注文していた__否、させられた荷物を持って、私は退勤後彼女の家へ向かった。
部屋着でも見目麗しい彼女は梱包されている香水やら服やらを取り出しながら満足げに頷いている。「そういえば」と彼女は続けた。
「ほんと?変な闇金とかに手ぇ出してない?」と心配してくる同僚に何とも言えない顔ではにかむ。変な闇金ではないが変な資金源ではある。何せ我らが務める会社の社長からだもの。
そういうが早いが顔を塗りたくってる彼女になす術がない。定期的に「目開けて」と「動かないで」と「目瞑って」が飛んでくる。
さて、私は一体どういう状態になっているのだろう。メイクの手順を逐一彼女は説明してくれているが、プランパーリップとかラベンダーアイシャドウとか、最早異国の言葉ばかりでここは海外なのではないかと錯覚しそうになる。
そうこうしているうちにメイクが終わったのか「次は髪だね」と彼女は言った。
私の髪にヘアオイルを馴染ませながら同僚はそう尋ねてくる。そもそも私からしたら髪にシャンプーとリンスではない何かを付ける事自体が人生初だ。ヘアケアなんて言葉と無縁な生活を送ってきた。
無言で首を振ると、「そうだと思った。」と彼女は笑った。
ふわふわとした手触りが心地いい。思わず惚けて目をしばしばさせていると「起きててねー?」と容赦なくデコピンされた。
大変居た堪れない気持ちで、俯きながら呟くと彼女は「良い子」と微笑んだ。
その後、私の愛しい「焼肉定食」Tシャツを脱がされ、紺色のレース生地のワンピースを着せられる。
__何だか、今まで自らに関わる事象を自分の手によって解決しなければいけなかった私にとって、至れり尽くせりのこの環境がこそばゆかった。
彼女はドール遊びで燥ぐ女児のように手をぱちぱちと叩いて、手鏡を手渡してきた。
恐る恐る、鏡面を覗く。
そこに映っているのは、最早私でない何かだった。
ハーフテールにした茶気が混じった黒髪も、いつもより鮮やかで輝いている顔も、身体に確りと合ったフォーマルなワンピースも。
私が憧れた、成りたかった私がそこにいた。
思わず漏れ出た感謝に、彼女は「ふふん」と鼻を鳴らす。
その時、私の携帯かららしい通知音がぴこんと部屋に響き渡った。
「はい」と彼女が手渡してきた液晶画面を見ると、予想通りそれは社長からの報せであった。
早くなる鼓動がバレないように、私はLINEを開く。
『顔合わせをする場所がフレンチになりそうなんですが、失礼ながら影贅さんはテーブルマナーはご存知でしょうか?』
彼の疑念は全く失礼ではない。何故なら私はマナー知識に関してはそんじょそこらの猿と同じくらいしか持ち合わせていないからである。
何か返事をしなければ、とタイピング仕掛けた時ピコンと追加のメッセージが来る。
『ご予定が合うようでしたら、今週末の日曜、わたくしの自宅で、ディナーを兼ねてマナー等お教えできると思うのですが、如何でしょうか。』
思わず零れ落ちた私の呆けた声に、同僚が「どうしたの?」と訝しげな顔をしてくる。
大分意訳しながらその旨を伝えると、彼女が叫び声を上げながらぺしぺしと肩を叩いてくる。
この見目麗しい同僚は、彼が、私が大変敬愛している神様である事を知る由もない。
私の迷いとは裏腹に、修学旅行の女子高生のようにキャーキャーと騒ぐ彼女の圧に押されて、ささくれた指は「お願いします」とメッセージを送信していた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!