そこは葬儀場だった。
齢は5。母親を失うには、あまりにも早すぎた。
少女は立っていた。
母親からもらった、最大の宝物を抱きしめながら。
少女は顔をうずめた。
猫だった。
黒い猫だった。
夜の空をそのまま写し出したように、漆黒の毛を持っていた。
猫は少女の頬を舐めた。
猫は、少女の唯一の親友であった。
猫は、少女が生まれたと同時にあなたの名字(日本語)家に買われた。
だから少女にとって、猫は兄弟のようなものだった。
場面が変わる。
そこは我が家だった。
少女は、もう温かく抱きしめてくれる母親がいないんだと気づいては、ひとりで泣いていた。
父親は仕事だから、少女といてやることはできなかった。
そんな時に少女を慰めたのは猫だ。
猫の名を呼ぶと、猫はするりと少女の膝の上に飛び乗った。
何をするでもなく、膝の上でじっと少女を見つめていた。
猫は、ただ少女の言葉を聞き、寄り添った。
ずっといっしょにいるよ。
少女に、そう伝えるように。
少女は心優しかった。
困っている人がいれば見捨てることはできない。
出会った人全員と仲良くする。
誰かの悪口を言うなんて許さない。
嫌がらせなんてなくなるべきだ。
幼いながらに、そんな強い信念があったのだ。
猫もそうだった。
仔猫が人間に襲われていれば、その身を挺して戦った。
少女も、そんな猫がいたから心強く、正義の味方でいることができた。
…では、それが崩れたのはいつだろう。
そうだ、母親を失って1年ほど経った頃だ。
そこは通学路だった。
少女が小学校から帰っている時のことだった。
…その日の夕暮れは、深紅だった。
猫。猫ならこのへんにいっぱいいる。
少女は、一瞬でそれが少女の猫だと分かった。
少女はうれしかった。
この男の人は、りりちゃんのこと可愛がろうとしてくれてるんだ。
少女ははしゃぎながら答えた。
男が何を言っていたのか、少女は聞き取れなかった。
少女は男を見送った。
少女は、たくさんの友達と30分ほど道草くっていた。
最後まで残った友達と別れ、家の前に立った時に、少女は呆然とした。
なんだろう、これは。
黒い。
丸い…?いや、丸くない。形がわからない。ぐちゃぐちゃだ。
まわりにあるこの水はなんだろう?
なんだろう…変な匂いがする。
少女がその塊に触れた瞬間に、全てを理解した。
この水は、夕日のせいで赤く見えるわけじゃない。本当に赤いんだ。
少女の手に、その赤い液体がへばりつく。
塊は答えない。
少女は塊を持ち上げた。
ボトッ、と音をたてて、何かが落ちた。
そこだけはかろうじて原型を保っていた。
少女はやっと現状を理解した。
泣いた。
泣き喚いた。
通行人が少女を見ていた。
頭だったものを抱えて、何時間も泣いた。
父親が帰ってくるまで、涙が枯れることもなく。
少女は何度も泣きながら思ったのだ。
悪いやつが、悪いやつがこんなことをしたんだ。
だから、それ以上に悪いやつになっちゃえば、もう恨まなくていいかな…
泣かなくていいかなぁ…
場面が変わる。
よく晴れた日に、綺麗な女の人と男の子が少女の家に訪ねてきた。
少女はその男の子を見た瞬間に、ふと口に出していた。
場面が変わる。
また、その日の夕焼けは紅かった。少女は家の前にいる。
……あれ、この後、どうなったんだっけ…
ぼんやりと頭を働かせるが、どれだけ考えても出てこない
…ちがう。これは過去なんかじゃない。
今だ。今、このストーリーを進めなければならない。
ついに、扉を開けた。
ああ、嗅いだことのある臭いだ。
鉄と、生臭い臭い。
置いてある靴が、バラバラになってる。
リヴァイはそんなこと許さない。いつだって靴を揃えている。
何かが起きている。
一段一段、階段をのぼる。
異臭が強くなっていく。
……私の部屋…?
いろんな感情でごちゃ混ぜになり、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりと引く。
今すぐに逃げ出したかった。
でも、愛猫ことを思い出すと、そんなことなど決してできなかったのだ。
もうそろそろ、日付を超えてしまいそうだ。
今は、お父さんとクシェルさんがお医者さんと話してる。
殺さなきゃ。
弟にこんなことした奴を、殺さなければ…!
私からただならぬ雰囲気を感じたのか、エレンくんはそわそわと落ち着かない様子だった。
エレンくんは耳あての位置を整えたり、無駄に上着のチャックを開け閉しめたりして、やっぱりそわそわしている。
ひっくひっくと嗚咽を漏らすエレンくんの横で、私はただ無言だった。
犯人は誰なんだろう。
どうして私の家を知っているんだろう。
どうして家の鍵を開けられたんだろう。
用意周到だったのは、計画的犯行だったから。
私じゃ何も分からない。
分かることは、リヴァイに恨みがある人。
そして、私にも恨みがあって、
私の過去を知っている人。
廊下ですれ違った際、突然そんなことを言われた。
気が気じゃなかった。
学校に行っている間に、リヴァイに何かあったらどうしよう。
……あの部屋のことを思い出したら、思わず吐き気がしてきた。
トイレに駆け込むと、すぐに胃の中のものを戻してしまう。
頭も痛い。早退かな、これは。
口をゆすいでトイレから出ると、たまたまエルヴィン先生がそこにいた。
私は一生分の後悔をした。
後悔すればするほど、それが涙としてこぼれ落ちる。
先生が背中に手を添えてくれる。
もう何も言えなくて、ただ頷いた。
そのまま保健室に連れて行ってくれて、早退の許可をもらった。
自力で帰れるレベルだったので、ふらふらと歩いて帰った。
私の沈んだ心には、忌々しいほどに青く澄んだ秋の空でさえ、私を煽っているように感じてしまう。
帰りたくない。
病院に行きたくない。
何もかもを忘れていた、ただ幸せだったあの時に戻りたい。
もう頭痛や吐き気なんて消えていた。
世界って、どうしてこんなに残酷なんだろう。
そのフレーズが脳裏から離れることはない。
私は寮のある高校に進学した。あの家に帰りたくなかったから。
そして、大学生になってからは一人暮らしをしている。
チャットアプリの通知では、エレンくんと同棲中のミカサちゃんから「エレンをよろしくお願いします。きっと暴れ回るので。」と連絡がきている。
カフェにて、エレンくんを待っている。
今日でけじめをつけるために。
あの事件のことで、いちばん協力してくれたのはエレンくんだった。
……エレンくんだ。
髪を伸ばして、後ろで括っている。しかし、過保護なミカサちゃんの赤いマフラーと耳あてをつけている。間違いなくエレンくんだ。
まぁそっかぁ…大学生だからかぁ。
エレンくんは向かいの席に腰掛けた。
そこから他愛のない話を30分ほどしてしまった。
それも落ち着いてきた頃、エレンくんから話し始めた。
開いたノートパソコンには、とあるニュース記事が表示されている。
つい最近見つかったらしい。
男の自宅から書き置きが見つかったんだと。
乾いた笑いしか出てこなかった。
男は自宅で死んでいた。自殺だった。
私にも、家族にも、誰にも面識はない男だった。
空気がどんと重くなる。
無言のまま、時が流れてゆく。
エレンくんは冗談を言っている様子ではなかった。
そっか…そうだったんだ。
エレンくんが、愛しそうにそのマフラーを撫でた。
記憶の中を探し回る。
知り合いで、私とリヴァイに恨みがある人。
真っ先に思い浮かんだのは、夏休みの最終日にエレンくんがボコボコにしたいじめっ子たちのことだ。
いや、しかしそれなら狙われるべきはエレンくんじゃないのか。
携帯が震えた。
また携帯が震える。
もう一度携帯が震える。
流石に携帯を開いてみると、エレンくんからメールが届いていた。
『先輩』
『先輩』
『オレの斜め後ろの席にいる人が誰か分かりますか?』
久しぶりにエレンくんのこんな人懐っこい笑みを見た気がする。
訳も分からぬまま席を立ち、エレンくんの斜め後ろの席、とやらをちらりと見てみる。
2件目のカフェは、評判が低く人も全然いないような場所を選んだ。
実は、私は卒業した後も先生とはたまに連絡をとり合うほどの仲だった。
こっちから連絡することもあれば、はたまたあっちからの時もある。
リヴァイの様子を聞いてきたり、先生の近況を送ってきたり。こちらもまた然り。
先生におかしな様子なんて全くない。
頭をがつんと殴られたような衝撃が走った。
先生はリヴァイのことが好きだった?少なくとも、他人からはそう見えてた?
そっちこそ何言ってるの、エレンくん。
先生は近況報告で学校の話をしてくれる。
まるで世界の表面がぼろぼろと崩れていくような感覚だった。
今まで私の信じてきたものはなんだったんだ…?
何も考えることができなかった。
先生は…いい人だったじゃないか。
エレンくんの目がギラギラ光っていた。
本気だ。本気で殺そうとしている。
何も言えないままただ呆然としていると、エレンくんはコーヒー代を机に叩きつけて店内から出て行ってしまった。
せんせいを殺さないで。
私にはまだ未練があったのだろう。
大事なものを3度も失うのは耐えられない。
私はただ、また何もできずに終わるだけだ。
あの日と同じ、紅い夕焼けが店内に差し込んだ。
くそ、またやられた。また逃げられた。
ああ、もっと頭がよかったらな。
はぁ…
紛れもなく自分で撮った、好きだった人のぐったりとしたその写真を、音もなく握り潰した。
Fin.
あとがき
番外編があります。
いろいろとアレなのでR15レベルかな、でもこれを書いた10月時点で作者まだ14歳だ。
作者が15歳になる12月23日に1話を更新しよう。
その結果、明日、リヴァイ兵長の誕生日にかなりえげつない内容のものが公開されることになります。本当ごめんなさい。
勉強の息抜きに書きました。小説を書くのはいいですよ、これを書いている間に受けた模試の国語は塾内1位でした。ごめんなさい、自慢です。
ミスリードっぽいものをかなり入れた気がするんですが、バレバレだったらどうしよう。番外編で答え合わせできるつもりなんですけど。
それより、エルリなりエル夢なり言ってるわりに夢主とリヴァイの絡みだったり、夢主とエレンの絡みの方が多いじゃねぇか!
マジでごめんなさいって。次はもっといい感じの書きたいです。
本編もあとがきもやたら長ったらしくてすいません。ここまで読んでくれてありがとうございました。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。