あぁ...懐かしい
年末なのに営業してるなんて、あいつらしいな
真冬の凍るような空気に冷やされた、ダークブラウンの扉を開く。
久しぶりに押す扉は、幾分か重く感じる。
こんな小さい事ですら、自分の老いを感じる日々だ。
相変わらず可愛げのないやつだ。
薄暗い店内を見渡せば、男女の客がカウンターの端に座っている。
先客達と距離を取るように、扉に一番近い席に腰掛けた。
目の前にコースターとともに置かれたロックグラス、濃い琥珀色の中の丸氷が照明に照らされてキラキラしている。
指で氷をくるりと回し、口に含む。
あぁ... おいおい、なんてやつ置いてんだよ。
ラムレーズンに似た甘いフルーティーな香り、後から追いかけてくるスパイシーさがこの芳醇な味わいを上手に作り上げる。
「ブラントン シングルバレル バーボン」
声のする方に素早く移動し、慣れた手つきでグラスを棚から取り出す。
新しいコースターの上に置かれたのは
「アプリコットフィズ」
アプリコットブランデーを使ったカクテルで、甘い香りと炭酸水の爽快感を楽しめ、アルコール度数が低めな女性人気なカクテルだ。
このカクテルを見ると、あるお客様を思い出す。
あれは15年?いや、20年くらい前の事。
もちろんSUGAが俺の元に来るずっとずっと前の話しだ。
桜の季節はとっくに過ぎた初夏の季節に来店された2名の男性客。
1人が上司で、もう1人若いのが新入社員だと言うのが雰囲気から分かった。
オーダー通りのドリンクを作り、他の仕事を進めていく。時折聞こえてくる説教じみた話、その次は上司の男の武勇伝。
若い男性は上手に相槌を打ちながら、真面目な顔で耳を傾けていた。
財布を取り出す上司に、若い男性がぺこぺこと頭を下げていた。
イスを立つ前に、若い男性が少し緊張が混じった声で言い放った。
1人になった若い男性は、さっきまでの元気な様子はなく少し寂しげに見える表情でカウンターテーブルの一点を見つめていた。
新しいコースターの上に置いたビールグラスを一口喉に流し込んだ後、彼から出たのは大きなため息をだった。
ふと顔を上げた瞬間、目が合った俺に勢いよく謝ってきた顔は青年というよりは、まだ幼さの残る少年のような顔立ちだった。
軽く笑い、2口目のビールを口に含んだ。
普段はお客様にこちらから深入りするような質問はしなかった。
お客様が話せば、聞く。そのスタンスを貫いていたつもりだった。
でもこの日は、週末なのに客足が増えず、気がつけばこの男性客だけになっていて、その男性客の大きなため息の理由が少し気になったからだと思う。
若い青年のプライベートの悩みだなんて、だいたいアレだろう。
また大きなため息、結構大きな悩みなのか?
何も言わず少し考えるように、目線を下に落とした。次の瞬間、若い彼はビールグラスを持ち上げてグラスに入っていた残りのビールを全て飲み干した。
予想していなかったドリンクオーダーに、少し声が上擦ってしまった。
ビールではない飲み物...
先ほどは上司に合わせて白ワインとウィスキーの水割り
今はそれほど酔った様子はないが、ここであまりアルコールが強いものは良くない気がした。
あ、さっき作ったやつ...
材料を手元に揃えて、アプリコットブランデー、レモンジュース、砂糖、氷を分量通りシャイカーに入れる。
よくシェイクできたら、ストレーナーを使いグラスに注ぎ込む。
このカクテルにはコリングラスが良い。
新しい氷を静かに入れてから、次は炭酸水をゆっくり泡を立てないように流し込む。
最後にレモンスライスをグラスの縁に飾る。
目の前に差し出された杏子色で満たされたグラスを、口に運んだ。
やっぱりそのテの話、まぁ悩みまくる年頃だよな
真面目な青年に見えたけど、恋に盲目野郎なのか?
あぁ...でも真面目な子ほど、のめり込んじゃうだよな。
彼はゆっくり頭を左右に振った。
「行かないで、それが無理なら君を待たせて」
こんな風に言えてたら?
こんな事きっとお客様に言うべきことじゃない。
ただただ彼の傷を抉るだけだ。
きっと素敵な恋愛をした2人、
きっと言葉がもっと必要だった2人、
きっと別れ以外があった2人、
もしかしたら...
振り向いた彼女の顔は.......笑顔だったかもしれない
はは、アプリコット フィズだなんて皮肉だったな。
グラスに中のアプリコット フィズはなかなか減らず、彼は氷が小さくなった頃一気にに飲み干した。
ーアプリコット フィズー
「振り向いてください」

☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆
本日もご来店頂きありがとうございます♪
上手く書けなかったのですが、今回は途中からマスターが変わってますよ
(口調が現マスターに似てますが...師弟なので似てしまったのかな?それか類は友を呼ぶ?)
そして今夜のカクテルは前回のコメント欄より頂いたリクエストでした。
カクテル言葉が上手くストーリーに入れられたかは不安なのですが、お許しください
(結構強引?)
カクテル言葉の意味は、片思いの相手に伝える「振り向いてください」です。
関係は終わってしまったけど、彼はまだ彼女の事を忘れられない。
片思いに戻ってしまった彼の、切ない願いですね。
リクエスト、すごい嬉しかったです!
ありがとうございました!
本来はストーリーを考えて、それからカクテル言葉を元にカクテル探しをするのですが、今回カクテル&カクテル言葉からスタートでした。
大変だった反面、色々なストーリー案を出しました。これはこれで楽しみました。
ストーリーに出せるかはお約束できませんが、何かオススメなカクテル(思い出のカクテルなど)あればコメ欄にお願いします✨
💜Thanks for your request💜
じゅうでんき 様












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!