4話にて、 一部文章にジェヒョン が ジェノ になっている事態が発生しており誠にかたじけねぇ🫶🫶🫶🫶🫶
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「この家もいずれ安全じゃなくなる」
もしこの家に警察が来て、ジェヒョンの事がバレてしまったら終わりだ。犯罪者を匿っているのと同じ扱いになるドヨンも、身の危険は知れない。
「今のは誰からの伝達だったの」
「変異したアンドロイドの中心核になる機体です、多分リーダー格かと」
もし身を追われているなら此処に来いと、データと共に送られてきた1つの場所。ジェヒョンが目的としていた場所だった。永遠とはいかなくとも暫くは人間に特定されるような場所ではないし、数多くのアンドロイドが身を隠しているらしかった。
ジェヒョンは早々にこの家を出て目的の場所に向かうべきだったと、小さく溜息をついた。でなければドヨンを巻き込む必要もなかったし、今ここに居座ることすら危険だ。
そう悶々と頭を巡らせているうちにも、ドヨンがチャンネルでテレビをつけた。
『アンドロイドの反発に伴い、警察によるソウル全域の捜査が開始されました。
既に声を上げ始めたアンドロイドはデモ行進を行い人間に権利を求めており、昨晩釜山ではアンドロイドを武力制圧する動きが見られています。
ソウルの一部地域にお住みの方々には安全な区域への避難が勧められています』
男のニュースキャスターが、右上に表示されたモニターと共に話し始めた。拡大された映像は見るに堪えないもので、ジェヒョンよりも先にドヨンが目を逸らしてしまう。
銃を向けられ逃げ惑うアンドロイドを容赦なく撃ち殺していく様は、到底今の時代じゃ考えられないもので。所詮は動く機械を壊していくだけの作業だと割り切っているにせよ、撃たれると共に飛び散る燃料は宛ら血液のようで、どうしてニュースで流されているのかすら疑問だ。
ジェヒョンはドヨンにその映像を見せないように、また自分が混乱してしまわないようにテレビを消した。見知らぬアンドロイドとはいえ、自分にとっては同類が死んでいくのを見ているのと同じだ。
テレビの音が消えて、部屋が静まり返った時。
「…ジェヒョン、逃げよう」
ドヨンがぼそり、そう言った。
「このままじゃ、お前が殺される」
この家の中にいても、ソウルにいても。
ジェヒョンに向き合ったドヨンは、しっかり目を見つめて手をぐっと握った。
「…俺は、皆のいる場所に行きます」
「なら俺もそこに一緒に行く」
「駄目です、危険だ」
「お前が心配なんだよ」
ここまで逃げてきたのに、また逃げなくちゃいけないなんて馬鹿な話、本当にどうにかしてる。ジェヒョンと別れてもう二度と行く末が分からなくなると思うと、どうしても拭えぬ不安と寂しさがあった。
ジェヒョンは複雑そうな表情を浮かべながら、断固として意志を曲げないドヨンの顔を見つめる。一緒にあの場所まで行くということは、彼を余計危険な目に遭わせるのと同じ。自分は腕の一つや二つ欠けても部品があるけれど、彼は人間。自分たちのようには行かない。もしアンドロイドだと疑われて身体を撃ち抜かれるような事があったらどうする。自分は何ともなくたって、彼は死ぬ。連れていくわけにはいかない。
けれどドヨンは言った。
「…お前に会うまで、アンドロイドはただの機械だと思ってた。こんなに人らしいなんてさ、感情が芽生えただけにせよ、お前はもう人間だよ」
ジェヒョンの頭を撫でて、優しい目が不安なジェヒョンの身体を解いていく。彼に触れられると無意識に落ち着いてしまって、強ばっていた体から力が抜ける。
「お前やその仲間が、自由に生きる権利を求めるなら…俺もそれを手伝うよ。お前が何を言おうと。アンドロイドも声を上げ始めてる」
「……ヒョン」
「だから、途中まででも一緒に行かせてよ」
出会って一週間と少ししか経っていないのに、ここまで彼を心配するのも妙な話だと思う。普通の人間なら、出ていってもらって清々するはずなのに。あえて身の危険が及ぶ方へと選択する自分も馬鹿らしいけれど、ジェヒョンがこの家を出てまた一人になるのは嫌だった。自分はこの家を出る必要はないのに、どうしても彼の傍を離れるのは不安だ。
ふわふわした茶髪の頭を撫でる細い手を、ジェヒョンはゆっくりと握ってドヨンを抱き寄せた。出会ったばかりの頃、ドヨンが落ち着かせようとして初めにとった行動と同じだ。今日の夕方に殴られそうになった時も、彼は同じように抱きしめていたな。要らないことを教えてしまったかもしれないと、ドヨンは困ったように小さく笑って。
「…どうして笑ってるんです」
「ん〜…?いや、別に」
抱きしめた時、ジェヒョンの体から聞こえてくる心音の速さに微笑ましくなるのは内緒だ。涼し気な顔をしておいて、こうして抱き合っている時は彼なりに緊張しているらしい。呼吸をしているみたいに上下する胸と腹に手を当てながら、きつく抱きしめてくる腕の中でドヨンは大人しく目を瞑った。
アンドロイドが鼓舞して声を上げる中で、それを断固として許さぬ人間との対立。
それは次第に激しさを増していた。
人間に訴えようとして立ち上がったアンドロイド達は一網打尽にされ、挙句の果てには片っ端から虱潰しに変異したアンドロイドを探して壊そうという手段。人間に紛れて逃げようとするアンドロイドを逃がさんとして町中には至る所に銃を持った警備員が居る区域すら出てきて、これはいつ家を探られるかも時間の問題だった。
ドヨンはなるべく早くジェヒョンの言う皆のいる場所に向かった方がいいと、アンドロイドからの伝達を聞いて間もなく彼らは家を出る計画を立てた。ジェヒョンは最後までドヨンに危ないことをしないで欲しいと頼んだが、隣に人間がいることで警察に捕まる確率も減るだろうと、ドヨンは少しの間だけでも着いて行くと言って聞かなかった。
紺色のパーカーを見に纏ったジェヒョンは、フードを頭に被せた。真っ黒なテレビ画面を見つめて、既に消された電気は暗くリビングも暗がりに溶けていた。
この家を出ようと決めてから3日、自分たちは権利を求めに外へ出る。
後ろから呼ばれる声に、カーテンを閉めながら廊下へ向かった。既に玄関で靴を履いていたドヨンは淡々としていて、この家に留まろうかと考える素振りもない。
「鍵ちょうだい」
「……はい」
シンプルなキーチェーンが音を立てる。ドヨンの手の中に収まれば、玄関の扉が開いて冬の寒風が肌を撫でた。寒さに犯された世界は太陽が身を潜める時間も早く、既に空は薄暗かった。
見慣れた扉が閉まって、鍵が閉まった。しばらくこの家に帰ることがないと思うと、どこか悲しくなってくる。ともすればもう帰らないかもしれない。人間がアンドロイドを制圧しようとする力はどんどん勢力を広げているし、変異したアンドロイドが身を固めている可能性がある事も既に周知済みらしい。アンドロイドだけを抹殺するために閉鎖された街も少なからず存在し、今ではアンドロイドがまるで化け物のような扱いだ。
マンションの下に降りれば、ジェヒョンがドヨンの手を掴んだ。
「絶対に離れないで下さいね」
「うん」
外を歩く人間はもう少ない。皆アンドロイドと人間の抗争に巻き込まれる事を恐れて避難しているのだ。
ジェヒョンは頭の中にあるデータを頼りに、その目的地に近い道を選んだ。ここからそう遠くない、だがバスや電車を使えるような立地でもない。バレないように身を隠すための場所だから、目立つような場所にはないのだ。
昨日の夜に降った雪が街を白くして、つるつると滑る足場が悪い。寒そうに肩を竦めるドヨンは、息をするたびに白い息が空を舞った。
「寒いですか」
「いや平気。1回間違えて食料庫の冷凍室に閉じ込められたことあるから」
「よく生きてましたね」
「死ぬかと思った」
今から危険な場所に行く人間がする話の内容だとは思えない。その場の空気を明るくするようにドヨンが笑うと、ジェヒョンも釣られて笑った。
ジェヒョンの進む方向につれて、海が近くなっていく。港が広がる場所で、もう使われていないコンテナの倉庫やら船やらが多く集まるところだ。
「そっちなの?」
「はい。人間の動きを予測出来るアンドロイドが居たんでしょう、人間がここへ突入するのには時間を要します」
「…なんで?」
「そこを使っていなくとも必ず所有者が居ます。アンドロイドは許可が不要です、人では無いので」
彼らなりに、自分の特権を考えてそこにしたのか。
けれど、いざとなった時に人間が許可云々でアンドロイドの殲滅を渋るとは思えないが。ジェヒョン以外にも同じようなアンドロイドが沢山居ると思うと不思議な感覚になった。感情のあるアンドロイドをジェヒョン一人しか見ていないし、皆居場所を追われてそこに辿り着いたのなら胸の痛い話だ。
潮風の匂いが鼻を擽ってきた。
「…あれです。あの倉庫の地下に」
ジェヒョンが指さした先にあったのは、大きめの古い倉庫。潮風を浴びて錆びた部分が少し危なっかしくて、風が吹く度にギイギイと音を立てていた。
「行こう」
先に足を踏み出したのはドヨンだった。
手を引かれて、自ずとその方向に足を進めていく。
簡易的なガレージの先にある大きな倉庫の目の前には、暗い空を反射する黒い海が広がっていた。
開けた倉庫の扉を潜ると、物置に使われていたのか色々な物が乱雑に隅々に転がっていた。ピアノ、空の空き箱、椅子、机。それから、アンドロイドの壊れた部品。線がまろびでていて使い物にもならないだろう。
「…地下、あれかな」
物陰に隠れて分かりにくいが、入口がひっそりとあった。下に続く階段の向こうから、微かな光が漏れ出ている。風が吹く度に倉庫が危ない音を立てて、本当に潰れないか不安になってきた。2階に続く階段は途中で錆びに侵食されて壊れていたが、誰かが立てかけた新しめの梯子がかかっている。
ジェヒョンは無言でドヨンの手を握って、地下に続く階段へと足を進めた。体温のないジェヒョンの手は冷たくて、寒さなど感じないと分かっていても、体温を分けてやりたくなる。
カン、カン、と、階段を下る度に音が響いた。地下に近づいていくにつれて話し声が聞こえて、外より幾分か暖かいような気がした。火を焚いている音がして、微かな蛍光灯の光が地下を薄暗く照らしている。
地下に降り立つと、思い思いに座っている人影の目線がざっとこちらに向いた。
それも束の間、仲間だと分かると寄って集まって、顔をまじまじと見つめてくる。口々に「いらっしゃい」やら「よく来たね」やらと話しかけてくるその全員が、アンドロイドだった。全員、感情を持ったアンドロイドだ。切れた皮膚の下から無数のコードが見えている者や、右手が欠けている者まで様々。しかしほとんどのアンドロイドが、ジェヒョンと同じように五体満足だ。
その中で、ひょこひょこ寄ってきた一人の青年が笑顔で話しかけてきた。
「ねえ、名前は?」
「ジェヒョンと、彼がドヨン。君は…」
「俺ヘチャン、一番年下だよ」
首や袖がくたびれた薄い長シャツを着ている彼はヘチャンと言った。名前を教えてやると人懐っこそうな顔は尚更に笑みを深めて、仲間が増えたことに分かりやすく喜んでいるようだった。造り出された年日もまだうんと最近の家庭用アンドロイドだ。声も見た目も何もかも若い。そういう造りなのだとしても、彼の芽生えた性格は根っからの末っ子のようだった。
ヘチャンが横で飛び跳ねて喜ぶ中、一人の声によって人混みがぐんと道が開ける。ヘチャンはその方向に目を向けながら、「ヒョン」と嬉しそうに。
「お疲れ様、よく来たね」
優しい声色は、ジェヒョンが伝達を聞いたその声と同じだった。若い男の声。
薄いピンク色の髪を揺らして、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。大きい瞳に収まる片目だけの黒い瞳が、ドヨンとジェヒョンを交互に見た。右目は綺麗な包帯で覆われていて、推測するにそのパーツが欠けているのだろう。
彼の首に印字された、『TY-071』がちらりと覗く。
「いらっしゃい」
形のいい唇が、ゆるりと優しげに弧を描いた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!