10時27分。
商店街の時計が、未来の“あの5秒”へ少しずつ近づいていく。
胸がざわつく。
僕の視界は、すでに“出来上がった未来”に沿って動こうとしている気がした。
(いや、違う……僕が合わせてるだけだ)
自分に言い聞かせるが、足取りは自然と映像の位置へ向かっていた。
袋を抱えた女性──
老人が自転車を止める──
記憶の中の映像と、見えている状況を重ねる。
地面で、何かがかすかに光った。
「……あった」
しゃがんで拾い上げる。
指先に触れたのは、小さな金属製のキーホルダーのようなものだった。
丸いプレートに、英数字の印。
『M-17』
意味はわからない。
ただ、胸がきゅっと締めつけられる。
10時29分。
あと一分。
通りの向こうに、映像で倒れかけていた“あの男”が見えた。
そこらへんで見る、スーツ姿のサラリーマン。
今は普通に肩で大きく息をしている。
(倒れる…本当に?)
歩き出そうとした瞬間、スマホが震えた。
画面には、初めて見る通知。
《未来が更新されました》
「……更新?」
嫌な汗が背中を伝う。
昨日は“生成”だった。今日は“更新”。
何が違う?
どう変わった?
「ぐっ……!」
短いうめき声が聞こえた。
映像の“4秒目”と同じタイミングだ。
サラリーマンの男が胸を押さえ、膝を折りかける。
僕は考えるのをやめて走った。
「大丈夫ですか!」
肩を支える。
だが、映像とは違う。
倒れ込む角度が違う。
周囲の人々の視線も、微妙に…。
未来がずれていく。
「救急車……呼びます!」
ポケットからスマホを出そうとした、そのとき──
また震えた。
《別の未来が生成されました》
「なんなんだよ……!」
男は苦しそうにうずくまり、汗が滴り落ちる。
僕は手を貸し続ける。
周囲の誰かが走って店の奥へ電話をしに行った。
ざわつきが少しずつ広がっていく。
「はあ……はあ…お、俺……まだ、倒れたく…ない……」
かすれた声が耳に刺さる。
まるで“倒れる”ことが前提であるかのような言い方だった。
男の手が僕の袖を掴む。
「頼む……見捨てないでくれ……」
「見捨てませんって!」
その瞬間。
僕の足元で、さっき拾った金属のプレートがカランと落ちた。
小さな音のはずなのに、やけに大きく響く。
男がそれを見て、驚いたように目を見開いた。
「……それ、どこで……!」
「え? いや、さっきここで──」
「返せ…返してくれ……それは……!」
言葉の途中で、男の体が完全に崩れた。
僕は慌てて支える。
「しっかりしてください!」
男の指先が震えながら、僕の手の中のプレートを指した。
「M……17……間に合わ…」
言葉はそこで途切れた。
救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。
だが僕の耳には、別の音が重なった。
──まただ。スマホの震え。
画面には、一文だけ浮かんでいた。
《明日、あなたは“選択”を誤ります》
喉が、ひゅっと音を立てた。
何を誤る?
誰を?
どの未来を?
プレートが手のひらの中でキラリと冷たく光る。
そのとき、体の底からひどく嫌な予感がした。
昨日の老人でも、この男でもない。
真奈──。
スマホが届いてから、何故だか僕は妹を頻繁に思い出すようになっていた。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!