最高級宿舎の朝は、小鳥のさえずりと共に静かに幕を開けた。
ルミナリア公国の王太子生誕夜会を今夜に控えたその日、アランたちの滞在する最上階の客室には、ソーラ王国から極秘裏に手配された最高級の生地や仕立て道具が、山のように運び込まれていた。
寝室から気怠げに姿を現したのは、国王アランだった。
センター分けの青髪が少しだけハネており、眠たげに琥珀色の瞳をこすっている。アランは普段から好んで黒色の服を着用する。世界の頂点に立つ魔力量を持ち、何色にも染まらない圧倒的な絶対者としての覇気が、その漆黒の衣によって引き立つからだ。
ヨミは腰まである桃色の髪を揺らしながら、白手袋の手を胸に当てて満面の笑みを浮かべた。
アランへの狂信的な愛を隠しもしないヨミだったが、その手際は相変わらず完璧で、アランの朝食の準備から一日のスケジュールの確認まで、すでにすべてを終わらせていた。
アランが思い出したように、大切な妹の安否を気遣うような優しい声を出す。
その問いに応じるように、客室の奥の部屋から、おずおずとした足取りでシェリアが姿を現した。
昨日までのボロボロな姿が嘘のように、ヨミが調合した薬草風呂によって彼女の肌には本来のみずみずしさが戻っている。しかし、まだ他人の親切に慣れていないせいか、その表情には緊張と不安が滲んでいた。
アランは抜群のスタイルを誇る長い脚を休ませるようにソファーへ腰掛け、山積みにされたドレスの生地を指差した。
ヨミはシェリアに対して「シェリア様」と最上の敬意を込め、完璧な執事の所作で一礼しながら提案した。
アランが大切に保護した少女だからこそ、ヨミにとっても彼女は丁重に扱うべきソーラ王国の宝なのだ。
アランの兄のような温かい眼差しと、ヨミの至れり尽くせりな丁寧な対応。
これまでルミナリア公国の地下で、偽物と罵られ、泥水をすするような思いで虐げられてきたシェリアにとって、二人が向けてくれる「当たり前の尊重」は、胸の奥がキュンと切なくなるほどに眩しかった。
アランの綺麗で澄んだ琥珀色の瞳に見つめられるたび、シェリアの胸の奥には、彼への消せない淡い恋心がトツトツと芽生えていく。
彼が自分を恋愛対象として見ていないことは分かっていても、その圧倒的な美貌と優しさに、どうしても目を奪われてしまうのだった。
その後、ヨミの手配によって部屋には超一流の職人たちが集められた。
シェリアの身体のサイズが細かく測られ、深い青のシルク生地に、繊細な銀糸の刺繍が施されていく。
アランがドジを踏んで、机の上の糸巻きを盛大にひっくり返してバラバラに転がしてしまい、それをヨミが残像が見えるほどの神速で一瞬で拾い集める……という、いつもの微笑ましい(?)主従のやり取りを、シェリアは初めてクスリと笑って見つめていた。
その笑顔を見たアランは、嬉しそうに目を細める。
夕刻になる頃には、世界に二つとない最高の一着が完成していた。アランはいつものお気に入りの黒色――今夜のために誂えた、夜の深淵を思わせる漆黒の礼服に身を包む。黒い布地が、彼の引き締まった体躯と彫刻のような美貌を、これ以上ないほど冷徹かつ妖艶に引き立てていた。
そして、着替えを終えたシェリアが部屋に戻ってきた瞬間、アランは満足そうに微笑んだ。
深い青のドレスを纏った彼女は、まるで夜空から舞い降りた本物の女神のようだった。
アランが漆黒の袖から長い手を差し伸べる。ヨミは二人の背後で、深い紫の瞳を怪しく光らせながら、完璧な一礼で扉を開け放った。
ルミナリア公国の欺瞞を暴く決戦の夜が、今、静かに幕を開けようとしていた。

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。