深い眠りから引きずり出されるように意識が戻ったとき、最初に感じたのは、畳のい草の匂いと、静かすぎるほどの沈黙だった。
「……っ、やっくん……クロ……!」
飛び起きようとしたけれど、全身が鉛のように重くて力が入らない。視界がゆっくりと焦点を結ぶ。そこは、音駒の洋館とは正反対の、凛とした静謐さが漂う広い和室だった。
「目が覚めたか」
枕元に座っていたのは、北さんだった。彼は着慣れた様子で和服を纏い、まるでお見舞いにでも来たかのような穏やかな表情で私を見下ろしている。
枕元に座っていたのは、北さんだった。彼は着慣れた様子で和服を纏い、まるでお見舞いにでも来たかのような穏やかな表情で私を見下ろしている。
「……ここは、どこ……? 二人は、どうなったの……っ」
「兵庫にある、稲荷崎のアジトや。……安心してええよ。黒尾くんも夜久くんも、命に別状はない。約束したからな。俺は嘘はつかん」
北さんは淡々と、湯呑みにお茶を注いで私の前に置いた。
「俺が約束を守ったんやから、あんたも守らなあかんよ。……ここなら誰も死なへん。あんたが俺の隣で、大人しくしとればな」
その言葉に、冷たい氷水を背中に流されたような戦慄が走った。
その時、静かに襖が開き、見覚えのある二人が入ってきた。
「お、起きたん? 案外早かったなぁ」
金髪の人が、部屋に入ってきて私のすぐ側に座り込んだ。昨夜、やっくんに銃を突きつけていた人だ。彼は私の顔を覗き込み、形の良い唇を吊り上げた。
「自己紹介まだやったな。俺は宮侑。……こっちは双子の治や」
「……宮治。おにぎり持ってきたで。具、鮭でええか」
治と呼ばれた人は、淡々とお盆を畳に置く。昨夜の冷酷さは影を潜めているけれど、それがええようのない不気味さを煽る。
「……嫌。帰して……お願い、帰して……っ」
震えながら絞り出した私の拒絶に、北さんは怒るでもなく、ただ困った子供を見るような、慈愛に満ちた溜息をついた。
「……まだ、混乱しとるみたいやな」
「え……?」
「怖い、帰して。そうやって泣くんは、あんたが今、正常な判断ができんようになっとるからや。……可哀想にな。音駒の不自然な環境に毒されて、何が自分にとって『正しい』んか分からんようになってもうたんやな」
私が感じているこの恐怖も、拒絶も、彼にとっては心からの叫びではなく、単なる「治療が必要な混乱」として処理されてしまう。
「怖ないよ。……俺はあんたを正しい場所に戻しただけや。何も間違ったことはしとらん」
北さんの指が、私の涙を掬い取る。その指先があまりに迷いなく、温かいのが、言葉にできないほど恐ろしかった。
「侑、治。この子に無礼な真似はするなよ。……あなた、この二人があんたの身の回りの世話を焼く。困ったことがあったら、なんでも言い」
「おん。北さんの言う通りや。……なぁあなたちゃん、自分、今はパニックになっとるだけや。美味しいもん食うたら、すぐここが気に入るわ」
侑くんが、私の髪にそっと触れる。治くんも、当然のように私の隣に座り直し、おにぎりを差し出した。
「……おん。混乱したまま飯食うても味せんからな。落ち着くまで、俺らがずっと横におったる。安心し」
逃げ場のない「善意」に囲まれて、私はただ絶望に沈むしかなかった。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。