第9話

推し(N.R)
66
2024/01/25 10:40
あなたが初めて私のことを認知してくれた。
その瞬間、目の前では私の兄が血を流して倒れていた。




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prrrr....




平日の夜中、明日も朝早くから仕事だというのにけたたましいコール音で私は起きる。


それでも、寝起き特有の機嫌の悪さはあれど、不快感はなかった。
今日も"推し"が私を必要としてくれている。



「なぁ、どうしよう… あなた…」



電話を取って返事をすれば、泣きそうな声でそう言ってくる。



『…大丈夫だよ。今から行くから。落ち着いていつも通り場所送っといて?』



できるだけ落ち着いた声でそう言えば、推しー廉くんーは少し落ち着いたかのように返事をして電話を切る。



この瞬間が1番緊張する。
廉くんの声が耳元で聞けるなんてどんなご褒美だ。



廉くんからのLINEを待ってる間、ゆっくりと準備をする。
軍手、シャベル、、、
服もできるだけ目立たないような格好で。


最後に軽トラの鍵を取ったらタイミングを見計らったかのように通知がなった。









廉くんを推し始めてもう5年が経っていた。
オタクとしては中堅ぐらいだろう。
そんな私は沼にハマってしまって、いくら親が男の人を紹介してくれようと、私のオタクレベルに引いてしまい、逃げていくぐらいには厄介だった。



私だって、男の人に興味が無いわけじゃない。
いわゆるリアコと呼ばれるものではなかったし、普通に恋愛だってしたいと思っていた。
ただ、廉くん以外の男性が合わなかっただけだ。
廉くんがやることはなんでも許せるのに、他の男性がやることは許せないものがあった。



そんな許せないものを妥協して暮らしていくよりは、恋愛を諦めてオタクとして生きていく方が魅力的だった。






そうして、恋愛を諦めて推し活に専念していたある日。私の元に離婚して家を追い出された兄が1日だけ、と泊まりに来た。



兄が泊まりに来たことで困ることなんて特になかったため家にあげ、兄とは別の部屋で就寝することになった。




「うわぁー!」




その日、別の部屋で寝ていた兄の叫び声で目が覚め、何事かと兄の寝ていた部屋まで走っていくと、そこに居たのはずっとテレビで見てきた、そのままの廉くんだった。
ただ、いつもと違うのは目には光がなく放心状態だった。




カラン とナイフが床に落ちる音がして1拍。
廉くんは段々と過呼吸を起こし始め座り込んだ。



『廉くん!』



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」



ただ、廉くんの呼吸音だけ聞こえ、私の服には兄の血がベッタリと付いた。


兄の血は"汚い"と、そう感じたけれど、廉くんが私に触れた部分だと思うと、自分も過呼吸を起こしそうなくらい興奮した。



程なくして、廉くんが徐々に目に光を宿し始め、過呼吸が収まった頃には私の意思は固まっていた。



『…一緒に隠しに行こう?』



「な、に、言うんてるん? あなたの大事な人なんやないん?」



『私には、廉くん以外大事な人なんていないよ。』



「お、れは、あなたとは初めて会った…」



『私は、廉くんのオタクです…笑 推しのためだったらなんでも出来る気持ちの悪いオタク笑』



自分でも気味が悪いと思った。
こんな気持ちの悪いのが廉くんのオタクだなんて、廉くんが可哀想だと思った。


それでも、廉くんは拒否しなかった。
それどころか、その日から定期的に廉くんは私を求めるようになった。




廉くんがなぜ、人を殺すのかそんなの知らない。
ほんとに自我がないのか、私は都合のいい存在なのか。そんなのどうだっていい。




ただ、笑って生きていてくれたらそれでいい。
それだけでなんでも許せる。



だから今日も私は隠すんだ。
"推し"が生きていけるように。

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