第17話

hsrb⌇ミルクな君はいらない
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2025/08/19 15:00 更新

日も落ちかけたまだ青色の残る夕空の中。
子供達の集まる公園の4つ横、道路沿いににある建物にはぽっとオレンジの灯りが灯っている。
住宅街の中に溶け込む大きな看板には『カフェレスト・珊瑚礁』の文字が笑っていた。

『こんばんはー』

扉についた鐘がちりんちりん音を鳴らして私がお店に入ってきたことを知らせると、ぱっとこっちに瞳が向く。

「こんばんは」

カウンターテーブルにそっとコーヒーを置いて私に微笑みかけてくれたのはここのマスター。
ここでバイトするようになってから色んなコーヒーを飲むようになったけど、やっぱりマスターの淹れてくれるコーヒーが一番おいしい。

「ショウはまだ帰ってきてないよ」
『あっ、分かりました』

優しい雰囲気に包まれたこのお店は、基本地元の人ばかりがやってくる小規模な場所だ。だからバイトもマスターのお孫さんのショウくんと、昔から親と一緒にここに来ていた私の2人しかいない。
ショウくんは私と同い年で、なんなら同じ高校に通っている…のだけど、あんまり学校で話したことはない。

「ただいまー」

その時、噂をすればと言わんばかりのタイミングでショウくんが帰ってきた。うちの高校は珍しい白いブレザーで人気なのだけど、やっぱりショウくんが着るとまるで漫画の中の人みたいだ。

『おかえり。今日の公開告白大変そうだったね』
「ありがたいことに」

「てか見てたの?やだなー」とぶつぶつこぼしながらショウくんはマスターがくれたアイスコーヒーのグラスを手に取る。
私が学校でショウくんと話さないのは、ショウくんがすごく人気者だから。クラスが違うのもあるんだけど、わざわざ教室まで行ってショウくんと2人きりで話そうものなら超注目されるに違いないし。
今日だって廊下で公開告白。その辺りを通る全員が足を止めて見てたから先生が廊下の交通整理に駆り出されてて…なんだかちょっとかわいそうだった。

「僕も昔はモテたんだよー」
『えっそうなんですか!血だ』

「かっこいいのはいいけどさ、モテすぎても困る」とショウくんはなんだか羨ましいことを呟く。
羨ましいと言いつつも、まあ確かにあんな注目されながら誰かをフるのはやっぱり心が疲れちゃうんだろうな、とも思う。

「そりゃかっこいいとか言われるの嬉しいしいいことも沢山あるけど、虚しくなることばっかだし」

『寂しくなるの?』と聞くと、「うん、なる」なんて即答された。
毎日会って、週に何回もお喋りして一緒に笑っていられてるはずなのに、私には分かりそうもなかった。ただ、こんなにも近くにいてショウくんの気持ちが分からないのが少し寂しく思えた。

「あ、そういえばさ。七夕の飾りってしなくていいの?」

私の顔が暗くなったのを察されたのか、こんな話はしたくなかったのか、ショウくんはそう話題を変えた。

「そうそう、今日は七夕の準備をしようと思ってたんだよ」

「よくやった」と席を立ったマスターがショウくんの頭を撫でると、口ではツンケンしながらもショウくんはそこから動かず椅子に鎮座していた。
学校じゃモテモテキラキラなショウくんがこうして反抗期の男の子をやっているのを見るのはすごく楽しい。

「あなたちゃん、折り紙がそこの棚にあるからそれで短冊を作ってくれる?」
『あっ、はーい』

少しずつ溶けた氷と混ざり出したアイスコーヒーをカウンターに置いたままにして、私は背の高い椅子を降りた。
駆け寄った先は壁際でお店を眺める戸棚。観葉植物とそれに水をやるスプレーと海外っぽい変わったタコの置物が置いてある。
なんとなく上の引き出しを開けてみるけれど、そこには観葉植物の手入れに使いそうなハサミとか、郵便受け取りに使うハンコとペンとペーパーナイフがあった。折り紙はなさそう。
その引き出しをしまいながら残った4つ正方形の引き出しを見つめ、次に開ける引き出しを考えていた時だった。
視界が少し暗くなったと思えば後ろから白くて細長い手が伸びてきて、右上の引き出しをゆっくりと開けた。

「確かここ……じゃないんかい」
『あははっ、ショウくんでも分かんないんだ?』

もう諦めてひとつずつ開けて確かめてみると、折り紙は最後に開けた左上の引き出しに入っていた。
『折り紙のためになんでこんな時間かけてるんだろ』なんて笑いながらカウンターに戻り、氷の溶けきったアイスコーヒーを飲み干そうとグラスに手をつける。

「ねーあなたさん、みて」
『んー?』

折り紙を持って立ったまんまのショウくんが私の方を向いて手招きする。なんだろう、と思って近寄れば、手に持っていた折り紙の袋をぱかっと開けて見せてくれた。
袋の中には、不人気な茶色一枚だけ可哀想に売れ残っていた。

『買いに行ってこよっか?お店混む前にちょっぱやで帰ってくる』
「それなら俺もついてく」

『流石にお店の準備大変になっちゃうし』と断ろうするけど、ショウくんは「それなら閉めた後」とか言って聞いてくれない。

「まあまあ、ショウの言うとおりにしてあげて。多分あなたちゃんのことが心配で仕方ないんだよ」

「日の落ちた頃に女の子を人で歩かせるような男じゃなくて僕は嬉しい」なんて笑うマスターを見ていたら断るに断れなくなって、2人で近くの薬局に行くことにした。



→→→



「折り紙ってどこ?」
『文房具のとこじゃない?』

「誰も分かんない」なんて笑いながらショウくんは上にかかったコーナーの看板を眺める。
結局人が増えだす18:30より前に帰ってこればいいとも言ってもらえたから、私たちは結構のんびりでお買い物していた。

『あっ、あそこ』

文房具、とある看板を指さすと、ショウくんは「めっちゃ手前!」となんだか不服そうにした。
頑張ったのにね〜なんて2人で笑って文房具コーナーまで歩く。
ノート、ペン、シール、なんて並びを見ていたら、なんだか懐かしい気分になる。昔はこのコーナーをじっと見つめながら歩いて、お母さんが買い物している暇を潰していたっけ。

「俺こういうの眺めんのめっちゃ好きだったんだよね」
『えっ今同じこと思ってた!カラフルでいいよね』

「そうそう、色違いのペンとか色んな種類のシールとかぼーって見てるだけ」『変な形のハサミとか見てて面白くて』とか謎に文房具コーナーの話題で盛り上がっていると、ちょうど折り紙が並んでいる場所を見つけた。

『これお店にあったのと同じやつじゃない?』
「表紙?みたいなとこにある折り紙の例がコーヒーカップでさ、それが好きで」

これショウくんが選んだやつだったんだ、なんて思いながら同じ折り紙を手に取る。
お店で見たものは日焼けで黄ばんでいたけれど、このコーヒーの折り紙が前にあるのは昔から変わってないみたい。

『あっ、ねえ!カラフルなペンとかも買おうよ。短冊に文字書くやつ』
「これでいい?水性の8本パック」

赤、桃、黄、青、緑、紫、茶、黒の細い8色のペンが入った安いパックもカゴに入れる。
あと買わなきゃいけないのはついでにおつかいを頼まれた牛乳。それと『余ったお金はアイスにでも使って』と言われたから、それもある。

「あと牛乳〜…ってまた反対じゃん」
『のんびりだからいいんだよ〜』

「え〜つかれた〜…」なんて弱いことを抜かすショウくんの腕を引っ張り、ずんずんと前を歩く。
いつもショウくんの歩幅が大きくて前に出れないからこんなことは珍しい!ルンルン気分で手を引っ張って歩いていたけれど、アイスコーナーのガラスに映った私とショウくんを見てふと冷静になった。

『あれっ、私たちいま制服じゃん!?』

驚いて足を止めた私の頭にショウくんの顎が衝突する。顎を抑えて痛がりながら「いや急になに」と笑うショウくんをまじまじと見つめる。
ショウくんだ。紛れもない、学校で見るまんまのショウくん。
少しずつ目線を下げると、そのショウくんと結ばれた左手が視界に映る。
またショウくんの顔を見つめて、手を見て、の繰り返しをしていると、ぱっと両頰を手で挟まれた。
繋いだまんまの左手を巻き込んだショウくんの右手が私の頰にくっつくと、目に映るのはショウくんの綺麗な顔だけになる。

「あの、なに?」

溜息を吐いて呆れた顔で優しい声で、私にそう聞いてくれた。

『その〜…昔のまんまでショウくんと買い物来たし手も引っ張っちゃったけど、側から見たら今のショウくんと私って高校生で、その、なんか、カップルみたいだったな〜…って』

もじもじしながら頑張って話すけど、ショウくんは恥ずかしげもなく、なんならちょっと嬉しそうに「で、恥ずかしくなったの?」なんて聞いてきた。

『そ、そうだよ!なんか悪い!』
「悪いわ〜〜ほんっとに」

悪い顔してるのはそっちのくせに!なんて言い返すこともできず、楽しそうなショウくんに頰をうりうりされるばかり。
昔っから、小さい頃から一緒のショウくんは、制服を着るとなんだか遠い人みたいだと思ってた。
だからお店の服に着替えてエプロンを付けたショウくんを見ると安心してた。
けど、なんか今のショウくんは制服なのに全然学校のショウくんっぽくない。
保育園で一緒に泥団子作って勝負したり、ケイドロやってたころのショウくんみたい。

「ニヤニヤしないでくださーい、そんなに俺とカップルっぽくて嬉しい?」
『へっ、ニヤニヤしてた!?』

「めっちゃしてた」とイタズラな顔して言ってくるショウくんの足をちょっと蹴る。
ショウくんが怒った好きな左手を離し、牛乳のところまで走りだす。
けど、すぐに横からショウくんに追い抜かれてしまった。しかも止まれず牛乳に突っ込みそうになったところに挟まってクッション代わりになって。

「あっぶな」
『ごめーん…ショウくん足速くて助かった…』

胸を撫で下ろしながら、離れようとショウくんの胸を両手で押す。ゆっくりと後ろに回っていた腕が解けて、いつもの私たちの3歩の隙間ができる。

「次は腕でも組む?」

またイタズラっぽくそう言ってくるショウくんは放って、私は牛乳を手に取った。

『恥ずかしいこと言ってないで、アイス見にいこ』
「さっきめっちゃ恥ずかしいこと言ってた人がなんか言ってる」

『誰ですかー!』と声を出すと、ショウくんは笑いながら「誰だろうね〜」となんだか子供でも見るような顔で見つめてくる。
棚のガラスに映った私たちはちっともさっきと変わってないはずなのに、なんだかちょっとだけ違って見えた。



→→→



20:30になってお店を閉めて軽く片付けを済ますと、マスターが私に手を招いた。
その姿が夕方のショウくんと似てて、なんだか家族を感じながら寄ると、そこには5個くらいの缶箱があった。
開けてみれば、輪ゴムでまとめられた短冊が1つの箱に4つずつ入っている。

『これ……』
「1回残しちゃうとそれが習慣になっちゃってさあ、いつのまにかこんなに貯まっちゃった」

パッと手に取った短冊の中に今日売れ残っていたものと同じ茶色が見えて、ついそれを束から引き出してしまった。日焼けしてちょっと薄くなってコーヒー色になっていたそれには、拙い子供の字が見えた。

『《コーヒーが上手に淹れられますように》…って、かわいいお願いごとだなあ』

微笑ましく思いながら読んでいると、マスターが覗き込んで「あ」なんて言った。
首を傾げると、マスターは「それショウのだよ」と教えてくれた。

『えっ、ショウくんってコーヒー淹れるの苦手なんですか?』
「大得意ですけど」

ひょっこりと顔を出したショウくんに驚いて固まっていると、「飲んでみる?」と言ってカウンターの中に入って行った。

『ショウくんのコーヒーって何気に飲んだことないかも』
「そう?」

マスターが挽いた豆の残りをサイフォンに入れたショウくんの向かいのカウンター席に腰掛けて話す。
意外と慣れた感じでコーヒーを淹れるショウくんがなんかおもしろい。

『ショウくんがこんなお願いごと書くイメージなかっな』
「嫌だったんじゃない?じいじのコーヒーが一番って言われたの」

ムキになってあの短冊を書いてるショウくんを思い浮かべてみるとすごくかわいくて、『ショウくん子供でかわいい』と笑ってしまった。
そしたらこれまた気に食わなさそうな顔をしてきた。

「今ここでこのお願いごとを叶えてやる」

「成長してるから」なんてそう意気込んで、ショウくんはぶくぶくするサイフォンに目をやった。

ショウくんはミルク色のブレザーがよく似合う。
けど、それがなんだか嫌だった。皆とっての"いつものショウくん"が高校の制服を着たショウくんになってるみたいで。
私にとってはいじけたりいじわるしてくるショウくんがいつもで、高校生のショウくんはいつもと違うショウくんだったはずなのに。
でも白色の中で、日焼けしたコーヒーカラーのショウくんがまだ拗ねてた。
ミルク色のブレザーからふんわりと薫るコーヒーの香りは私を安心させて、包み込んでくれる。

『成長してないでいいんだけどな〜』
「うーわ、最悪」

コーヒーが上手に淹れられないでいいよ。
大きなブレザーが似合わなくていいよ。
文房具コーナーにずっと居座ってていいよ。
ミルクみたいに甘くなんか、なってなくていい。

「どうぞ」

恥ずかしがりながら出されたコーヒーは私が淹れるくらい下手くそで、マスターとは比べ物にならないくらい苦くて、苦くて苦くて。

「あっ、まってこれやばい。飲みきらないでいい…って、あ!あ〜……」

それでいて、とっても大好きな味だった。

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