春の風が、まだ少し冷たい。
窓の外で桜が揺れていて、教室の空気は甘い紙とインクの匂いで満ちていた。
転入初日。
私はまだ、この学校の“きれいすぎる空気”に馴染めていなかった。
黒板の文字も、机の並び方も、みんなの笑い声さえも、少しだけ整いすぎている気がした。
「ねえ、君——新入生だよね?」
声をかけてきたのは、長い指で前髪をかきあげた男子。
光を反射するような銀色の髪、笑うと目元がふっと柔らかくなる。
その背後には、もう二人、よく似た空気をまとった男子が立っていた。
「僕は篠原怜司。こっちは九条透、それと御影律。三人とも、経営学科の三年だ」
「は、はい。■■■です。今日からお世話になります」
軽く会釈をすると、怜司が少し笑った。
「そんなにかしこまらなくていいよ。君、緊張してるだろ? 放課後、学食でもどう?」
誘いは自然で、どこか安心する響きだった。
その日の放課後、彼らに連れられて入った学食は、まるで別世界のようだった。
木のテーブルが静かに光り、カップの音が柔らかく響く。
彼らの話す声は落ち着いていて、まるで自分だけが特別に選ばれたみたいな錯覚を覚えた。
——そのとき、視界の端で、別のテーブルの生徒がひとり、こちらを見ていることに気づいた。
制服の袖を指でいじりながら、動かない目でじっと。
けれど、次の瞬間にはもう姿が消えていた。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
笑ってごまかすと、怜司が少しだけ首をかしげた。
その笑顔は優しかった。
でも、なぜだろう。
ほんの一瞬、彼の瞳の奥にもうひとり分の光が反射したように見えた——気がした。
外では桜が散りはじめていた。
それが、私の“平穏な日々”の、最初で最後の春だった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!