────一度重ねてしまったら。
もう、どこをどう叩いたって、止まるわけがなかった。
今こうしてるのは、術の解除のためのはずだ。
「術を解くには口づけが必要」なんていう、自分にとってこれ以上ない都合のいい言い訳を盾にして、要領よく、スマートに状況をコントロールしているつもりだった。
なのに。
ダイレクトに伝わってくる、監督生ちゃんの熱。
引き寄せた背中から、ガシッと指先に伝わる、壊れそうなほどに華奢な体温。
そのすべてが、上級生としてのまともな判断能力を、容赦なく、完膚なきまでに狂わせていく。
(……あー、やば。
オレ、今、この子に完全に脳みそまで乗取られてる……)
既に監督生ちゃんによって壊されかけている要領よく生きる、オレのペースを、目の前の君の存在だけで、更にドクドクと、えげつない速度で書き換えられていく。
自分の内側が、どんどん彼女の色に侵食されていく感覚。
それは、底なしの真っ黒な沼に真っ逆さまに落ちていくような恐怖でありながら、どうしようもないほどに脳が痺れる____最高に、心地いいゾワゾワだった。
どれくらい、そうして溺れるように口づけを繰り返していただろう。
息が続かなくなった監督生ちゃんが、小さな胸を上下させる。
そこでようやく、名残惜しさをこれでもかと引きずるようにして、オレはゆっくりと唇を離した。
外灯の光すら届かない、完全に真っ暗になったオンボロ寮の居間。
古いソファの上で、窓から差し込む青白い月光に照らされた監督生ちゃんは。
少しだけ涙目で、自分の力で赤く染まった唇を呆然と開けて、じっと、オレの顔を見上げていた。
その姿が、あまりにも、あんまりにも視界に眩しく焼き付いて。
オレの胸の奥に、強烈な、破裂しそうなほどの「高揚感」が突き上げる。
(オレ、この子に────)
誰の特別にもなれなくて、加工されたタイムラインの表面だけで笑っていたオレが、今、この世界の誰よりも、この子のゼロ距離にいる。
それと同時に、胸の底から、メッキの1ミリも混ざっていない純粋な想いがどっと溢れ出してきた。
(……あぁ。なんて、綺麗なんだろう。……ちゃんと、大事にしたい……っ)
強欲に支配して、巻き添えにして、引きずり落としてやるって息巻いていたウラで。
世界中のどんなマジカメの景色よりも綺麗なこの子を、オレの手で、世界で一番大切に守りたいという、お面の一切ない「本物の愛おしさ」が、ついに心の最前面に躍り出てしまう。
だけど、そうなると今度は。張り詰めていた緊張の糸が切れたせいで、男としての『ずるさ』と『余裕』を、大慌てで取り戻したくなってしまうのが、オレの悪い癖で。
わざと、いつものチャラいお兄さん風のトーンを無理やり喉の奥から絞り出し、彼女の顔をそっと覗き込んだ。
ちょっとだけからかって、照れる彼女を見て、いつもの「要領のいいけーくん」の立ち位置に逃げ込もうとした。
…それなのに。
監督生ちゃんは、耳の先まで一瞬で真っ赤に染め上げて。
消え入りそうな小さな声で
その瞬間。
オレの胸の中のシステムは、今度こそ完全に、跡形もなく大爆発を起こした。
(嘘……っ、オレが、初めて、……!?)
誰の特別にもなろうともしなかった、ただの都合のいい記号でしかなかった自分。
なのに、彼女の人生で最初の、そして二度と書き換えることのできない唯一無二の「特別」になれたという事実。その恐ろしいまでの破壊力を持った『嬉しさ』が、脳内を一瞬でジャックする。
―しかし。
喜びが絶頂に達した次の瞬間。
お兄さん先輩としての、男子高校生としての倫理観と理性が、ものすごい勢いで背後から殴りかかってきた。
(待ってオレ何してんの!?
全然経験のない、こんな無垢でピュアな子の、ファーストキスを……!?
暗闇のオンボロ寮の居間で、強引に奪っちゃったわけ!?
最悪じゃん!!!)
嬉しさから一転、凄まじい罪悪感と、高校生らしいタジタジなパニックが全身を駆け巡る。
顔面から耳の先、首筋にいたるまで、本当に火が吹きそうなほど真っ赤に染まった。
ガバッと、ソファの上で飛び退くようにして彼女の肩から手を離す。
いつもの☆も1ミリも出せない。
オレは両手で自分の口元を覆い、ソファの端っこで頭を抱えて激しくのたうち回りながら、これまでにない素の男の子の、限界突破した掠れ声で、ひたすら平謝りを繰り返すことしかできなかった。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。