前の話
一覧へ
次の話

第3話

ずれ
13
2025/11/20 11:04 更新
10時27分。
商店街の時計が、未来の“あの5秒”へ少しずつ近づいていく。

胸がざわつく。
僕の視界は、すでに“出来上がった未来”に沿って動こうとしている気がした。


(いや、違う……僕が合わせてるだけだ)


自分に言い聞かせるが、足取りは自然と映像の位置へ向かっていた。

袋を抱えた女性──
老人が自転車を止める──
記憶の中の映像と、見えている状況を重ねる。

地面で、何かがかすかに光った。


「……あった」


しゃがんで拾い上げる。
指先に触れたのは、小さな金属製のキーホルダーのようなものだった。
丸いプレートに、英数字の印。


『M-17』


意味はわからない。
ただ、胸がきゅっと締めつけられる。

10時29分。
あと一分。

通りの向こうに、映像で倒れかけていた“あの男”が見えた。
そこらへんで見る、スーツ姿のサラリーマン。

今は普通に肩で大きく息をしている。


(倒れる…本当に?)


歩き出そうとした瞬間、スマホが震えた。

画面には、初めて見る通知。

《未来が更新されました》


「……更新?」


嫌な汗が背中を伝う。
昨日は“生成”だった。今日は“更新”。

何が違う?
どう変わった?


「ぐっ……!」


短いうめき声が聞こえた。
映像の“4秒目”と同じタイミングだ。

サラリーマンの男が胸を押さえ、膝を折りかける。
僕は考えるのをやめて走った。


「大丈夫ですか!」


肩を支える。
だが、映像とは違う。
倒れ込む角度が違う。
周囲の人々の視線も、微妙に…。


未来がずれていく。


「救急車……呼びます!」


ポケットからスマホを出そうとした、そのとき──

また震えた。


《別の未来が生成されました》



「なんなんだよ……!」


男は苦しそうにうずくまり、汗が滴り落ちる。
僕は手を貸し続ける。

周囲の誰かが走って店の奥へ電話をしに行った。
ざわつきが少しずつ広がっていく。

「はあ……はあ…お、俺……まだ、倒れたく…ない……」

かすれた声が耳に刺さる。
まるで“倒れる”ことが前提であるかのような言い方だった。

男の手が僕の袖を掴む。


「頼む……見捨てないでくれ……」


「見捨てませんって!」


その瞬間。
僕の足元で、さっき拾った金属のプレートがカランと落ちた。
小さな音のはずなのに、やけに大きく響く。

男がそれを見て、驚いたように目を見開いた。


「……それ、どこで……!」


「え? いや、さっきここで──」


「返せ…返してくれ……それは……!」


言葉の途中で、男の体が完全に崩れた。
僕は慌てて支える。


「しっかりしてください!」


男の指先が震えながら、僕の手の中のプレートを指した。


「M……17……間に合わ…」


言葉はそこで途切れた。

救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。
だが僕の耳には、別の音が重なった。

──まただ。スマホの震え。

画面には、一文だけ浮かんでいた。


《明日、あなたは“選択”を誤ります》


喉が、ひゅっと音を立てた。

何を誤る?
誰を?
どの未来を?

プレートが手のひらの中でキラリと冷たく光る。

そのとき、体の底からひどく嫌な予感がした。
昨日の老人でも、この男でもない。


真奈──。


スマホが届いてから、何故だか僕は妹を頻繁に思い出すようになっていた。

プリ小説オーディオドラマ