第2話

壱話目
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2024/01/16 09:19




月島
……は、い?
鯉登
ああ、違うぞ?勿論友人としても好意的に思っているが、それより上の感情だ。…察しの良い鬼軍曹なら、云わなくても分かるだろう?
 投げ掛けられた言葉に一瞬視界が白く濁る。口に突っ掛かっていて飲み込めない其れを退かしてようやく飛び出た言葉。途切れ途切れの言葉になって意味をなさないとばかり思っていたが、貴方にはちゃんと聞き取れた様で。それにしても、違うとは何なのだ。勿論私も敬愛対象だとは思っているが…ああ、もう、意味が分からない。
月島
…少尉殿……、まだまだこれから忙しくなるのです、冗談を言っている暇など…
鯉登
何だ、冗談だと思っているのか?
       私は本気だぞ、月島軍曹?






          時は数分前。
 冗談じゃないか、と思う程に真っ直ぐに純粋な面持ちで部下たちをよく見ているこの御人。子供の様だったあの頃とは大違いで、口に出すことはしないが尊敬の意すらも感じる程だ。…それが仇となり項をなしたのだと、今更ながら感じる。

月島
立派に成長致しましたね、少尉殿。
鯉登
なッ、きさんは私の親か!
 『鶴見劇場』という大きな大ヒット映画から漸く脚を踏み出した反動もあってか、前より貴方にからかいの念を入れることが多くなった気がしてならない。立場上、上官と下士官という名目ではあるものの、裏をひっくり返せば最早友人の様な間柄で物を言い合っていて。
月島
ふ、すみません。少しからかいたくなってしまって。お戯れお許し下さい。
鯉登
…月島ぁ、お前、よく笑う様になったな。
月島
…全て少尉殿のお陰ですよ。
鯉登
…と、云うと?
 何だ、聞きたいのか。言わせたがりも大概にして下さいよ、だ何て口ばかりは悪態を付き面倒臭そうに溜息を一つ。…存外恥ずかしいのだ。自身を救って下さった事柄を其の御人の目の前で云うだ何て、何処かの拷問か何かなのだろうか。そんな事を頭に過ぎらせながらも、一呼吸置いて話し出す。
月島
私は、…いや、俺は貴方のその光に救われたのです。勿論あの御方の事もありますが、どんな場面でも物怖じせずに突き進んで来て下さった貴方のお陰で、俺は今此処に立つ事が出来ています。
月島
…俺からも、貴方に何かを上げたくて堪らない時があるのですよ。救われてばかりじゃ不公平でしょう?…なのであの御方に変わってこの身を捧げようとした次第です。
鯉登
……………………、
  
 …やけに静かだ。どうした?いきなりの感情に引かれられたか?まずいな、言わなければよかっただろうか。心配すべき要因を数々と上げ、悶々と頭の中で再構築する。大丈夫だろうか、何か気に障る事でも…やけに静かな海岸で、漣だけが耳に入る。堪らず此方から切り出そうとした時だった。
鯉登
好きだ、月島。
      と、時間軸は一行目に遡る。



月島
ほ、本気と仰られても……、
鯉登
ああ、良いんだ。返事が欲しいとか、そんな厚かましい事は思っていない。
鯉登
ただ、このままお前を想っていても良いかの確認をしたかっただけだ。
月島
なっ……
 んですか、それ。喉奥まででかかった言葉を、寸でで飲み込んだ。厚かましい?想っていても良いかの確認?何だそれ。何なんですか。何処まで貴方は初心何ですか。好きだと面と向かって言われたのにも関わらず、脳内には怒りと呆ればかりが蓄積されていく。
      私も好きですよ、だ何て。
 そんなこと、一生かかっても言える筈が無いだろう。先程の貴方が求愛する要因となったあの言葉でさえも言っている最中心臓バクバクだったんだぞ。
鯉登
……しま
鯉登
…ッきしま!、
鯉登
月島ぁ!!!!
月島
はい!!!!!
鯉登
何だ、聞こえているのではないか。無視をするんじゃない。
月島
ああ、いえ、すみません…
 無視をするなと言われても、だ。元はと言えば貴方が原因なの、分かってます?こんだけ此方の心臓を弄んでおいて、このまま放置など理不尽が過ぎる。もういっその事言ってしまおうか?変わらないだろう、どうせ。
鯉登
というか、本気と言われても何て言うがなあ…
鯉登
元はと言えばお前が煽ったせい何だぞ、月島ぁん?
月島
は、身に覚えがありません。
鯉登
…ならそれは無意識か?
月島
は、?
 かつ、かつと漁港の板を踏み締めながら音を鳴らし此方へと歩を進める貴方。何だ、何か無意識にやっている事でもあったか?いや、身に覚えがない。…無意識なのだから当たり前か。何て、馬鹿馬鹿しい事を考えたコンマ一秒。目と鼻の先までに近付いた貴方は、徐に私の耳を触り。
鯉登
うふふ、赤くなってる。何なら首元もだ。恥ずかしいなあ、月島?
月島
ッ!?ちょ、触らんで下さい!
 子供の様な悪い笑みを浮かべ、耳ならず首元までにも触れてくる貴方に肩をびく付かせ。何だ、何をやられている。やめてくれ、恥ずかしい。そう思うのも束の間、赤くなっている事を自覚した故か更に頬や首元は紅潮していき。
鯉登
…なあ、月島も私の事────
月島
、…
 思わず、貴方の口元を抑える。不躾な事は自分でも分かっている、でも其れさえも自覚してしまったら、後戻り何て出来ない気がして。とうに貴方に惹かれすぎている自分は、目を合わせる事すら出来なくて。
鯉登
……不敬だぞ、月島。
月島
申し訳ありません、…でも、お願いします。それだけは、……言わないで下さい。
 後生です、と最後に付け足しては、言う気が失せた貴方の口元から緩りと手を外す。貴方の気持ちは勿論嬉しいし、自分も同じ様な物。だからこそ返事が出来ないのが悔しくて堪らない、少しでも我慢をさせてしまう貴方に申し訳が立たない。
鯉登
まあ、そうだな。私が悪かった。…厚かましい想いを少しでも抱いてしまった、許してくれ。
月島
いえ、…答えられなくて、申し訳ありません。
鯉登
良いんだ、所詮私の勝手だ。だがな、お前が振り向いてくれなくとも、鯉登の名に掛けて絶対に振り向かせてやるからな。
      覚悟しておけよ、月島!
 真剣な面持ちでそんな事を言わなくで下さい。あと鯉登の名をそんな軽率に使わないで下さい。言いたい事は沢山あったが、上官という手前、どうにかこうにかギリギリで飲み込んだ。

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