第7話

狼は蛸から逃げれない
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2025/09/17 11:29 更新


 鍵は、毎日ちゃんと回していた。あいつが逃げ出さないように。

 光は、朝も夜も届かない。
 遮光カーテンで閉ざされた窓、音のないコンクリートの壁。

 テレビもスマホもない。時計だけが、やけに静かに時を刻んでいた。


 「今日も、ごはん持ってきましたよ」

 俺は金属製のトレイを手に、そっと扉を開けた。

 ドアには内側から開けられない仕組みの、重たい鍵がついている。

 彼のために作った部屋。

 彼だけの、世界。

 ベッドの上で膝を抱えていたその人は、俺の顔を見ると少しだけ表情を歪めた。


 「おい!星導もう帰せよ!」


 声はかすれていた。何日も叫び続けた声。

 俺は首を横に振る。それがどれだけの愛情を込めた拒絶か、彼はまだ理解していない。

 「帰ったら、またあいつのところに行くんでしょ。俺のことなんて、すぐに忘れる。…そうやって何度も、俺を捨てるんですよね」

「忘れたのはお前だろ……」

 言葉に詰まる彼を見て、俺はふと笑ってしまった。

 どうしてわからないんだろう。こんなにも、愛しているのに。


 彼が好きだったココア。好みの温度、好みの甘さ、好みのカップ。

 全部、覚えている。

 笑ってくれた瞬間を、永遠に閉じ込めたかった。


 「小柳くんのこと、ちゃんと幸せにするよ。ここでなら、誰にも奪われない。世界で一番、安全な場所ですよ」


 俺が手を差し出すと、彼はほんの少しだけ震えながらも、その指先に触れた。

 それが拒絶か、諦めか、それとも少しの情かは、もうわからなかった。


 日々は静かに過ぎていく。

 逃げないように、目を離さないように、愛を注ぎ続ける。

 彼の笑顔が戻る日を、ずっと待っている。

 だけど、ある日彼はこう言った。


 「……それでも、俺は星導を愛せない」

 俺は黙って、その言葉を受け止めた。

 痛かった。胸が張り裂けそうだった。でも、それでも

 「それなら、ずっとここにいればいい。小柳くんが俺を愛せるようになるまで、いくらでも待つよ」


 重たいのは、愛じゃない。自由という名の、残酷さだ。

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