第3話

〜第三話〜奈落鎮圧戦(前編)
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2026/03/13 10:44 更新
「なぁ、ルーカス」

夜景がみえる屋上にはルーカスとフォニアの二人しかいない。

そんな屋上で柵に寄り掛かり、夜景を眺めながらふと、フォニアは隣にいるルーカスの名前を呼んだ。

「………」

名前を呼ばれたルーカスはフォニアの方へ向く。

いつも付けている目隠しは外され、普段見えない桃色の瞳が真っ直ぐ此方を見ているのが分かった。

「なんでヴィーナスに入る選択したんだよ」
「まあな……色々考えたけどやっぱお前がいなくなるのはもっと嫌だったから、さ」

視線を外し、夜景に再び目をやる。
フォニアは黙ったままだった。
暫くルーカスとフォニアの間で沈黙が続く。

その間、ルーカスは恥ずかしさでまともにフォニアの顔を見ることができなかった。
今更ながら一体何を言っているんだ自分、と恥じらいと後悔が頭の中でグルグルと廻り出す。

「まっ、まぁ!お前がいないと色々面倒くさいから………なっ!?」
「………」

恥ずかしさでどうしようもない中、やっとの思いでルーカスはフォニアを見る。

しかしフォニアの表情を見て、ルーカスは言葉を失った。
口を固く結び、何かを堪えているように俯いていたフォニアだが、顔だけではなく耳までも真っ赤に染まっており、微かに震えていていた。

そんなフォニアを見たルーカスはふと、掠れた声が口から漏れる。

「……照れてるのか?」

その瞬間フォニアは素早く目隠しを取り出すと、顔を隠した。

しかし見事に真っ赤に染った顔は隠しきれていない。

「………ずるいぞ」

絞り出したような小さな声でそう言うフォニアは恥ずかしそうに両手で顔を覆っていた。

「そっか、そうなのか……」

しかし何処か嬉しそうにぎこちなく笑い、ぽつりと呟くフォニアにルーカスはふっと笑う。

「お前のその素直な所、気に入ってるぜ」

ごく自然に、素直に出てきた言葉だった。
しかし言った後で再び一人で後悔する。

あっけらかんとしているフォニアに誤魔化すために慌ててルーカスは平然を装いながらフォニアに背を向けた。

「冷えてきた、戻ろうぜ」
「え?う、うん……」

はっと我に返りフォニアは慌ててルーカスの背中を追い、屋上を後にしたのだった。

────────────

「おーはよっ、ルーカス君!」
「うぎゃぁぁぁぁあああああっ!?」
「うわっ……ってルーカスかよぉ、朝はマジで勘弁してくれぇ……」

翌朝、目を覚ますと視界には覗き込むように此方を見ているクッキーの顔が映った。

その距離の近さといったら!!
彼女の栗色の髪先が鼻先に触れる程の距離だ。
これで驚かない奴は恐らくいないだろう。

ルーカスの悲鳴をうるさそうにフォニアは寝返りを打ちながら耳を塞ぐ中、ルーカスの悲鳴に少し驚いたのか、クッキーはけらけらと笑いながら少し仰け反った。
その隙にルーカスは飛び起き、クッキーから離れる。

「ばっ……ば、ばば、ばっ、馬ッ鹿じゃねぇのっ?!何やってんだよキッショ?!」
「あはっ!さっきのルーカス君の悲鳴、首締められたダチョウみたい!!」
「ふざけた比喩だなぁくそったれ!!」
「頼むから朝は静かにしてくれないか?」

不意に不機嫌を隠しきれていないドスの効いた低い声が聞こえてきたと同時にルーカスの頬に何がが横切った。

"ソレ"はルーカスの頬をかすると、そのまま壁に衝突する。
見てみれば、先程頬を掠った物が実物の銃弾であることが分かった。

「……は?」

一気に血の気が引くのが分かる。
反射的に振り返ってみればそこにはボサボサの髪を乱暴にかきながらキルシュが入口付近で立っていた。

右手には銃が握られており、銃口は此方に向けられている。
冷や汗が出ると同時に撃ったのはキルシュだというのが分かった。

「騒ぐなら殺すぞ」
「じょっ、冗談じゃねぇ……」

今ならリハビリ中のフォニアの気持ちが嫌にでも分かる気がした。

「まーまぁ、キルシュ君!驚かせちゃったね、大丈夫!いつものことだから!」

キルシュを宥めながらけろりとした態度でクッキーはそう言うが、クッキーの言葉にルーカスは耳を疑った。

思わず言い返す所だったが、ここでまた騒いだら今度こそ命は無いだろう。
キルシュの銃弾が脳天をぶち抜くのが目に見えて分かる。

騒いで朝から銃弾が飛んで来るのがいつもどおりだと?!流石、元犯罪者を集めた組織なだけある。ENDでも中々お見えにならない光景だ。

お陰で他のメンバーにとって最悪な目覚めとなっただろう。
案の定、騒ぎに次々と駆け付けて来たメンバー達は不思議そうに首を傾げていた。

「敵襲ですかっ?!……ってあれ?おはようございます……?」
「朝からなんだぁ?」
「みんなおっは〜!今日も元気そうだね!」
「師匠もいつもどうり元気ですね」
「バッチグーだよ!ツバメ君は元気かな〜?」
「はい!!大変元気です!!」
「キッショ」

思わずそう言ってしまったが、本人は特に気にしていない様子だった。
普段見せないであろう笑顔を浮かべているこの時のツバメは目が輝いていて、生き生きとしている。
一体、彼にとって彼女はどのような存在なのだろうか?

『女神です』

何処が女神だ、光の欠片も無いドス黒い悪魔だぞこいつ!!と心の中でそう言ってやった。
初日から情報量がやたら多く、処理しきれない。

そんな中、知らない内に話が進み始める。

「そ、れ、とっ!実はなぁ〜んと!新メンバーを向かえたヴィーナスに早速任務が来たんだよ〜!!」
「任務?珍しいな」
「ほら、この辺りになると活発になるからさ」
「……あぁ、久しぶりだな」

やや食い気味にキルシュは髪を結わえながらも首を傾げるが、マリッサの説明に若干嫌そうに顔を顰めるも直ぐに切り替えた。

そんな中、状況を理解できずにいたユウは首を傾げる。

「任務って……今回は何をやるんですか?」
「あ、そうだよな、ユウはここに来てまだ三ヶ月しか経ってないから分からないか」

するとマリッサは肩をすくめながらもユウの頭をそっと撫でた。

「まっ、ユウも二人も話せば長くなる。説明するより見た方が早いと思う」
「今回は全員で行うんですか?」
「A班とB班と協力して行うらしいよ」
「あ?何かえらい人数でやるな。争いでもすんのか?」
「うーん……まぁ、あながち間違っちゃいないな」
「今回は手強いって予想されているから気を抜かないように!良いね?それと負のエネルギーに侵されないこと!」

クッキーはにっこり微笑むと、力強く拳を突き上げた。
クッキーに続いてマリッサ、嫌そうにしながらもキルシュ、嬉々としてツバメも、そしてユウも。

そんな状況にルーカスとフォニアは一度顔を見合わせるが、フォニアか先に続き渋々ルーカスも真似た。
満足そうにクッキーは頷くと、高らかに叫ぶ。

「それじゃいくよー!えい、えい……」
《おー!!!!!!》

一体、初の任務はどうなるのか。
ふとそんなことを考えてみる。

何事も無く無事に終われたら良いのだが……

────────────

「あいよ、お前らさんの武器」
「おっ、サンキュー……えっと、マリッサ」
「おおっ、俺のトーマス!」
「そのシャムシールにそんな名前付けてたんだ……」

マリッサから渡され、愛用の武器が戻ったことに誰よりも喜ぶフォニア。

フォニア程では無いが、回収されていた武器がこうして戻って来たことに素直にルーカスは感謝していた。
一応念の為に繰り返そう。

彼程では無いが、こうして回収されていた武器が戻って来たことに感謝している。

「……んで、"奈落"を前に俺らはどうすれば良い訳?」
「奈落から出て来る奴らを片っ端から潰していくんだ」
「へぇ、定期的になんかやってんなぁって思ってたけどこれかぁ」

マリッサの説明に関心したのか、フォニアは物陰に潜みながら少し先にある奈落を眺めていた。

──奈落。
下層部に存在している底が見えない、謎の大きな穴。

いつから存在しているのか。
そして、何故できたのか。
そういった詳しい情報は集まっていないが、裏の業界の者達がよく奈落に不祥事を隠すために死体を投げ捨てていた所を見たことがある。

その奈落から出て来る奴らを潰す。
至って単純な内容であった。

ルーカスは同じく待機しているメンバーとその他を見るが、とんでもない人数だ。

相当な大規模のモノが始まろうとしているらしい。
ごくりと唾を飲み、緊張で冷や汗が背中を伝う。

その刹那。
地に響く異音が辺りに響き渡った。
それと同時に奈落から何がが飛び出す。

「出て来やがったか……!!」

各自武器を構え、戦闘態勢に入る。

ルーカスの目には、一瞬だけ巨大な鳥らしきモノを捉えられた。
先にはっきりとそれを捉えたフォニアは小さく呟く。

「マモノ……!!」

キルシュがマモノに反応し、素早く鳥型のマモノの方へ銃口を向けると銃弾を放った。
そして能力名を口にする。

「"smash"」

銃弾は鳥型のマモノの羽を貫通する。
するとマモノは翼の制御を失ったのか、そのまま奈落へと落下していった。

そして入れ替わるようにまた新たなマモノが奈落から飛び出し、這い出て来る。
それを見て思わずルーカスは呻き声を上げた。

「うげっ、この数を殺れってか?!」
「そっ、ヴィーナスに入ったらこれは恒例の行事みたいなもんさ、今の内に慣れときな!!」

マリッサはニヤリと笑いながら肩を叩く。

「私の能力を説明するよ、私の能力は"change"。範囲内にある物の位置や属性を反転することができる能力さ、把握宜しくっ!」

それだけ言うとマリッサはマモノの大群の方へ走り去って行った。
そして去り際にマリッサはルーカスとフォニアに叫ぶ。

「くれぐれも死ぬなよ!good luck!!」

怒声とマモノの奇声と何処からか聞こえる悲鳴。
まるで地獄のような光景だった。
その光景にルーカスは若干怖気付く。

「な、なぁ……これ、本当に初任務なんだよな?」
「さ、さぁ?まぁマリッサが恒例の行事みたいなもんって言ってたし……多分何とかなるだろ」
「……だと良いがな」

迫り来るマモノにルーカスは早速大剣を構える。
フォニアもいつでも戦えるようだ。

目線を送り、同時にルーカスとフォニアは動き出した。

襲い掛ってくるマモノ達を切りつけ、次々と飛んで来る攻撃を避け、反撃する。
好調に着々とマモノの排除に取り掛かっていくが、既に死者や負傷者が出ていた。

マモノの死体が転がっている中ルーカスはマモノを倒して行く。

途中何度も地面に転がっているマモノの死体にバランスを崩しそうになりながらも、この調子でなら無事に終われそうだと思ったが、束の間の出来事だった。
地に響く音と共に奈落からまた新たなマモノが出現する。
 
六割程まで削れていたマモノの数がまた振り出しに戻ってしまい、再び不利な状況となった。

「ちっ、これじゃあ拉致があかねぇな!」
「これ真面目にやばい!!」
「見りゃあ分かる!!」

力任せにルーカスは大剣を薙ぎ払う。
一対一の場合だと隙が大きく、不利な攻撃だがこうした大量の敵を相手にする場合には便利な攻撃である。

単純な攻撃だが、大人数相手には便利な攻撃だ。
しかし不意に背後から体当たりされ、ルーカスはそのまま吹き飛ばれる。
まともに受け身も取れずに倒れてしまうが幸い、マモノの死体が衝撃を和らげた。

だが蓄積された痛みと疲労が溜まっている体には充分なダメージを加算した。

「ぐっ………!!」

慌てて体勢を戻すが、面を上げた時にはマモノの鉤爪が振り下ろされていた。

間に合わない。
そう悟った次の瞬間、銃声音が鼓膜を刺激する。
目の前にいるマモノのこめかみに銃弾が命中し、マモノの動きが鈍くなる。

その一瞬を狙ったルーカスは大剣を握り締め、振り払った。

危機一髪。
マモノが倒れる所を確認してから銃声音が聞こえた方へ振り返ると、そこにはフォニアが銃を構えていた。

「サ、サンキュー!助かった!」
「目の前で死なれちゃ困るからな!!」

冷やかしのように返しながらフォニアは銃をしまい再びシャムシールを構え、叫ぶ。

「やっぱ俺銃の方が性に合うんだよなぁ!」
「お前が相棒で良かったぜ……!」
 
息を整えながらルーカスはフォニアの隣に立つ。
そしてお互いの背中を合わせた。

肩は上下に揺れ、荒れた息を整えているのが背中越しで伝わる。

「くっそ、初見殺しにも程があるぜ……」
「来るタイミングミスったよね俺ら」
「望んで来たんじゃねぇけどな」
「それはそう……!!」
「あ〜くそ、数が減らねぇ」
「……頑張ってる筈なんだけどなぁ」

会話は軽い雰囲気で続くが、状況は軽く流せるような雰囲気では無い。

体力的に限界が来ているのだ。
実を言うとルーカスもその場で倒れたいくらいに限界が来ていた。

酷い目眩と疲労感。
体力には自信ある方だったが、ろくにリハビリもせずに動いたせいでもあり、既に体中は所々悲鳴を上げていた。

荒い呼吸を整え、頬を伝う汗を拭う。
不意にフォニアがルーカスの肩に寄り掛かるように触れた。
小さな声だったが確かはっきりと能力名をフォニアは口にする。

「……"feel"」

フォニアの能力、"feel"。
触れた相手の五感や感情を一時的に鈍らせたり、和らげたりすることが可能な能力だ。

能力が発動すると同時に体中の痛みが和ぎ、咄嗟に振り向けば、フォニアが力無く笑っていた。

「今の体力じゃ五分、十分辺りが限界だ。んじゃ、頼んだぞ……」

そこまで言うとフォニアはその場で倒れる。

体力の限界の上、能力を使用したことにより一時的に神経麻痺を起こしたのだ。
一瞬、目の前の光景に理解が追い付かなかったルーカスは息を飲む。

しかし、徐々に脳が理解し始めた所でルーカスは思わず舌打ちをかました。

「だあぁっ、くそ!!お前はいつも後先考えず行動する!!」

慌てて駆け寄り、周りのマモノを切り払う。
フォニアは肩を小刻みに揺らし、笑いながら謝罪をした。

「ごめぇーん、許して」
「後で顔面一発殴らせろよ!」

そう叫びながら、ルーカスは着々とマモノの排除に取り掛かる。

フォニアの能力のサポートのお陰でもあって先程の体中の痛みはだいぶ緩和され、戦闘に集中できるようになっていた。

一方でクッキー達も順調のようだ。

全体的にマモノの数は減り、残りは二割程の数で、有利な状況に運ばれていた。
しかしそれは良いとして、ルーカスの中で別の問題が生じていた。

(……やべぇなこれ)

もしこの戦いが仮に終わったとしよう。
フォニアの能力は解除され、今までに溜まった疲労と痛みが返って来る筈だ。

きっと恐ろしい程の痛みと苦しみが待っているだろう。

疲労だけでなく、不安もルーカスの中で募っていくのだった。
ーENDー

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