前の話
一覧へ
次の話

第1話

天ノ弱/164【風楽奏斗×セラフ・ダズルガーデン】
9
2026/03/08 23:20 更新
チャリン――


俺は胸の内ポケットから取り出した小さな小包を、地下牢の衛兵に渡した。小包の中身は、少しばかりの感謝と口封じ。金貨を両手で受け取る衛兵の手と声が震えるのを横目に、俺は地下牢への階段を下った。月明かりだけが頼りだった。

湿った土と苔の匂いで充満している空気は吸うだけで胸の奥まで侵されていく感覚を覚える。俺の向かう先には、「罪人」がいる。微かに黒い人の形をしたシルエットが、鉄柵の縞模様の向こう側に見える。

「また来たのか。」
「………」

彼は、汚れた布で両目を目隠しされて、両手を背中側の柱に括り付けられている。今までに何度も聞いてきたはずの彼の声は、死人のようだった。

「ずっと前から思ってたんだよ」

嘗て、俺の友人だった彼は「俺を殺そうとした罪」で投獄されている。本来なら捕まって早々に処分されるところを、俺が自分の手で処分すると言い張って、密かに匿っている奴だ。


彼は暗殺者。俺はマフィアの息子。




覚悟はしていた。




「もう一回、俺の名前を呼んでくれないか」
俺の望みは、ただそれ一つ。
「このまま一生、既に処分された死人のフリをしていきたいなら勝手にしろ」
なのに、また俺は、嘘の向こうに友への愛を隠した。




◐◐◐◐◐


不覚にも捕まったあの日以来、僕はずっと暇だった。外の天気は分からない。


僕が捕まったのは、お前のせいなんだからな。


始末しろと命令された相手が、友人だったなんて知るわけがなかったろ?――なんて何回くらい同じ事を呟いてきただろうか、僕は。いや、呟いてはないな。僕は「死人」だから。


裏社会の人間ばかりが住む路地裏で初めて、お互いに「普通の少年」として出会った時、お前の名前は「△△だ」って教えてくれた。そして俺は「〇〇」って名乗った。でも、嘘だったんだな。



まぁ、お互いに職業柄……仕方ないっか…。



どれだけ厚さのあるアルバムにも収めきれないほどのお前との思い出を、僕は何処に捨てたら良いんだろう。最初からこうなるんだって知ってたら、こんな素敵な思い出なんて、要らないよ。


「なぁ、△△。僕もずっと思ってたんだけどさぁ…」
汚れた目隠しの臭いがツンと鼻を突く。光がどんなものだったのか忘れてしまった視界の中に、△△が隠しているらしい言葉だけは分かってしまう。それでも、△△がお前だった事実に、お前が△△だった事実に気が狂いそうだ。この事実を目の当たりにした時の僕の気持ちが、憂いなのか憎しみなのか、僕にはまだ分からない。僕には、お前との思い出を捨てられるわけがないんだ。


お前は……どう?

お前は僕に嘘をついてばかりだったよな。

だったら、お前の本当の言葉を聞くまでは死にたくはないよなぁ。


………かく言う俺も、本当の名前をお前に教えることは出来ないのにな。



◐◐◐◐◐


「〇〇……」
俺は、ずっと噓つきだった。マフィアの息子であることも、本当の名前も隠して、こいつを騙してきた。
「仕方がなかったんだ…」
嘘の鱗粉を撒いて飛ぶ蝶のようなお前と、嘘に縛り付けられたような俺の、この隙間をどうしたら良いって言うんだよ。





友達に戻ろうよ。





なんて、言葉には出来ないけれど。

きっと、来たんだ。俺にもこの瞬間が。俺が生まれて初めて、真実を口に出せる日が。

「〇〇。俺、本当は……風楽奏斗って言うんだ」
「知ってる。俺はそいつを片付けに来たんだからな」

俺は鉄格子の鍵を開けた。項垂れていた〇〇の頭が、ピクリと動いた。

「△△?」

俺は、訝しそうに顔を上げる〇〇の目隠しを取った。〇〇の眼は混沌の暗闇の中でも、美しくルビー色だった。〇〇の赤い瞳が揺れている。



そして俺は、もう一つの嘘を脱いだ。



今までずっと顔に被っていた「偽の顔」を、俺は破り捨てた。俺の抜け殻が、パサリと〇〇の足元に舞い落ちる。〇〇、これが本当の俺の顔なんだよ。
「……紫色の瞳だったんだな………奏斗」

あぁ、俺はやっと、正真正銘の風楽奏斗になれたんだ。俺はお前以外の誰を相手に、こんな馬鹿げたことが出来ただろうか。

「〇〇。俺はお前を逃がしたいけど、お前は向こうに片付けられるよな」
「そうだな」

〇〇は淡々と答えた。俺たちの住む世界では、「エラーは直ちに消去しなければならない」。いったい、いつまで俺たちはプログラミング通りに動けば良いだろうか。

まだもう少し待とうか?




いや、もういいかな?




俺は柱の後ろに回って鎖を解いた。〇〇の手首には、痛々しい痣。〇〇は、久しぶりに見た自分の手を不思議そうに眺めている。

「〇〇、今のうちに#※∆村の事務所に行け。元諜報部員の友人がエージェントを募ってる。夜が明ける。さぁ、早く!」

俺は〇〇の手を引っ張り上げて、そのまま外へ出る裏通路を目指して走った。俺は……今は運命からは逃げられないかもしれないけど、こいつだけは。




「涼しいねぇ」
数ヶ月ぶりに外の空気を吸った〇〇は、ぐっと両腕を空に伸ばした。〇〇のコーラルピンク色の髪が、冷たい月の光に照らされていた。
「こっちの方角に向かえば良いんだね、奏斗?」
〇〇は胸に潜ませていたらしい布で顔を覆うと、辺りを警戒して目だけでアチラコチラを見た。一瞬、暗殺者が住む街に視線をやって暫く見つめてから、何事もなかったかのように目を逸らした。
「じゃあ」
〇〇は軽く俺に別れを告げると、音も立てずに身軽に近くの木に飛び移った。〇〇の真っ赤なマントが、風に揺れる。

「〇〇、待て」

俺は咄嗟に〇〇を呼び止めた。既に遠くの家の屋根まで飛び移っていた〇〇が、こちらに黙って顔を向けた。

俺も多分、〇〇の本当の名前を知らない。だって俺たちは、似た者同士だから。だけど、少し違うところがある。俺の偽名は一つだけ。〇〇は、いくつもいくつも使い分ける。そして、俺の暗殺失敗の時点で「〇〇」は「不要」な名前になった。

「〇〇、今度はなんて名前にするんだ」

月明かりを背景に佇む彼の姿は、まるで堕天使みたいだった。

「また適当に決めるわ」

そう言って〇〇は、夜空を舞うように俺のもとを去っていった。




◀◁◀◁◀◁

「セラお、何やってんだてめぇー!!」
「ミスったwww」
あの頃の殺伐とした空気感とは打って変わって、にじさんじに入って以降、俺たちは日々ゲーム配信やダンス、歌と忙しい、忙しい。でも、すんごく楽しい。マフィアの息子の俺と、元諜報部員と怪盗と元暗殺者の4人が集まれば、必ずバカ騒ぎ。

あ、そうそう。セラフ・ダズルガーデンって名前なんですよ。たった今、ゲーム内で自爆したこいつ。


ん?〇〇?








さぁ……誰のことを言っているのか、俺には分かりませんね。






プリ小説オーディオドラマ