第19話

「熱異常」
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2025/11/15 07:35 更新
夜の底を、ひとつの声がゆっくりと沈んでいくようだった。


言葉になり切らない呻きが、暗闇のどこかでくるくると渦を巻き、触れた者の指先をひやりと冷たくしながら通りすぎていく。



      『死んだ変数で繰り返す』



誰かが言った。

それはまるで、数え事に熱が宿り、膨れ上がった感情が脈を打つような声だった。



これは、宛先のない、哀れな独り言。

空間のどこにも貼りつかず、ただ漂い、やがて闇の奥へと消えていく。




「瞬間、世界の温度がわずかに揺れた。


 電撃と見まがうような恐怖が、細い血管の中へじわり
 と染み込んでいく。

 硬直した指に、冷たい震えが走る。



 視界の向こう_____

 微粒子の濃い煙がもくもくと渦巻くその奥で、
 黒い鎖鎌がゆっくりと、しかし確実に近づいていた。



 消去しても
 消去しても
 消去しても
 消去しても
 消去しても
 消去しても
 消去しても
 消去しても

 何度繰り返しても消えない。


 まるでこの世界の地層に深く刻まれた呪いのように、
 記憶の裏側で、息を潜めた恐怖だけが脈打っている。


 喉はとうに潰れていて、叫び声は列を成さない。

 こぼれた音は歪み、滲み、言葉だったはずのものが
 形を失って床に散った。



 安楽椅子の上では、腐りきった三日月が笑っている。

 まるでそれが本来の姿だと言わんばかりに。


 薄い金板のような光を落としながら、
 月は苦悶の影を引き伸ばし、その下で世界は歪む。




 『すぐそこまで_______』




 誰かのか細い声が、闇をひっかくように響いた。

 その言葉は反響し、折り重なる。



 すぐそこまで
 すぐそこまで
 すぐそこまで
 すぐそこまで
 すぐそこまで
 すぐそこまで
 すぐそこまで

 何かが来ている。
 背後で息を潜めている気配だけを残して。



 実に、43秒。



 大声で泣いた後の世界は、妙に静かだ。

 救いの旗に火を放つ人々の影がちらつき、
 焦げた匂いが鼻を刺す。


 棺桶に甘んじて籠り、コレクションにキスをする骸骨
 は、ほつれた笑みを浮かべて呟く。




 『……どうかしてる。』




 どうかしてる
 どうかしてる
 どうかしてる
 どうかしてる
 どうかしてる
 どうかしてる
 どうかしてる
 どうかしてる

 その言葉もまた繰り返された。


 何度も、何度も。
 誰の声かも分からないほどに歪んで。



 《理想郷》

 未来永劫、誰もが救われるという世界。



 大人たちは口を揃え、それを信じた。


 だが彼らが乗りこんだ舟は、音もなく爆ぜた。

 夜空の中で黒い星が、じっと彼らを見つめている。



 哭いた閃光が目を刺し、別れの鐘がひたひたと響く。


 神が紡いだ歴史の端にこびりついた答えは、
 口に含めばざらりと砂の味がした。

 また、あの声が沈むように呟く。




      『死んだ変数で繰り返す』




 数え事が孕んだ熱が、胸の奥で燃えていた。


 誰かの澄んだ瞳の色をした星を見上げながら、
 問いかけても返事はない。


 悲しみを拾いきれなくなったとき、
 それらはやがて塩となり、海へと流れ落ちた。


 祈りも、苦しみも、同情も、憐れみでさえも、
 いずれ値札を貼られ、取引される世界。



 背を向けても、逃げても、耳を塞いでも、
 鮮明な悲鳴は消えない。

 まるで、どこかの壁に刻まれた落書きのように、
 その声だけが延々と残り続ける。



 幸福を手放すことこそ美学だと諭す魚が、
 自意識の海をのたうつように泳ぎ回る。


 血の匂いが海面に立ちこめ、
 また黒い星が、今度は確かにこちらを見ていた。



 泣いた細胞が海に戻り、世迷言が肌にへばりつく。

 燕が描いた夏の軌跡をなぞるように、灰色の雲が迫っ
 ていた。



 編み上げた名誉で明日を乞い、希望を握った手は汚れ
 てゆく。

 その汚れが、もう洗い落とせないほどに深く染みこん
 で。



 ————希望という名の絶望。



 澄んだ瞳の色をした星は、静かに瞬くだけ。


 返事はない。
 あるのは沈黙だけ。


 もし手を取り合い、愛し合えたなら。

 叶わなかった夢を殺す痛みは、少しは軽くなっただろ
 うか。

 思考の成れの果て、その中枢には熱異常。



 『こんなの現実じゃない
  こんなの現実じゃない
  こんなの現実じゃない』



 喉が潰れたままの声が、それでも漏れた。


 叫び声は列を成さず、乱れたまま空へ溶ける。
 また三日月が、安楽椅子の上で嘲笑う。




 『……もう、すぐそこまで______』




 その声は、湿った夜気を震わせながら、
 何度も、何度も、繰り返された。


 すぐそこまで
 すぐそこまで
 すぐそこまで________

 なにかが来ている。              」










以上が、ボイスレコーダーに残された音声である。



いよわ様の「熱異常」の曲パロです。
登場人物が誰も居ない上に、とんでもなく暗いです。

これを書くのにばか時間かかりました。
よかったら「熱異常」聞きに行ってください




ほんでファンマとファンネーム作りました✌️

よければつけてください🙌



#とりあえず入っとけ傘下

#🌧️☂️💨



あと、表紙をアルゼンチンペソしかないみおちゃんに変えました。

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