スキャンダルの件について、
事務所はついに「事実無根」という公式声明を出した。
この数日間、SNSをどす黒く染め上げていた憶測の嵐に対し、事務所が放ったその無機質な一文は、予想以上に鮮やかな特効薬となった。
声明の反響は凄まじく、
瞬く間に「事実無根」の文字がトレンドを独占。
法的措置を辞さないという強い姿勢に、
過熱していた世論は一気に沈静化へと向かった。
俺はソファで丸まり、自分のスマホの画面を見つめた。
拡散されていた写真は、確かにスンミンだった。
けれど、夜の暗闇と焦った撮影者の指先の震えが、
絶妙な手ブレを生んでいた。
決定的な証拠にはなり得ない、
その「曖昧さ」が、今回ばかりは味方したのだ。
何より大きかったのは、キム・スンミンという男が
積み上げてきた、鉄壁の誠実さだった。
練習熱心で、スキャンダルとは無縁の優等生。
その彼が「違う」と言い、事務所が「事実無根」と断じるのなら、それは真実なのだ――
ファンも、そして世間も、そう信じることを選んだ。
あの日、あいつの隣で水色のワンピースを揺らしていたのが、まさか同じグループのメンバーである
『Lee know』だとは誰一人として想像すらしていない。
皮肉なものだ。
あいつの積み重ねてきた信頼という防護壁が、
俺たちの「嘘」を守り抜き、
この最悪の事態を幕引きさせた。
外の世界を覆っていた重苦しい圧力が消え、
ようやく肺の奥まで空気を吸い込めるような
解放感に包まれる。
その安心感に身を任せるように、俺はその夜、
久しぶりに深く、泥のような眠りに落ちた。
そうして俺は、数日ぶりに、
どこまでも静かで目覚めの良い朝を迎えていた。
カーテンの隙間から差し込む光が、
寝室を淡く照らしている。
隣から伝わってくる、規則正しい寝息と、
布団越しの確かな熱。
俺たちにはそれぞれ個室があるはずなのに、
この大型犬は、騒動以来当然のように
俺のベッドの領土を侵食して寝るようになった。
寝ぼけ眼で、
枕元に置かれた例の小さな箱に手を伸ばす。
スンミンに義務付けられた、毎朝の『儀式』。
こいつに言われるまで、舌の下で測る体温なんて、
この世に存在するとは知りもしなかった。
ピピピッ、ピピピッ。
計測終了を告げる電子音が、静かな寝室に響く。
合図だったかのように、隣の塊がモゾリと動いた。
起きたばかりの掠れた声。
スンミンは半分閉じたままの目で体温計を受け取ると、
そのままベッド横の机に向かった。
あそこには、あいつが心血を注いで管理している、
俺の身体の記録ノートが鎮座している。
さらりと告げられた単語に、俺は顔をしかめた。
他人事のように相槌を打つ。
そういえば、あのスキャンダル騒ぎで有耶無耶になったけれど、あの夜、俺たちはホテルに行こうとしていた。
あれから数日、例のサプリだの栄養指導だのと、
この「管理者」の徹底した健康管理のせいで、
俺は完全にお預けを食らっていた。
ふと、身体の奥が疼くような感覚があった。
4月下旬の朝の空気はまだ少し冷たいけれど、
俺の中の「熱」は、
数日間の禁欲のせいで飽和状態に近い。
この堅物で理屈っぽい「保護者」の
固定概念を壊すには、言葉じゃ足りない。
俺の唐突な誘いに、
グラフをつけていたスンミンの手がピタリと止まった。
あいつは椅子を回して、
真面目くさった顔で俺を説得しようとしてくる。
その瞳は、いつだって俺の健康と未来を最優先に考えていて――それが今の俺には、最高にじれったい。
俺はわざとらしく溜息をつくと、
シーツを跳ね除けてベッドの上に座り直した。
パジャマ代わりにしていた白いロンTの裾を掴む。
スンミンの制止も聞かず、
一気にそれを脱ぎ捨て、床に放り投げた。
朝の冷気が、剥き出しになった俺の肌を叩く。
スンミンが絶句したまま、
俺の身体を凝視しているのが分かった。
半年前に女性化した、柔らかな肩のライン。
薄い胸板だったはずの場所にある、
まだ自分でも見慣れない柔らかな膨らみ。
俺は乱れた髪をかき上げ、あえて冷ややかな、
それでいて挑発的な笑みを浮かべてあいつを射抜いた。
スンミンの喉仏が、大きく上下した。
あいつの瞳の奥で、理性を守っていた最後の防波堤が、
音を立てて決壊するのが見えた。
管理者の仮面が剥がれ落ち、
そこにあるのは飢えた獣の光。
スンミンの声が、微かに震える。
To be continued.













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!