に閉じ込めたかった。
「小柳くんのこと、ちゃんと幸せにするよ。ここでなら、誰にも奪われない。世界で一番、安全な場所ですよ」
俺が手を差し出すと、彼はほんの少しだけ震えながらも、その指先に触れた。
それが拒絶か、諦めか、それとも少しの情かは、もうわからなかった。
日々は静かに過ぎていく。
逃げないように、目を離さないように、愛を注ぎ続ける。
彼の笑顔が戻る日を、ずっと待っている。
だけど、ある日彼はこう言った。
「……それでも、俺は星導を愛せない」
俺は黙って、その言葉を受け止めた。
痛かった。胸が張り裂けそうだった。でも、それでも
「それなら、ずっとここにいればいい。小柳くんが俺を愛せるようになるまで、いくらでも待つよ」
重たいのは、愛じゃない。自由という名の、残酷さだ。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。