投げ掛けられた言葉に一瞬視界が白く濁る。口に突っ掛かっていて飲み込めない其れを退かしてようやく飛び出た言葉。途切れ途切れの言葉になって意味をなさないとばかり思っていたが、貴方にはちゃんと聞き取れた様で。それにしても、違うとは何なのだ。勿論私も敬愛対象だとは思っているが…ああ、もう、意味が分からない。
私は本気だぞ、月島軍曹?
時は数分前。
冗談じゃないか、と思う程に真っ直ぐに純粋な面持ちで部下たちをよく見ているこの御人。子供の様だったあの頃とは大違いで、口に出すことはしないが尊敬の意すらも感じる程だ。…それが仇となり項をなしたのだと、今更ながら感じる。
『鶴見劇場』という大きな大ヒット映画から漸く脚を踏み出した反動もあってか、前より貴方にからかいの念を入れることが多くなった気がしてならない。立場上、上官と下士官という名目ではあるものの、裏をひっくり返せば最早友人の様な間柄で物を言い合っていて。
何だ、聞きたいのか。言わせたがりも大概にして下さいよ、だ何て口ばかりは悪態を付き面倒臭そうに溜息を一つ。…存外恥ずかしいのだ。自身を救って下さった事柄を其の御人の目の前で云うだ何て、何処かの拷問か何かなのだろうか。そんな事を頭に過ぎらせながらも、一呼吸置いて話し出す。
…やけに静かだ。どうした?いきなりの感情に引かれられたか?まずいな、言わなければよかっただろうか。心配すべき要因を数々と上げ、悶々と頭の中で再構築する。大丈夫だろうか、何か気に障る事でも…やけに静かな海岸で、漣だけが耳に入る。堪らず此方から切り出そうとした時だった。
と、時間軸は一行目に遡る。
んですか、それ。喉奥まででかかった言葉を、寸でで飲み込んだ。厚かましい?想っていても良いかの確認?何だそれ。何なんですか。何処まで貴方は初心何ですか。好きだと面と向かって言われたのにも関わらず、脳内には怒りと呆ればかりが蓄積されていく。
私も好きですよ、だ何て。
そんなこと、一生かかっても言える筈が無いだろう。先程の貴方が求愛する要因となったあの言葉でさえも言っている最中心臓バクバクだったんだぞ。
無視をするなと言われても、だ。元はと言えば貴方が原因なの、分かってます?こんだけ此方の心臓を弄んでおいて、このまま放置など理不尽が過ぎる。もういっその事言ってしまおうか?変わらないだろう、どうせ。
かつ、かつと漁港の板を踏み締めながら音を鳴らし此方へと歩を進める貴方。何だ、何か無意識にやっている事でもあったか?いや、身に覚えがない。…無意識なのだから当たり前か。何て、馬鹿馬鹿しい事を考えたコンマ一秒。目と鼻の先までに近付いた貴方は、徐に私の耳を触り。
子供の様な悪い笑みを浮かべ、耳ならず首元までにも触れてくる貴方に肩をびく付かせ。何だ、何をやられている。やめてくれ、恥ずかしい。そう思うのも束の間、赤くなっている事を自覚した故か更に頬や首元は紅潮していき。
思わず、貴方の口元を抑える。不躾な事は自分でも分かっている、でも其れさえも自覚してしまったら、後戻り何て出来ない気がして。とうに貴方に惹かれすぎている自分は、目を合わせる事すら出来なくて。
後生です、と最後に付け足しては、言う気が失せた貴方の口元から緩りと手を外す。貴方の気持ちは勿論嬉しいし、自分も同じ様な物。だからこそ返事が出来ないのが悔しくて堪らない、少しでも我慢をさせてしまう貴方に申し訳が立たない。
覚悟しておけよ、月島!
真剣な面持ちでそんな事を言わなくで下さい。あと鯉登の名をそんな軽率に使わないで下さい。言いたい事は沢山あったが、上官という手前、どうにかこうにかギリギリで飲み込んだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。