あなたの結が寂れた看板の文字を音読すると、楡井がすかさずメモ帳を開いた。
いつものように「主」と呼ぼうとして暫し考えた日光が呼んだ名前であなたの結は吹き出すことになった。
それではまるであなたの結が極道のお嬢様のようではないか。
見た目がカタギではない刀を何振りか思い浮かべているうちに、試合会場に到着してしまったらしい。
兎耳山が扉を押し開けると_____
獅子頭連の構成員が一斉に雄叫びを上げた。咄嗟に日光が両耳を塞いでくれたおかげで事なきを得たが、鼓膜が破れたらどうしてくれる。
好き勝手な憶測が飛び交う「オリ」の中。本音を言えばすぐに出ていきたい。
篭手切があなたの結を気づかって退出を進めてくれるが、あなたの結は首を横に振った。
日光が笑ってあなたの結の頭を軽く叩くように撫でる。誉めてくれる時の仕草はいつも同じだ。
桜に軽く返して、隣でブルブル震えて俯いていた楡井の顎を持ち上げて顔を上げさせる。
楡井のくせ毛を二回撫でて、あなたの結は前に視線を向けた。相変わらず軽々とした動きで兎耳山がステージに飛び乗った。
叫び散らかす獅子頭連とは対照的に、梅宮の声は芯が真っ直ぐなよく通る声だった。
呆れた声で呟いてから、背後の後輩達を振り返った梅宮の表情には緊張も意気込みも見られない。
あなたの結に視線を寄越された桜がバカにするなとでも言うように梅宮に真っ向から物申した。
あなたの結をチラ見した蘇枋の微笑みに、あなたの結も小さく頷きを返す。
呆れと関心を半分ずつ含んだ柊に振り返って言われた梅宮の顔に、勝ち気な笑みが広がった。
兎耳山がステージの上から準備万端で手を振ったのを、十亀が止める。
十亀のやんわりとした制止の直後、観客席から手が上がった。
あの長髪、とは杉下の事だろう。
論評を聞いていない杉下は無言で梅宮を向いて視線で許可を乞う。
前に進み出る杉下の曲がった背中に、桜が声をかけた。
素直に応援できない桜と要領を得ない様子の杉下。桜の声がだんだん苛立ちを帯びてくる。
そのままステージに上がってしまった杉下をこれ以上呼び止めるわけにもいかず、不機嫌な桜をぶら下げた一行は一番前の観客席に座った。
あまりにも無責任に放たれた「殺せ」という単語に反応しかけた日光の腕を引いて隣に座らせる。あの手合いには何を言っても無駄だ。
獅子頭連の無秩序さを諦観したあなたの結と篭手切と日光の横で、楡井がまたメモ帳を開いてページをめくる。
付喪神である刀剣男士の基準と生身の人間の基準を一緒にしてはいけない。
梅宮の意味深長な言葉に首を傾げたあなたの結と楡井の横で、桜はステージをじっと見つめていた。
正面から有馬を睨む杉下の前で、有馬はバッと観客席を振り返った。
有馬の言葉に杉下が焦ったように観客席を振り向く。チラッとあなたの結も梅宮を見るが、至って普通だ。
振り向いて無防備になった杉下の右頬に、有馬の拳が勢いよく突き刺さった。
拳を杉下の右頬に突き立てたままニヤニヤ笑う有馬の腕を、突然ガッと杉下が掴んだ。ギリギリと人間の骨から鳴っていいラインを外れた音が鳴る。
拳を頬に突き立てられたままの杉下がグルンッと有馬を振り向いて、固まった有馬の顔面を大きな手で掴む。
杉下が一歩踏み込み、有馬をステージに叩きつけた。
ド ゴ ッ ! ! ! !
力一杯叩きつけられた有馬の後頭部がステージの床板に当たって鳴った鈍い音に、会場の殆どの人間が驚愕した。
あなたの結と日光と篭手切と、桜以外の全員が。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!