第4話

第四章︰漆黒の王と、少女のための誂え
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2026/08/17 03:00 更新
最高級宿舎の朝は、小鳥のさえずりと共に静かに幕を開けた。
ルミナリア公国の王太子生誕夜会を今夜に控えたその日、アランたちの滞在する最上階の客室には、ソーラ王国から極秘裏に手配された最高級の生地や仕立て道具が、山のように運び込まれていた。
アラン
アラン
――ん、ふわぁ……。ヨミ、おはよう。今日の俺の服は、やっぱりいつもの黒でよろしくね♪
寝室から気怠げに姿を現したのは、国王アランだった。
センター分けの青髪が少しだけハネており、眠たげに琥珀色の瞳をこすっている。アランは普段から好んで黒色の服を着用する。世界の頂点に立つ魔力量を持ち、何色にも染まらない圧倒的な絶対者としての覇気が、その漆黒の衣によって引き立つからだ。
ヨミ
ヨミ
おはようございます、陛下。寝癖のついたお姿も、天上の天使の如く愛らしくてヨミは朝から胸が苦しいです……! 今夜の礼服は、陛下の高貴な御身体を世界一美しく見せる、最高品質の黒の織物をご用意してございます
ヨミは腰まである桃色の髪を揺らしながら、白手袋の手を胸に当てて満面の笑みを浮かべた。
アランへの狂信的な愛を隠しもしないヨミだったが、その手際は相変わらず完璧で、アランの朝食の準備から一日のスケジュールの確認まで、すでにすべてを終わらせていた。
アラン
アラン
ありがと、ヨミ。……あ、そうだ。シェリア嬢の様子はどう?
アランが思い出したように、大切な妹の安否を気遣うような優しい声を出す。

その問いに応じるように、客室の奥の部屋から、おずおずとした足取りでシェリアが姿を現した。
昨日までのボロボロな姿が嘘のように、ヨミが調合した薬草風呂によって彼女の肌には本来のみずみずしさが戻っている。しかし、まだ他人の親切に慣れていないせいか、その表情には緊張と不安が滲んでいた。
シェリア
シェリア
あ、あの……アラン陛下、ヨミ様……おはよう、ございます……
アラン
アラン
おはよう、シェリア嬢♪ うん、昨日よりずっと顔色が良くなって安心したよ。でも、今夜の夜会に出るには、その服じゃちょっと寂しいよね
アランは抜群のスタイルを誇る長い脚を休ませるようにソファーへ腰掛け、山積みにされたドレスの生地を指差した。
アラン
アラン
今夜、あの嘘つきたちに本当の聖女殿の姿を見せつけてやるんだ。だから、君には世界で一番綺麗な格好をしてもらいたい。ねえヨミ、シェリア嬢にはどんなドレスがいいと思う?
ヨミ
ヨミ
ソーラ王国の国色である、深い青(サファイアブルー)のシルクなどいかがでしょうか。シェリア様の持つ純粋な聖魔法の光は、夜空のような深い青にこそ美しく映えるかと存じます。何より、陛下の好まれる黒色の礼服とも、並んだ際の色彩の相性が至高にございます
ヨミはシェリアに対して「シェリア様」と最上の敬意を込め、完璧な執事の所作で一礼しながら提案した。
アランが大切に保護した少女だからこそ、ヨミにとっても彼女は丁重に扱うべきソーラ王国の宝なのだ。
アラン
アラン
いいね、深い青! 君の綺麗な髪にも絶対に似合うよ、シェリア嬢。ヨミ、さっそく仕立て屋を呼んで、彼女に一番似合うデザインで最高の一着を作らせて
ヨミ
ヨミ
御意にございます、陛下。すべてはヨミにお任せください
アランの兄のような温かい眼差しと、ヨミの至れり尽くせりな丁寧な対応。
これまでルミナリア公国の地下で、偽物と罵られ、泥水をすするような思いで虐げられてきたシェリアにとって、二人が向けてくれる「当たり前の尊重」は、胸の奥がキュンと切なくなるほどに眩しかった。
シェリア
シェリア
アラン陛下は……私を、ただ守るべき『聖女』として、妹のように大切にしてくださっている……。それだけでも、私は十分に幸せなのに……
アランの綺麗で澄んだ琥珀色の瞳に見つめられるたび、シェリアの胸の奥には、彼への消せない淡い恋心がトツトツと芽生えていく。
彼が自分を恋愛対象として見ていないことは分かっていても、その圧倒的な美貌と優しさに、どうしても目を奪われてしまうのだった。

その後、ヨミの手配によって部屋には超一流の職人たちが集められた。
シェリアの身体のサイズが細かく測られ、深い青のシルク生地に、繊細な銀糸の刺繍が施されていく。
アラン
アラン
わぁ……凄いね。ヨミ、ドレスの裾の刺繍、少しだけ星空みたいに見えるように調整してよ。夜会で歩いたときに、シェリア嬢の足元がキラキラ輝くようにさ♪
ヨミ
ヨミ
陛下の仰せのままに。職人ども、聞こえましたね? 陛下の素晴らしい感性を一ミリの狂いもなく形にしなさい。できなければ全員、ヨミの炎で灰にします
アラン
アラン
いや、だから脅しちゃダメだってば♪
アランがドジを踏んで、机の上の糸巻きを盛大にひっくり返してバラバラに転がしてしまい、それをヨミが残像が見えるほどの神速で一瞬で拾い集める……という、いつもの微笑ましい(?)主従のやり取りを、シェリアは初めてクスリと笑って見つめていた。
その笑顔を見たアランは、嬉しそうに目を細める。

夕刻になる頃には、世界に二つとない最高の一着が完成していた。アランはいつものお気に入りの黒色――今夜のために誂えた、夜の深淵を思わせる漆黒の礼服に身を包む。黒い布地が、彼の引き締まった体躯と彫刻のような美貌を、これ以上ないほど冷徹かつ妖艶に引き立てていた。
そして、着替えを終えたシェリアが部屋に戻ってきた瞬間、アランは満足そうに微笑んだ。
深い青のドレスを纏った彼女は、まるで夜空から舞い降りた本物の女神のようだった。
アラン
アラン
完璧だね、聖女殿。――さあ、行こうか。君を裏切ったすべての奴らに、本物の光が誰のものか、教えてあげる時間だ♪
アランが漆黒の袖から長い手を差し伸べる。ヨミは二人の背後で、深い紫の瞳を怪しく光らせながら、完璧な一礼で扉を開け放った。
ルミナリア公国の欺瞞を暴く決戦の夜が、今、静かに幕を開けようとしていた。

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