今思えば
彼には彼女がいるのに、
身体を許したのがいけなかった。
お酒の入ったグラスに視線を向けながら、あなたはぽつりと聞いた。
軽い口調。でも、その目は真っ直ぐで、逃げ場がない。
早まる鼓動が、うるさい。
あなたは小さく息を吐いた。
如恵留と出会ったのは大学のゼミ。
彼の人当たりの良さで、仲良くなるまでに時間はかからなかった。
そのうちお互いの家を行き来するようになって、
一緒にレポート作成をしたり
お酒を飲みながらくだらない会話をしたり。
彼女がいることは知っていた。
知っていながら
距離は近づいていった。
そして
いつからかわからないけれど
本能で、如恵留を求めるようになった。
沈黙。
でもそれは気まずいものじゃなくて、むしろ、触れたら一気に火がつきそうな、危うい静けさ。
如恵留がグラスを置く音がやけに響く。
低い声で、ぽつりと呟く。
その言葉にあなたの心臓が跳ねた。
あなたも、抑えられなくなるのは同じだった。
視線が絡む。
逃げられない。
そう言いながらも、如恵留は少し身を乗り出した。
距離がグッと近くなる。
触れてないのに、体温が伝わってくるみたいで。
あなたの思考が、ぐちゃぐちゃになる。
正しいとか、間違いとか、
そんなの全部――
どうでもよくなりそうで。
目をぎゅっと瞑る。
その瞬間、如恵留の指がそっと、あなたに触れた。
如恵留の言葉は
何が本当なのか、あなたにはわからない。
それでも、あなたの手に触れている指は
確かに温かく、強すぎない力なのに逃がさない。
まるで魔法のようにあなたの心を揺らす。
何度も諦めようと思った。
それなのに、こうやって近づくから
その度にまた落ちてしまう。
何も言えない、あなたの唇を
如恵留はさりげなく奪った。
触れるだけのキス。
たったそれだけで、
胸の奥で火花が散るような感覚になる。
口籠るあなたを如恵留はそっと抱き寄せる。
如恵留の香水の香りが鼻先をかすめる。
揺さぶられる心が引き金となって
頭の中が如恵留で満たされていく。
この気持ちに嘘をつきたくなくなる。
おでこを合わせながら、罪な微笑みを見せる。
ほんと、その通り。
私には如恵留が、必要。
その言葉は静かな部屋に消えていく。
それでも
この瞬間だけは確かで。
二人の鼓動が、同じ速さで高鳴っていた。
end.














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!