ないこside
残り4日・午前10時
面会開始時間とほぼ同時に病院に入り、りうらの病室を目指して1人、とぼとぼと廊下を歩く
メンバーには俺が家を出る前に「誰か一緒に来る?」って聞いたけど、昨日の目覚めないりうらを見てか、全員さらに落ち込んだ様子で「今日はやめとく、」って言ってきた
今日は外がどんよりとした曇り空だからか、それとも俺がこんな気分だからか、病院の廊下が心做しかいつも以上に暗い気がする
少し歩き、いつもの病室を通り過ぎ、今のりうらの病室のドアを力無くノックする
今日はりうら以外誰もいないのか反応は無く、俺は小さく息を吸ってドアをゆっくりと開ける
相変わらずの見慣れた景色が広がっていた
「やっぱり起きてないか、」とボソッっと呟き、りうらのベッドの横にある椅子に浅く腰かける
そして特に意味もなく、ずっと寝ているりうらの顔をじっと見る
数週間前に活動を始めた時のちょっと不慣れな笑顔も、慣れてきて見せたあの無邪気で楽しそうな笑顔も実は俺の幻覚で
体調が良くて「ないくん!」って呼んでくれる元気な声も、俺がりうらにちょっかいを出して「ないくんキモイ」って言ってくる若干冷たい声も俺の幻聴で、
1つの長い夢物語だったのかな、淡い幻想だったのかなって思ってしまうほど、今のりうらから数週間前のその姿を想像するのは容易ではなかった
変わり果てたりうらを見ると、ダメだとわかっていてもどうしても脳内に「死」の1文字が浮かぶ
……わかっていたことだよ、
もう数年前から、病気になった時から、いつか、それも近いうちに必ず、「お別れ」の時が来るってことくらい、
散々脳内でシミュレーションして、考えたくもないけど「りうらがいない世界」を想像して、
あの日取り乱したりうらの余命宣告だって、予期せぬ出来事じゃなかったのに、
なんで、いざその時が来ると
この答えしか、出ないんだろう
りうらの辛さを知らない俺の我儘に過ぎない、身勝手なお願いを連呼して、
いつの間にか椅子から落ちて、床に座ってりうらのベッドに突っ伏して、でも絶対にりうらの少し冷たい右手だけは離さなくて、
何分泣いたんだろう、分からないけど静かな病室でただ1人、泣き続けた
気がつくと体勢はそのままで寝ちゃってたらしい
慌てて時間を確認すると、午前10時に来たのに午後1時を少し過ぎていた
俺が起き上がるのと同時に背中から落ちる誰かの毛布
おそらく先生かししょーがかけてくれたんだろうと思い、それを丁寧に畳んでベッドサイドテーブルに置いた
外は俺のさっきまでの涙が移ったのか、土砂降りの雨が降っている
窓際に立ち、少しその景色を静観していると
小さな声が聞こえた気がし、勢いよく振り向くと
うっすらと目を開けて、欠伸をしながらまだ状況がよくわかっていないりうらが居た
声は弱々しいけど、寝起きのいつも通りのぼんやりした感じでりうらはそう言った
りうらside
ないくんに「おはよ」って言ってから多分数分
ないくんがナースコールを押したのか一気に病室が賑やかになって、視界は本当にぼやけているから誰がいるのかよく分からないけど、先生とか師匠の声が小さく聞こえた気がした
そして誰が言っているのかは分からないけど、あちこちから「よかったッ、」って聞こえてくる
俺が起きたのが嬉しいのか、多分ないくんがずーっと俺の右手を優しく握ってくれている
相変わらず優しくて暖かいその手
握り返すことは出来ないけど、嬉しかった
けど
相変わらず動かなくてだるい体に、内心「もう疲れた」って思っている自分がいた
夜・午後7時過ぎ
点滴は繋がっているけど少しだるくなってきた体
今は病室で先生が俺の右手をさすってくれている
そしてそのまま数分、無言が続く
いつもなら先生が何かと話しかけてくれてこの静寂が終わるけど
今だけはその静寂を破ったのは俺だった
俺の手をさすりながらそう言う先生
ぼんやりと先生の像を確認したあと、俺は小さく息を吸った
もうこれ以上、先生に迷惑かけたくないけど
ごめんなさい、
──────俺がそう言ってから数十分後
今つけていた点滴が終わったのと同時に、ずっと俺に繋がっていた点滴は、全部、無くなった
気のせいかもだけど少しずつだるくなっていく体
6年間頑張った治療にたった今、終止符を打った
辛い体に謎の開放感と少しの申し訳なさだけが残った














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!