シンシンと降り積もる雪の中、幼い姿をした悟が膝に顔をうずめていた。小さな体が震えている。
あなたを導いてくれた悟の姿はもうない。
今、目の前にいる悟は、あなたが共に生きた悟だ。
嗚咽に震える悟の⼩さな背中を、あなたは背後から抱き締めた。
あなたの言葉に悟は叫んだ。
悟の体がびくっと震えた。
きっと、悟も気づいているのだろう。だけど、認めたくないのだ。
そうじゃない。悟は十分に力を尽くしてくれた。
目の前の悟も、そして、あなたを導いてくれた悟も。
だから、もう自分を犠牲に戦わなくてもいい。
今度はあなたが悟を救う番だ。
悟の声は砕けたガラスのように冷たく、鋭い響きをしていた。彼の深い絶望があなたの胸に突き刺さる。
悟は振り返ると、縋るように抱きついてきた。
あなたはそっと彼の背中に手を回し、優しく抱きとめた。
あなたは微笑みながら言った。
反転術式を悟に還すこと。
それがあなたの成すべきことだった。
悟はあなたの言葉を聞きたくないとばかりに首を振っている。そんな彼の髪をあなたは優しく梳いた。
あなたは悟を安心させるように背中を撫でた。
未来で見た悟の姿が浮かんでくる。
たくさんの仲間たちに囲まれて、悟は幸せそうに笑っていた。
そんな未来に悟を導く。
時空の狭間で、たった一人で彷徨わせたりなんかさせない。
あなたの両⽬に輝くメビウスの輪を、悟は愕然とした面持ちで⾒つめている。
聡明な悟のことだ。
きっと全てを理解したのだろう。
それを証明するかのように、彼の声は頼りなく震えていた。
心が、体が、魂が――全てがひとつに繋がる。
悟は涙をこぼしながら、あなたを強く抱きしめた。
愛おしさと、さびしさで胸が張り裂けそうだ。
もう、この目で悟を見ることも、この腕で悟の体温を感じることも叶わないだろう。
時空を彷徨っていた悟も、きっとこんな気持ちであなたを送り出したのかもしれない。
彼がそうしてくれたように、あなたも悟の頬に口づけをひとつ残した。
二人はどちらからともなく⼿を絡めると、額を寄せ合いながら静かに涙を流した。
*
*
*
甚爾との激しい戦闘が嘘のように、悟の前には快晴の空が広がっていた。
渡り鳥が羽ばたき、雲間から光が差し込む。
今まで悟が感じたことのない、世界が広がっている。
反転術式を得た悟だからこそ知覚できる新しい世界だった。
あなたの命と引き換えに得たもの、それがこの世界だった。
悟の人生において、あなたの死は改悪された物語のようなものだった。
あなたが生存する未来こそが、悟にとって正しい物語だった。
だから、改悪された物語を修正するために悟は回帰した。そのはずだったのに……。
この回帰は悟自身が生き残るためのものでしかなかった。
あなたの死は予定調和だったのだ。
あなたが死に、悟が生き残る。
それが正しい物語だったわけだ。
きっと悟には、存命して果たすべき使命があるのだろう。それが、悟の宿命なのだ。
どこまでも残酷な現実を突きつけてくるこの世界が憎くてたまらない。
けれど、それでもあなたが懸命に生きたこの世界が、愛おしくて美しくも思えた。
悟は冷たくなったあなたの体を強く抱きしめた。
『ずっと永遠に⼀緒だよ』
遠い昔に交わした約束が蘇る。
最愛の姉――あなた。高潔で美しい悟の片割れ。
かつて、彼女が海のように美しい瞳だと言った悟の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
その瞳には、もうメビウスの輪は浮かんでいなかった。
悟が再びあなたをその手に抱きしめたのは、10年後の12月24日のことであった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!