『あの…』
善法寺「うん」
答えるまで逃さない構えを取っている先輩に、私は一つ聞いた。
『…先輩方は、例え私が委員会に入ったとしてもすぐ辞めさせてくれますか?』
尾浜「…?」
『私は会計委員会に入ると決めましたが、もし先輩方に流されて…別のところに行ってしまったら、また誰かに声を掛けられたときにも流されてしまうのでは、とは思いませんか…?』
ハッとしたような顔をする尾浜先輩と、未だ余裕がありそうな表情で私を見つめる善法寺先輩の温度差で体が強張る。
しかし柔らかい風に背中を押されるように、私は自分に鞭打ち声帯を振動させた。
『私の意志が弱いとお思いでしたら、大間違いです…文書…返してくださいっ、』
尾浜先輩にズイッと近付き半ば奪い返すように文書を受け取ると、尾浜先輩はバツが悪そうに、いじわるしてごめんねとだけ言い、その場を後にした。
詰まっていた息が浅く吐き出されるところを善法寺先輩はじっと見ていて、私も居心地が悪く、この場所からより近い潮江文次郎会計委員会委員長のお部屋に向かおうとした。
『…では』
善法寺「ねぇ、話はまだ終わってないよね?」
『っえ、』
六年生にしては華奢でも、三年生の私からすれば充分大きな手が私の腕を掴み、壁に押し付けられる。
それは力に任せたものではなく、跡がつかないように緩く拘束されているのだとわかるが…暴れれば強く絞められるのだろうと抵抗の意思は見せない。
少し動けば、その開かれた目が私を簡単に捉えているから。
善法寺「あれ?暴れないんだ」
『…敵わない相手に喧嘩は売らない主義で』
善法寺「そうかな、充分僕に喧嘩売ってると思うよ」
『離してください…』
善法寺「…口はすごく達者みたいだけど、ほんとは怖いんでしょ?さっき、尾浜に言い寄られていた時、指先が震えいてたよね?…ほら、」
『っ…ひ、』
腕を壁に縫い付けていたその手のひらは、ずっ、ずっ、と移動して、やけにゆっくりと、触れるか触れないかの狭間のような絶妙な絡ませ方をしてくる。
直接絡めてくるものよりも不安感が倍増し、元から震えていた足では腰を抜かさないように自立することで精一杯であった。
『やめて…ください…』
善法寺「駄目だよ、続きを話そうか、おいで」
指の間にぬるりと着地するように、不自然に自然に絡められた手を引かれ、足は勝手に動き六年長屋に近付いていく。
部屋に連れ込まれれば逃げ場はないわけだが、直前、その直前には六年い組が存在することを思い出した。
善法寺「あ、これはもういらないね」
『え』
ビイッ…という音がした。
どうにか文書を奪い返し潮江文次郎先輩の名を大声で呼ぶつもりが、善法寺先輩は空いている手と口で文書を挟み真っ二つに引き裂いていた。
概ね信じられないほど典型的な紙を裂く音が響いたものだ。
ぺらりと床に落ちた、元は一つだった二つの紙。そして笑う善法寺先輩。
善法寺「はいっ、あとで一緒に書き直そうね」
その冷たい笑顔に応えるように少しだけ強い風が吹き抜け、その紙は舞っていってしまった。
髪が揺れる、紙は盗られる、裂かれる、飛ばされる。
私よりも散々な人生、いや紙生を送った文書に手を合わせたいがそれもできない。
強引な手の引き方に指の関節がところどころ痛むが、ぽた…ぽた、と音がして辺りを見渡した。
善法寺「えっ」
『…雨?』
善法寺「…びっくりしたぁ、あなたの手から血が出てる音かと思った」
すごく不謹慎な事を言う善法寺先輩に震える。どれだけ弱いと思われているのかよくわかった。
善法寺先輩から反射的に手を離された私は音のする方へ首を向けると、そこにはびしょ濡れで、金属の塊を持った善法寺先輩よりも濃い緑色の服を着た人が立っていた。
水草が脚に付着しているうえに、足袋は濡れているおかげで砂や土まみれ。
『妖怪…?』
善法寺「あ!文次郎!!また池で鍛錬してたの!?」
潮江「違う寝ていた、そしたら顔にこんなもんが張り付きやがったんだ」
池で眠るのは鍛錬ではないのだろうか。
善法寺先輩の口ぶりからするに、この妖怪は会計委員会委員長の潮江文次郎先輩らしい。少し危ない人なのかもしれない、と、早速不安になった。
潮江文次郎先輩のびしょ濡れの手には、筆の文字が滲んだ用紙の半分が握られており、私はすぐに反応を示す。
『あ、私の…』
潮江「…あ゛ー、やっぱりな、見慣れない名だと思った、部屋に上がっていろ、すぐに戻る」
着替えてくるらしい潮江先輩はどこかふらふらとしていて、喉も荒れているようだ。人相もそれはそれは悪かった。
潮江先輩は体調が悪いのではないかと、隣にいる保健委員会委員長に目配せをするが
善法寺「まさか飛ばした用紙が“不運にも”文次郎の顔に着地するなんてぇ〜……」
何やら打ちのめされている様子で離れることはとても容易だった。
たっと走り、障子を開け、障子を閉め、一安心し、時間を無駄にできないからと用紙を貰いに少し走り、潮江先輩が帰ってこられる前に提出物を完成させる。
やることがなく、畳の端を眺め、少し火薬の匂いがする部屋で気持ちだけ寛いだ。
潮江「悪い…待たせた」
『いえ…!』
先刻は濡れて垂れ下がっていた髪のせいで顔がよく見えなかったが、隈がひどい。
対面し胡坐をかいた先輩は私から文書を受け取ると膝に肘をついていた。
潮江「会計でいいのか?」
『はい』
潮江「…字が読みやすいな」
『ありがとうございます』
潮江「勧誘は?」
『会計委員会と作法委員会以外から勧誘されましたが全て断りました』
潮江「……」
見定められているのか、頭の先からじっくり眺められる。そして再度文書に目を落とし頭を掻いている。
緊張で手汗を握った。
六年生という位よりも歳上に見える潮江先輩の前では教師と接しているも同義だ。
潮江「…いいだろう」
『本当ですか!』
潮江「三年なら貴重な戦力になる、今後に期待しているぞ」
安藤先生に文書を渡してくるとおっしゃり、立ち上がった潮江先輩は私の頭に手を置いた。
撫でられているのかと思ったのだが、段々と力が掛かっていく。認めるのではなくこのまま押し潰すつもりなのだろうか。
なんて考えていると潮江先輩は私の頭ではなく肩を掴み直すが、潮江先輩にだけ地震が襲ったかのように重心が傾き膝をつかれてしまった。
『潮江先輩…?』
潮江「………」
小さな声でブツブツと何かを呟いては掛けられる体重は重くなっていく。
そろそろ倒れそうだと思ったところで先に潮江先輩が膝をついたまま目を瞑ってしまった。
『…し、死んだ?』
生存フラグだけ立てておいて、さてどうするか迷った。
アンケート
先輩をどうにかしよう‼️🧮
丁度部屋なのでそのまま寝かせてあげる
60%
医務室まで連れて行く
40%
そのまま放っておく
0%
投票数: 10票












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。