スッと再び足を組みかえる。
すると、その場に座っていた数人がびくりとするのが目に見えた。
それが恐怖によるものなのか、若しくは単なる痙攣なのかどうかは齢16の少女___「ヒガン」にはわからなかった。
足を組みかえて数秒後。
奥から茶髪でやたらふわひわした髪の女が走ってきた。
少し息を切らしながら聞く女に誰かが「はい」と答えるのが聞こえた。
というか、呼吸を整えてから話そうとは思わないのだろうか…?
呼吸が段々と落ち着いてくる。
それと同時に「ガーラ」という女もにこやかになる。
名を伝えたツインテ女は、そして__と話をつづけた。
とびっきりの笑顔を込めて、女はヒガンたちを出迎えた。
事の発端は摩訶不思議だった。
ある日、気づいたら枕元に一通の手紙が置いてあった。
宛先はまさかの「翼」からだった。
翼____もちろん、鳥の羽のことを指しているのではない。
翼という名の「超大企業」だ。
細かく言えば、その翼の中の「L社」からの手紙だった。
「あなたには才能がうんたらかんたら~~……だから、キミは入社できるよ」みたいなものだった気がする。
まず、その手紙を見て、第一に恐怖を感じた。
特別、L社と個人的なやり取りをしていたわけでもない。なんなら名前を教えた覚えもない。
なのに、なぜヒガンのいる場所を特定して手紙を送ることができたのだろうか。
それが最初に思ったことだった。
正直に言う。
ヒガンには学がない。
金銭的にも、能力的にも学校という場所には行けず、大層治安の悪い区域で生まれ育ってきた。
もちろん、隙あらばより良い地域に移転したかった。
だが、その治安の悪さを逆に居心地よく感じるようになってからは、「翼」でもないかぎりこの場を離れないようにしよう、と信念を抱き始めた。
だから、最初はその手紙を軽々しく読んでいた。
まさか「L社」からだとは思わなかったからだ。
どこか、怪しい団体の勧誘だと思い込んでいた。
宛先がL社だと気づいたときには心底驚いた。
その時、ヒガンは始めに覚えた恐怖など疾うに忘れ、「これは移住するほかない!!」と興奮状態にあった。
そして、現在は「新入社員研修」なるものを受けるために「L社」内部で椅子に座って待っているところだった。
この女はどうやら語尾を伸ばす癖があるらしい。
少々耳障りではあるものの____まぁ、聞く際に弊害はないだろう。
有無を言わせずに話を勝手に進める。
なんだ、この女には話し相手が見えてないのか?
そして、先ほど「一番左のキミ」と称された男がすらりと立った。
自己紹介テンプレートでも使ったのか?と言うほどに堅苦しくて定番な挨拶をされる。
口調に無駄がないのは聞きやすくてありがたいものの、彼の性格というのが全く読み取れない。
ただ、彼のオーラのようなものは優しさを物語っているので、きっと正義感の強い人だろうとヒガンは推測した。
過去の経験上、正義感が溢れすぎていて良い事なんて一つもなかった。
そのため、彼との話すときにはその正義量の見極めから始まることになるだろうな、とヒガンは初対面に対してかなり失礼なことを考えていた。
この女は_____語尾に「~の」をつけるタイプか。
実際にこの語尾を使う人間がいたことにヒガンは驚く。
もっとも、ヒガンは人づきあいが少ないということもあるのだろうが。
最初の印象は「あぁ好きだな」になった。
無駄のない身のこなし。
無駄のない物言い。
好きだ。
きっと他の奴らは「え、これだけ?」とか思ってるんだろう。
だが、ヒガンは好きだ。
この、少年が。
ついにヒガンが自己紹介をする番になった。
とはいえ、いつも通りに話すだけだ。
何ら恐れる物はない。
社交辞令が故によろしく、と言う。
本来であれば言いたくない言葉だ。
いつ途切れるかわからない命。
まるでそれを保障してしまうような言葉だ。
だが、会社という人とのかかわりが重要なこの場面では言わざるを得なかった。
優雅なる挨拶をしたセラは相当裕福な家庭に生まれたのだろうな~~……と妄想した。
これはヒガンの偏見に過ぎないのだが、こんなに馬鹿丁寧な喋り方をしてる奴は「お嬢様」だとか、「お金持ち」という印象がある。
それと同時に、とてつもなく性格がねじ曲がっているという印象もある。
座り方、話し方から見ると気が強そうな少女だ。
少し警戒しておく方がいいだろう。
その後も淡々と自己紹介は続いた。
ただ、ヒガンの意識が飛んでいたため内容を全く覚えていない。
寝ているとは一言も言っていない。
意識が飛んでたのだ。
もう一度言う。
寝てなんかいない。
また勝手に話を進める。
それは話が早く進むからありがたい事なのだが、いつしかそれが原因で問題を起こすんじゃないかと聞く方も少しひやひやする。
事前に席に置いてあった紙束_____資料、を手に持ち、表紙を捲る。
そこにはどでかく
「未来を創るために、恐怖に立ち向かえ。
Face the fear, Build the future.」
と書かれていた。
にかっ、と笑う。
中々に気持ち悪い。
じゃ、じゃん!とセルフ効果音をつける。
絶対この人の精神年齢は幼児に違いないな。
セラが半分キレ気味で食い掛る。
そりゃそうだ。
翼のくせに、なにを言っているのだろうか。
もっと、難しくて近未来的に違いない、という先入観を持っていたことは確かに悪い。
だが、だからと言ってもこの業務内容はさすがにないだろう…。
きっと、ガーラのお遊びのうちの一つに違いない。
セラに詰問されるガーラの顔を見る。
そこには小さな冷や汗があった。
____というか、初対面かつ自分よりも目上の人に向かってそこまで言えるの凄いな。
セラが声色を変えて、奥の方を指さす。
そしてそれに釣られて皆の視線も動く。
_____あれは__?
幸い、「奴」はこちらに気づいていなさそうだったので、その気持ち悪い容態で危害を与えられる___なんてことはなさそうだった。
だが、「奴」を「動物」というにはやや不自然だろう。
本当はもっと的確な言葉があるはず。にもかかわらず、「動物」と称している辺り、なにか隠したいことがあるのだと考えるほかなかった。
____というか、移動方法が芋虫のようで若干笑いそうになっている私はおかしいか否か____。
いや、精神状態よりも奴の存在を知ることが先決か。
とにかく、その場にいた全員が、ガーラに疑惑の視線を刺したのには違いなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!