前の話
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咲実は商業施設の最上階にある映画館の、最後列の端っこにいつも座っていた。
誰も隣に座らない席。
スクリーンの光が届きにくい場所で、誰にも邪魔されず、誰にも見られず、泣くための場所だった。
その日も泣いていた。
隣に誰かが座った気配がしたとき、咲実は反射的に顔を背けた。
でも、すぐに低い声が耳に届いた。
「この映画、ラストで泣く人、結構いるよね」
振り返ると、黒いセーラー服風のタンクトップに深紅のリボン。
白い瞳が暗闇の中で赤く光っているような男が、ポップコーンを片手に微笑んでいた。
「俺、夕闇。ここのバイト」
「……咲実です」
それだけ言って、咲実はまたスクリーンに目を戻した。
でも、隣の気配が消えなかった。
映画が終わった後も、夕闇は立ち上がらなかった。
「帰るとこ、ある?」
咲実は首を振った。
「じゃあ、俺ん家、来る?」
その言葉に、咲実は初めてまともに夕闇の顔を見た。
笑っているのに、目が笑っていない。
でも、それが妙に安心できた。
夕闇の部屋は真っ黒だった。
壁も床もカーテンも、全部黒。
唯一の色は、深紅のリボンと、鏡の縁に塗られた血のような赤だけ。
咲実はソファの端に縮こまって、家族の話をした。
母の完全無視。
父の罵倒と暴力。
姉の優しい声で包まれた、完璧な無視。
全部吐き出して、最後に小さな声で言った。
「私、いらないんだと思う」
夕闇は黙って聞いていた。
指で自分の唇をなぞりながら。
「……いらないなら、消せばいいじゃん」
咲実は笑った。
冗談だと思ったから。
でも夕闇は笑わなかった。
「俺、消すの得意なんだよね」
その言葉の後、夕闇はスマホを取り出して、短いメッセージを打った。
- 玄武へ
抹殺数:3人
抹殺種類:普通の人間
対象形式:家族
頼む
送信した瞬間、夕闇は咲実の頭を自分の膝に引き寄せた。
「もう少し寝てていいよ。終わったら起こすから」
咲実は抵抗しなかった。
膝の上で、初めて誰かの匂いを「安心」だと感じた。
黒城最上階。
玄武は玉座に座ったまま、届いたメッセージを眺めていた。
家族、という単語を見た瞬間、視界が揺れた。
胃が締め付けられ、冷や汗が背中を伝う。
「お前……またかよ」
玄武は立ち上がり、血色のネクタイを乱暴に引きちぎった。
通信を繋ぐと、夕闇の声がすぐに出た。
「来た?」
「毎回毎回、家族絡みで俺を呼び出すのやめろ」
「嫌い?」
「当たり前だろ」
夕闇は小さく笑った。
「けど、今回は特別に許して。俺の大切な友達なんだ。お前には分からないけど、俺には凄い分かるからさ。よろしく頼むよ」
通信が切れた。
玄武は壁に拳を叩きつけた。
大理石にひびが入る。
「お前は……俺の嫌いなものを、わざと俺に見せつけて楽しんでるのか」
吐き気を堪えながら、玄武は呟いた。
「だったら、次はお前を消す番だ」
でも、心のどこかでわかっていた。
夕闇が消えることは、自分がもっと深い孤独に落ちることだと。
翌朝。
咲実は夕闇の膝の上で目を覚ました。
夕闇は変わらず微笑んでいた。
「終わったよ」
咲実は何も聞かなかった。
ただ、夕闇の胸に顔を埋めて、こう言った。
「これから、私のこと……無視しないよね?」
夕闇は髪を撫でながら答えた。
「しないよ。だって俺も、誰かに無視されるの、嫌いだから」
二人はそのまま、黒い部屋の中で抱き合っていた。
外では、朝日が昇っていた。
でも、この部屋には、一筋の光も入ってこなかった。
終わり。
玄武「お前何してんの?」
(部下の管理を見直せと、この世界の掟が言うかの如く、毎回、夕闇がやらかすのは何でだ??? 部下を大事にしろと言わんばかりの酷い突きつけようではないか……)
夕闇「放っておいてくれ!!!!」












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!