第3話

名もない呼吸の調律
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2025/05/07 03:07 更新




隊舎の朝はいつも、金属音から始まる。




鉄製のロッカーが開く音、整列の靴音、点呼の号令。

目覚ましが鳴る前に自然と身体が反応するようになる頃、軍での時間が身体に馴染み始めていた。







あなたとミンジョンの関係は、
相変わらずだった。





演習では、ペアを組めば上官に褒められ、
対人訓練では、わずかな視線の交錯だけで
連携を取れる。

座学では前後の席に座りながら、
片方が間違えばすかさず皮肉が飛び、
片方が正答すれば素直に悔しそうな顔をする。






口論も、減ってはいなかった。
でも、誰の目にも明らかだった。

ふたりは、抜群に噛み合っていた。
















ある日、武器の点検後、教官がボソッと漏らした。




教官
教官
お前らはまるで右手と左手だな




ミンジョンはすかさず言い返した。





민정
민정
どっちが利き手かは重要ですよ
教官
教官
はいはい、どっちも大事ってことだ





教官は苦笑いしながらそう言った。





その会話に、あなたは何も言わなかったが、
どこか嬉しそうに頬を緩めていた。




















早朝の演習場。







まだ日が昇りきらない薄青の光の中、
ミンジョンは、偶然その姿を見た。

あなただった。







誰もいない射撃場で、静かに姿勢を取っている。
風のない朝。



その中で、あなたは的を見つめていた。

1発。
2発。







音は小さく、控えめだった。
誰も見ていない。褒める人もいない。
記録に残るわけでもない。





でも、あなたは撃っていた。



規則に沿った姿勢ではなかった。
でも、無駄がなく、しなやかで、的確だった。








ミンジョンは、離れた位置から
その姿をじっと見ていた。






민정
민정
…あの人も、努力してるんだ






その瞬間、
なぜだか胸がすこしだけ熱くなった。






努力しているところを見せない人間だと思っていた。
でもそれは、誰かに見せる必要がないだけ。



彼女は、ずっと自分で自分を鍛えていた。





風が吹く。
あなたがふと振り返った。







민정
민정





目が合った。







ミンジョンはばつが悪そうに言った。



민정
민정
…勝手に見てた。ごめん







あなたは首をすくめて、わずかに笑った。








(なまえ)
あなた
見せてるつもりはなかったけど、
見られて困るものでもないから
민정
민정
…かっこつけてるだけの人かと思ってた
(なまえ)
あなた
そういうふうに見えるってことは、たぶん、あなたもかっこよくなりたいんだろうね





ミンジョンはむくれて横を向いた。









민정
민정
…何それ、理屈っぽい
(なまえ)
あなた
言ったの、あなたでしょ
민정
민정
はいはい、うるさい




けれど、口元はどこか緩んでいた。


ふたりの間には、
朝の冷たい空気を切るような軽やかさがあった。































その日の午後、銃器整備の時間。




ミンジョンは不器用ではなかったが、
どうしても分解の細部で引っかかることが多かった。






パーツの噛み合わせ、
ネジの締め具合、スプリングの癖。
マニュアルにはない癖を読むことが苦手だった。





それを見かねて、あなたが静かに声をかけた。










(なまえ)
あなた
それ、ここに指を入れるとやりやすい
민정
민정
え?
(なまえ)
あなた
ほら、見せて





あなたはミンジョンの手の上に自分の手を添えた。

一瞬、ミンジョンの動きが止まる。











민정
민정
…ちょっと、近い
(なまえ)
あなた
パーツが小さいから
민정
민정
うそ
(なまえ)
あなた
本当





あなたはくすりとも笑わずに言った。
でも、指先は丁寧だった。








(なまえ)
あなた
ここに軽く力を入れる。
逆に、ここは押しちゃダメ
민정
민정
へえ…なんか、あなたが優しいの、変な感じ
(なまえ)
あなた
優しいんじゃない。
武器を壊されるのが嫌なだけ
민정
민정
正直か





ふたりは、
互いの手を通じてわずかに近づいていた。





その距離を、誰も邪魔できなかった。

































夜。



居室に戻ったあと、
ミンジョンはベッドの上でぽつりとつぶやいた。







민정
민정
ねえ、あなた
(なまえ)
あなた
なに
민정
민정
なんで、そんなに冷静でいられるの?





あなたは、本を読んでいた手を止めた。









(なまえ)
あなた
冷静っていうか…人の感情を信じすぎると、面倒になるから
민정
민정
それって、防御?
(なまえ)
あなた
そうかもしれない。でも、最近は...、
민정
민정
最近は?
(なまえ)
あなた
…ミンジョンの感情だけは、信じてもいいかなって思ってる






その言葉に、
ミンジョンは心臓がどきりと鳴った。










민정
민정
…それ、どういう意味?
(なまえ)
あなた
どうとでも取れるように、言ったつもり
민정
민정
うざい
(なまえ)
あなた
でも、少し嬉しいでしょ
민정
민정
うるさい、寝る





ミンジョンは毛布をかぶった。
でも、その下で、頬が赤くなっているのは明らかだった。






あなたはふふ、と小さく笑い、
何も言わずにまたページをめくった。

























それからも、ふたりの言い合いは続いた。


でも、誰もが知っていた。
それが二人なりの“呼吸”だ。






あなたの感覚は、ミンジョンの理論を滑らかにし、
ミンジョンの知識はあなたの直感に深さを加えていた。






ふたりが一緒にいるときだけ、
互いの輪郭は、やわらかく、
そして確かにあたたかくなった。




名前のないその関係に、
まだふたりは気づいていなかった。




でも、誰よりも強く、
相手を見ていることだけは、確かだった。









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