これからキャンプ中に滞在するホテルに到着した
バスを降りたあとはロビーで選手、スタッフの
人数を確認する
部屋の割り振り、夕食の時間、注意事項などを
全体ミーティングで伝え、そのまま夕食まで
一時解散となった
先程延期になった投手コーチとの打ち合わせは
夕食前なので、ロビーのソファに腰かけて
コーチを待つことにする
すると荷物を持った佑京さんが近づいてきた
聞くことが当たり前かのように聞いてくる佑京さん
簡単に教えて部屋に居座られても困るし、
スタッフとはいえ一応女子だから気を遣うでしょ普通
でもさっき緊急事態の時のために甲斐さんには
教えたんだよな…どうせ知ることになるかな…
佑京さんはわたしが座るソファの肘置きに腰掛けると、
ぐっと顔を近づけてきた
練習終わりなのに香水の爽やかで強い匂いがして
そのまま佑京さんは耳元でこう言った
襲、
女の子襲いそうなのは佑京さんでしょ、と思ったけど
言わなかった
肩を大きな手で押される
いつもは食い下がろうとする佑京さんだけど、
エントランスの方をちらっと見て
そのままエレベーターの方へ行ってしまった
本心から忠告しようと思ってたのかな、と思ったが
すぐ後にコーチ陣やスタッフの姿が見えたので
佑京さんが素早く戻った理由が何となく分かった
スタッフの方が投手コーチをお連れしてくださった
投手コーチと軽い挨拶を交わして、早速打ち合わせに
入ろうとすると、コーチがこう言った
ロビーじゃ集まりにくいから別の場所を
用意してもらったよ、とコーチは付け加えた
かしこまりました、と答えコーチとホールに向かう
ここは夕食会場にもなっている
コーチの名前は吉井 理人コーチ
千葉ロッテマリーンズの監督でもある
選手にも劣らない体格は、もちろん長年の選手生活で
養われたものだ
吉井コーチはホークスでのわたしの仕事を
知ってくださっていて、色々と話を広げてくれた
覚えていたのは自分だけだと思っていたから嬉しい
シーズン中に何度かお会いしたことがあったのだ
吉井コーチはニコッと笑うと、会場であるホールの扉を
開けてくださった
重い扉が音を立てて開く
軽く礼をして中に入ると、たくさんの視線が
刺さるのを感じた
キャンプに参加している投手陣の中で集まったのは
わたしが子供の時からのスーパースター
ダルビッシュ有選手
巨人の若きエースでわたしと同い年の
戸郷翔征選手
プロ野球史上初の2年連続投手四冠
山本由伸選手
オリックスにドラフト1位で入団した
宮城大弥選手
ストレートとスライダーで高い奪三振能力を持つ
伊藤大海選手
史上最年少の完全試合達成者である
佐々木朗希選手
会釈しながら向かうと、空いている席に座るように
促された
でも…
正直選手がみんな立ち上がっていて座りにくい…
みなさんも、と声をかけるとだんだん座り始めたので
それを見てわたしも着席する
見上げるほど高い場所から声が降ってきて
わたしの顔のすぐ下に握手を求める手があった
子どもの時からテレビで見ていたダルさんの姿が
そこにはあった
控えめに両手を添えると、ダルさんはニカッと笑って
わたしに着席するよう促した
ダルさんが選手を見回すと、選手たちの頬が緩んで
誰から行く?と打ち合わせを始めた
誰にも聞こえないくらいの声で確認をすると
なぜか場が静まり返ってしまった
ダルさんが微笑みかけられて少し恥ずかしくなる
馴れ馴れしすぎたかな、と他の選手の顔色を伺うと
みんな目をそらしてしまった
コーチの一言で打ち合わせに入る
ブルペンの解放時間、移動経路、スケジュール、
食事場所等の必要事項をまとめて伝える
その後監督からの連絡事項も忘れずに伝える
練習メニューの細かい打ち合わせもスムーズに進んだ
30分弱の説明が終わったあと、
吉井コーチが大きく頷いた
かしこまりました、と返すと
コーチは離席して会場を後にした
広げた資料を片付けながら夕食の時間を確認すると
まだ1時間弱あるようだ
資料を数枚まとめて渡してくれたのは、
令和の怪物と呼ばれる佐々木朗希選手
そう言って受け取ろうとすると、なぜか手を離さない
同じパ・リーグだから何度か見かけたことあるけど
面と向かって話すのは初めてかもしれない
…
えと、紙の引っ張り合いしてるだけ、?笑
小走りで来て朗希くんの背中にぴったりくっついたのは
仲良しで有名の宮城くん
宮城くんは朗希くんの手を無理やり剥がして彼の背中を
ポン、と叩いた
宮城くんはスマホを取り出すと朗希くんに渡した
返事する間もなく宮城くんはわたしの隣に並んで
朗希くんにシャッターを切るのを急かす
いや、宮城くん慣れてるなあ…
何パターンかポーズをとり、宮城くんが写真を
チェックする
丹念に見たあと、わたしに向けてグッドポーズをした
インスタ載せていいすか?と宮城くんが尋ねる
全世界に広がるんじゃないかってくらいの勢いで
拡散される気が…
宮城くんから目を離すと朗希くんと目が合う
でも目が合ったあと、すぐそらされてしまった
宮城くんは軽く言ってるけど、確かにその通りではある
わたしの言葉を聞いた宮城くんは満足気に笑うと
朗希くんの背中を押しながらこう言った
この距離の詰め方にはさすがに抗えない、
宮城くんのコミュ力恐るべしだな…
半ば諦めの気持ちで返したら予想以上に
嬉しそうにしていて、年下の彼らが可愛らしく見えた
2人して仲良くホールを後にした
ほんとの仲良しさんなのね、あの2人…
2人が出るのを見送ってから、他の選手に会釈して
わたしもホールを出る
荷物を部屋に置かなきゃ、
それにしても、宮城くんってあんなに人懐っこいのね
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!