右に垂らした三つ編みを揺らしながら、少女は瓦礫が散乱している住宅遺跡を駆けていく。
少女、もとい、ステラ・メルクーリは顔が真っ青になりながらも、必死に足を手を動かしていた。
誰から、とは言わずもがな、件の賊“ネメシス”からである。
恐怖に駆られながら行く当てもなく、夕暮れのディロス島を駆け巡っている。
事の発端は、見知らぬ軍服の男性に声を掛けられたことから始まった。
その男性は笑みを浮かべ、優しそうな表情で私に話しかけてきた。
しかし、私にはその男性の顔が笑みを貼り付けているように見えて、恐怖を感じた。
ステラは、恐る恐る誰何した。
男性は自分のことは語らず、さあというように手を差し出した。
根拠もへったくれもないが、本能がこの人に付いて行ってはいけないと叫んでいる。
それに従い、すぐさま背を向けて走り出した。
それから、私と彼、途中で合流した彼の仲間との追いかけっこが始まった。
ガシャン
5.56×45mmの銃弾を薬室に送るためのチャージングハンドルを引いた音が、乾いた空に響いた。
〈助けてあげるわ。私が貴方を。愛しい愛しい神の子よ。〉
それは、昨晩出会ったあの星屑のような女性の声によく似ていた。
全てを終わらせようとしていた私に生きる意味をくれた人。
頭に浮かんだ言葉をそのまま唱えると、私を包むように半円の透明な盾が現れた。
幾何学模様がその半円をなぞるように浮かんでいる。
これが、あの女性がくれた私へのたった一つの贈り物なのだと悟った。
盾が出現したと同時に、FN SCARの連射音が鳴り響いた。
銃声で咄嗟に身構えてしまったが、銃弾はステラに当たることはなく、盾に弾かれて地面に散らばった。
後ろの連中に気を取られ、すぐ目の前に立っている同じ程の身長の女の子とその後ろ立っている青年に気が付かなかった。
その女の子は軍服ではなく、薄いピンク色のワンピースを着ており、青年は赤いベストの執事服のような服だった。
髪や瞳も同じピンク色の彼女は、私の視線に気づくと安心させるように微笑んだ。
そんな事を口にした女の子と赤髪の青年は、一先ず敵では無さそうだ。
しかし、彼女は見た所武器を持っておらず、青年にいたっては簡素なグローブをはめているだけだ。
不思議がっていると、女の子は詩を口ずさみ始めた。
唱え終えた瞬間、どこからか現れた無数の光が女の子の両手へと集まり、70cmほどの短弓の形を成した。
女の子のピンク色を基調とし、所々の金色や豪華な装飾が施された一張はこの世のものではないような業物であることがひしひしと伝わってくる。
女の子はその弓を慣れた手つきで空へと掲げ、矢をつがえずに弦を弾き始めた。
すると、黄金の光が矢の形を成し、彼女の右手が弦を放すと光芒となって空に放たれた。
その光芒の矢は急に複数に分かれ、弧を描きながら、辺に降り注いだ。
あまりの神秘的な光景に、私は声が出ないほど見惚れてしまっていた。
しかし、彼女が何をしようとしたかったのか分からない。
現に、件の連中は見惚れてはいるものの、またすぐに私を捕まえようとするだろう。
女の子はそう言いながら、目線を軍服の男達に向けた。
私もそれに倣い後ろに向き直った。
軍服の男達の中に、先程の矢に射られ、倒れてたりしている人がいた。
彼らの動きは、ふらついていると言うより、誰かに操られているように見えた。
女の子が冷たく命令すると、矢に射られた彼らが、同じ軍服の連中に銃を乱射し始めた。
ある者は銃を人に発砲し、ある者は身体を撃ち抜かれ、ある者は血を流し、ある者は倒れて微動だにしない。
そんな殺伐とした光景が側で繰り広げられているのにも関わらず、2人は暢気に話し始めた。
女の子はペスカと言うらしい。様と付けているからには赤髪の青年はペスカさんの従者というった所なのだろうか。
ペスカさんは何か遠くの物を探すように手をかざしていたが、急に空の一点を指差し飛び跳ねた。
その指の先に見えたのは一機のヘリコプターだった。
真正面から夕焼けの太陽に照らされて黒く見えるヘリコプターがこちらにやってきている。
しかし、ヘリコプターの着陸する場所はこの近くにはない。どうやって…いや、この人達はどこから来たのだろうか。
まだ、敵かもしれないという迷いが残るが、何はともあれ助けてもらったのだから、お礼は言わねばならない。
どう言うことだろうか。ペスカさん達のような知り合いは見たことも無いし、聞いたこともない。
まさか、両親の差し金なのだろうか。いや、私たちのような貧乏な家庭がペスカさんのような方を雇えるわけもないだろう。
一瞬、私に声をかけてきた軍服の男性の言葉が過り、不安に襲われる。
この人達は信じられるのだろうか。軍服の男性よりは、まだ信じられると思う。なぜなら、自分の名前やらをはぐらかさないで、ちゃんと話そうとしてくれているから。
そう言われれば、思い当たるのは一つしかない。
キュオリプラやらまだよく分からないことだらけだが、私はペスカさんに気に入られたらしい。
もうヘリコプターは上空でホバリングしており、垂らされている縄ばしごを飛ばないように赤髪の青年が捕まえている。
確かに、ペスカさんの言うことには一理あるし、私はペスカさんが嘘をついてるようには思えなかった。
私はそう考え、縄ばしごに手をかけた。
ヘリ乗り込むのを見送り、ペスカの力で愛の使徒となった奴らを除き、残りの賊をアルスと共に片付けていく。
ヘリの真下に近くと、縄ばしごを保持してるロッソが出迎えてくれた。
私はロッソから、縄ばしごを受け取った。
そして、ロッソは器用に縄ばしごを登っていった。
セヒオの少女は保護したが、賊はまだ動ける奴も残っているだろうから、早くここから立ち去るべきだ。
数段登り、アルスの足場を確保した私は、まだ賊に発砲を続けているアルスに声をかけた。
アルスがしっかり捕まっているのを確認し、ブランに声をかけた。
了解の返事がインカムを通して耳に届くと、ヘリはさらに上昇を始めた。
地上ではまだ動ける賊が、しきりにSCARの銃口をこちらに向けて発砲を続けている。
私は腰に下げたポーチから手榴弾を一つ取り出して、ピンを歯で抜いた。
そして、重力に任せ、手を離した。
少し遅れて地上で爆破し、灰色の煙が立ち上った。
早くヘリに乗り込むために手榴弾を使ったのだが、言葉とは裏腹にアルスは動かない。
よく見ると微かに身体が震えている。
図星と言わんばかりにアルスは顔を背けてしまった。
高所恐怖症。
それは、高い場所に対して極端な恐怖心を抱く不安障害の一つである。人によって程度の差はあるが、高い所に登ると、それが安全な場所であっても、下に落ちてしまうのではないかという不安が生じ、めまいや動悸、震え、パニック発作などの症状が現れる。
私はアルスに向かって手を差し伸べた。
顔色も悪く、冷や汗をかきながらも、大嫌いな私に助けてもらうのは屈辱以外の何物でもないのだろう。
と言ってやったら、目に怒りの炎が灯ったが、震える手でAR-57を私に寄越してきた。
アルスの獲物を受け取ると、少し急いで縄ばしごを登った。
途中で、揺らすなと言う空耳が聞こえたような気がしたが無視した。
ヘリに乗り込み、側にいたロッソに協力を仰ぎ、縄ばしごごとアルスを引き上げる。
そして、アルスから、まだ死にそうな顔で、感謝とも言えぬ言葉をかけられた。
それに対して、私はそっけなく答える。
感想など待ってます


















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。