場所は彼女の部屋。
面倒な粘着男を撒いた後、遠回りして、彼女の家に来てしまった。自分から行きたいと言ったわけではない。彼女が自分の手を引いて、ここまで連れてきたのだ。よくもまあそんな無防備なことをする、と思う。
不貞腐れたように言う彼女は、少し疲れたような見た目をしていた。
呟くと、彼女はうなずいた。
「じゃあ」という言葉を用いるわりに、質問内容は一貫性が無いように感じたが、それはさておき、俺が尋ねると彼女は一瞬あっけらかんとして、それから当たり前のように言った。
部屋に沈黙が落ちる。詐欺師は、なんで黙るの?とでも言いたげな表情だった。
確かに、と納得してしまう自分がいた。そもそも、彼女のことは好いていて、彼女の家に来ること自体嫌ではないのだ。だから拒むわけがない。こんなにも判断を放棄するのは、思考をぱたりと閉じてしまうのは、相手が真宵あなたの下の名前彼女だから、であって。
煽るように言う彼女が恨めしい。少し睨んでやると、「えっ急にどったの。もしかしてやっぱり嫌だった?」だとか慌てている。だから、別にそういうわけではない。それにしても此奴は何もわかっていない。俺が何を思っているか、気にも留めないで、この人は。呆れながら、ため息をつくとやっぱり彼女は困惑していた。
俺の話を聞いているのかいないのか。彼女はキッチンの方へ行って棚をあさっている。それから「お、あったあった」と何か袋を持ってやってくる。袋は黄色を基調とした色合いで、リング状のスナック菓子のイラストが描かれている。
彼女は袋の口を開けて、俺に向ける。
俺は言いながら、袋の中に手を突っ込んで菓子をとっていた。口に放り込むと、ほどよい塩味が広がる。苦手ではない味だ。かといって特別好きというわけでもないが、手は再び袋へと伸びる。
まるで子どものように幼く騒ぐ彼女はそうしてまた名前を呼ぶ。
きっと本人はなんの意味ももってないのだろう。
自然と出た言葉なのだろう。だから余計に、くるしいのだ。こちらが同じようにしてしまえば、もう元には戻れない気がして。
――すでに手遅れだというのに、未だ脳内でそんなことを考えているなんてどうかしている。
彼女と居て変に落ち着いてしまうのは、それは彼女の面倒見の良さもあるのだろう。相手が年下の俺だから、敢えてそういう風に接しているのか。他の人に対してはどうなのだろう。
否、考えなくともわかることだ。だって彼女自身が言っていたではないか。それこそ、元カレの話を初めて聞いたときに――。彼女はもとから、誰かに尽くしてしまう気質があるのだ。だから、今俺にこうして構っている。
だから、俺は勘違いしてしまって、それに甘えているのだ。
無意識に、口に出していた。
わかっている。わかってはいるつもりだ。それなのに。
俺の言葉は届かなかったらしい。けれどそれでよかった。今のは届かない方が良いだろう。
大人気なく、手足をばたつかせるさまはやっぱり、五条先生に少し似ていた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。