第6話

6.
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2025/08/14 13:11 更新
産屋敷邸の一角、緩やかな日差しが降り注ぐ中庭。

 結界の中とはいえ、ある程度の自由が許された鬼の少女は、監視の目を感じながらも、久しぶりに穏やかな空気の中で座っていた。

 ――すると。
甘露寺 .
わあっ!やっと会えた〜っ!
元気いっぱいの声と共に、鮮やかな桃色の羽織が風を切って現れる。
甘露寺 .
あなたが……上弦の弍の妹ちゃんね!こんにちはっ、恋柱・甘露寺蜜璃ですっ♡
(なまえ)
あなた
…え、あの……はい……!
甘露寺 .
全然怖くないよ〜!わたし、伊黒さんから聞いたんだ。
  “食べない鬼”なんて、すっごく珍しいんだって!えらいねぇ……頑張ったんだねぇ……
彼女の手を握って、ぽろぽろと涙をこぼす甘露寺。
(なまえ)
あなた
え……? 泣いてるの……?
甘露寺 .
うんっ。なんかね、わたし、嬉しくなっちゃって……。
甘露寺 .
誰かが苦しみながらも、まっすぐ生きようとしてるの、すごく素敵だって思ったの……!
(なまえ)
あなた
(この人……本当に、優しいんだ……)
少女の中で、じわりと心があたたかくなった 
その夜、少女はいつものように、産屋敷邸の裏庭にある竹林の手入れを手伝っていた。
 結界の中とはいえ、ただ閉じ込められているのではなく、「できることをしたい」と言い出したのは彼女自身だ。
――風が、ふと止む。

 気配が変わった。竹の影の間に、何かがいる。
 次の瞬間、いつの間にか背後に誰かが立っていた。
時透 .
……君が、上弦の弍の妹?
振り向くと、そこにいたのは――霞柱・時透無一郎。

 瞳が、無感情とも無関心ともつかない光をたたえて、彼女を見ていた。
(なまえ)
あなた
はい、あなたは……霞柱の、時透無一郎さん……?
無一郎は頷く。
時透 .
お館様に言われて、ちょっと見に来ただけだよ。
  “君はどう思うか”って。……珍しいよね。鬼をどう思うか、なんて聞かれるのは
その声には、怒気も、興味も、敵意も――ない。

 だからこそ、逆に冷たく感じられる。
 彼女は自然と、身をこわばらせていた。
時透 .
でも……うん。確かに君、兄と同じ顔らしいけど……雰囲気がまるで違う
(なまえ)
あなた
…そう、ですか……?
時透 .
兄さんの方は、なんていうか……“気持ち悪い笑顔”が印象的らしい。
  君は……“悲しそうな目”をしてるよね
その一言に、少女の心のどこかが、ぴくりと震えた。
(なまえ)
あなた
あなたは、怖くないんですか?
  私が、“鬼”で、“上弦”だったって……知ってるはずなのに……
無一郎は首を少し傾ける。
時透 .
……怖くない。だって、君は今、誰も傷つけてないから
(なまえ)
あなた
…でも、これまで……私は、見てきたんです。
  人が喰われるところも、泣くところも、苦しむところも……助けられなかった……
無一郎はしばらく黙っていた。
 竹の葉が、さらさらと風に揺れる音だけが響く。
時透 .
……君は、“思い出すこと”ができるんだね。ちゃんと、自分の罪を
時透 .
…だったら、君は僕より“人間”かもしれない
彼の言葉に、少女は目を見開いた
時透 .
俺、昔のこと……ほとんど思い出せなかった。家族のことも、自分の気持ちも、空みたいに全部、消えてた
時透 .
でも、今は……少しずつ戻ってきてる。苦しいけど、それでも……思い出せてよかったと思うんだ。
  “僕が何を大事にしたいのか”って、わかってきたから
無一郎は、ふわりと微笑んだ。

 ほんの一瞬――霞のように淡くて、でも確かにそこにある“あたたかさ”。
時透 .
君も、きっと見つけられるよ。これから。
  “鬼”だったことじゃなくて、“何を選んできたか”が、大事なんだと思う
少女の胸の奥に、何かが落ちてくる。
 それは重たくて、でも心地よくて――まるで、霞が晴れていくような感覚だった。
(なまえ)
あなた
ありがとう、時透さん
時透 .
うん。また来るよ。……君、竹の世話、似合ってるから
そう言って、無一郎はふわりと竹の間に消えていった。

 その後ろ姿を見送りながら、彼女は初めて、ひとりきりで笑っていた。

 ある午後、訓練場の裏。

 霞柱・時透無一郎が、ひとり木刀を振っていた。

 
(なまえ)
あなた
…あ、時透さん
時透 .
君も、訓練?
(なまえ)
あなた
うん……まだ、自分の力のことも、ちゃんとわかってなくて……
  戦えるって言ったけど、やっぱり怖い。だから、少しでも強くなりたい
無一郎は木刀を差し出した。
時透 .
じゃあ、ちょっと付き合ってみようか
(なまえ)
あなた
えっ……いいの?
時透 .
うん。“喰わない鬼”が、どう戦うのか……俺、ちょっと気になるし
私は、ためらいながらも木刀を握る。
 彼女の手は細く、冷たい。だが――力は、確かにあった。

 ふたりの木刀が、竹林の音に混ざって静かに響いた。

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