第11話

1月 寒晴
614
2026/01/14 12:00 更新
――孤独に染まった冬の空の下で、
それでも誰かが自分を見つけてくれる瞬間がある。


1月の空は、どこまでも澄み切っている。それなのに、
どこか冷たく孤独だ。
放課後の昇降口で、アンシンはじっと校門を見つめていた。今日はあえて帰り支度をゆっくりとして、ジアハオ先輩とタイミングを合わせようとしていた。


──もう、先輩は卒業間近。
やっぱり、少しでも、一緒にいたい。


そんな淡い期待を胸にマフラーの端を指先でいじりながら待っていると、校舎のドアが開く音がした。

顔を上げると、出てきたのはジアハオ先輩とリオ先輩。
2人は肩を並べて歩きながら、笑い合っている。

Leo
こないだの模試、大丈夫だった?
Jiahao
うん。第1志望はB判定だったけど、
他はAだった。
Leo
ハオはすげえな、ほんとに。

そう言って顔を見合わせ笑い合う。

軽口なのに、距離が近い。
声のトーンも、歩くリズムも、呼吸まで同じように見えた。


アンシンは足を踏み出しかけて、止まった。
唇を噛んで俯く。


──駄目だ。入れない。
そこは、自分には届かない場所だった。

1年生の自分には踏み込めない、先輩たちの空気。

苦しくて、視界が滲んだ。






Leo
あれ、アンシニ?

気付けば2人はアンシンの目の前に立っていた。2人ともコートを羽織り、息を白くしながら笑っている。

Leo
バレー、もう終わったんだ?
リオが柔らかく首を傾げる。

Anxin
あ、うん。今日は筋トレだけで
……ちょっと早めに。
Jiahao
おつかれさま。

ジアハオが短く言い、にこっと笑う。


──なんて2人とも自然なんだろう。
その距離感が、息苦しいほど眩しい。

Leo
今から帰るのか?
リオが何気なく聞く。

Anxin
はい、まあ……
Leo
じゃあ一緒に駅まで歩く?


リオの声は優しくて、一瞬、喉が詰まる。
一緒に行きたい、けれど──隣に並ぶ自信なんてない。

Anxin
……俺、ちょっと寄る所あるんで。
嘘をつく声が震えた。

Leo
そっか。
リオはそっと微笑む。どこか安心した表情だ。
Jiahao
...じゃあ。
ジアハオが軽く手を上げる。

Anxin
はい……失礼します。

アンシンは頭を下げ、リュックを掴んで2人に背を向ける。

歩き出した瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。



遠くで、2人の笑い声が重なる。
その響きが、冬の空気より冷たく沁みた。


──やっぱり、俺の入る隙間なんて無いよな。
そう思ったら、スマホを取り出す指が震えていた。

画面に浮かぶ「サンウォン先輩」の名前を見つめる。
12月頃から先輩からの連絡は無く、初めて自分からLINEを送ってみようかと、思ったりしてみる。


どうでもいいや、壊れたって。

寂しさをごまかせるなら、それで──


"今から、会えませんか。"
親指が送信ボタンに触れかけた、その瞬間。




Sanghyeon
アンシン君。
背中から呼ばれ、振り返ると──
サンヒョンが、真剣な目で立っていた。

Sanghyeon
……サンウォニヒョンに連絡するのは、
やめてほしい。
その表情は、真剣だった。
Anxin
なんで、知ってるの。
Sanghyeon
ごめん。アンシン君のこといつも見てたから。

胸の奥がざわめいて、アンシンは視線を落とす。


Anxin
別に……いいじゃん。俺のことなんだし。
Sanghyeon
よくない。
いつになく強い声。
Anxin
どうせ俺なんかさ、誰の一番にもなれないし。


サンヒョンは一拍置き、深呼吸した。
Sanghyeon
乗って。一緒に行きたい所がある。
そう言って、自転車の後ろを軽く叩く。何も言えないまま跨がると、ペダルが音を立てて滑り出した。




冷たい風が顔を突き刺し、耳が痺れるほど寒いのに、
不思議と胸の奥だけは熱い。



Anxin
ちょっと、どこ行くんだよ!
冷たい向かい風に負けないように大声で叫ぶ。
Sanghyeon
いいからー!捕まってて!

サンヒョンも負けじと叫び返す。



10分ほど漕ぐと、潮風の匂いがした。

灰色の海が見える頃には、指先の感覚がもうなかった。

冬の砂浜は人影もなく、ただ波の音だけが響いている。



Sanghyeon
冬の海って、独り占めできてる気がしない?
Anxin
たしかに。俺たちだけだ。

サンヒョンは真っ直ぐアンシンの方を向いた。
凍てつく空気で鼻が赤くなっている。
Sanghyeon
アンシン君。
真っ直ぐな目が射抜くように見つめてくる。



Sanghyeon
……僕にとっては、アンシン君が一番。
少し震えたサンヒョンのその言葉は、アンシンの凍った心を少しずつ溶かしていく。
Sanghyeon
正直、付き合うとかよく分かんないけど、それでも……僕をアンシン君の一番にしてほしい、とか。
サンヒョンはふわりと笑って、手を差し出した。


Anxin
俺……手、めっちゃ冷たいよ。
アンシンは力なく笑い、指先を差し出す。

Anxin
冷え性だから。握らない方がいいと思う...よ?
その言葉を遮って、サンヒョンは躊躇わず、その手を包みこんだ。

Sanghyeon
僕、手の暖かさには自信あるんだ。
だから、全然へーき。
暖かかった。
じんわりと、指先から体の奥へ火が灯るみたいに。

Sanghyeon
ね、行こ!
サンヒョンが握った手を引っ張り、2人は砂浜へ踏み出した。
Sanghyeon
うわ……やっぱさっむ!
サンヒョンが思わず声を上げる。
Anxin
そりゃそうでしょ。冬に海は寒いって……
そう言いながらも、アンシンの口元には自然と笑みが浮かんでいた。さっきまで胸の奥にへばりついていた重たい影が、少しだけ遠のいていく。


サンヒョンが波打ち際へ駆け出した。
Sanghyeon
見て見て!ギリギリまで行けるか勝負!
Anxin
え、絶対嫌なんだけど——!
そう言いながら、アンシンも思わず追いかける。
波が寄せてきて、二人は慌てて飛び下がった。
ざぶん、と冷たい水しぶきが足首にかかる。
Anxin
ひゃっ……冷たっ!
Sanghyeon
今の逃げ方、猫みたいだった!ㅋㅋㅋ
Anxin
は、猫じゃねーし!
笑いながら、2人は何度もギリギリのところまで近づいては逃げ、靴の先を濡らしては大げさに騒いだ。

冬の海に、2人の笑い声だけが響く。



息を切らし、砂浜に並んで座る。
Sanghyeon
ねぇ、アンシニ。
サンヒョンがぽつりと言う。
サンヒョンがぽつりと言う。
Sanghyeon
さっきより、ちょっと元気になった?

アンシンは空を見上げ、小さく息を吐いた。
真冬の空は澄みきり不思議と広くて、泣けるほど優しい空だった。

Anxin
うん。元気になった。
Sanghyeon
なら、よかった。作戦成功!


サンヒョンはそう言って、もう一度、そっとアンシンの手を握った。




それから2人は、部活に打ち込む日々へ戻った。

サンヒョンはグラウンドでサッカーボールを追いかけ、
アンシンは体育館でバレーボールを見上げる。

でもたまに、体育館の扉とグラウンドのフェンス越しに、姿を見かけることがある。

その横顔を確認できただけで、不思議と胸の奥が暖かくなる日々。

付き合っている、と言うにはまだ程遠い2人の距離感。



――でも、互いの存在が、少しずつ心を満たしていく。

冬の空は相変わらず冷たかったけれど。
胸の奥だけは、確かに春へ向かっていた。

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