交流会当日の朝。
野薔薇ちゃんの、
あまりにも切実な叫びからすべては始まった。
野薔薇ちゃんは眉を下げて、
どこか落ち着かない様子で続けた。
パンダは被せるように、間髪入れず答える。
迷いが確信に変わった途端、
野薔薇ちゃんは髪が乱れるのも気にせず頭を抱え、
口をぱかっと開けたまま全身でショックを表現する。
そう、野薔薇ちゃんは
呪術合戦そのものは最初から理解していた。
命がけ? 上等。
バチバチにやり合う? 望むところ。
ただひとつだけ、盛大に勘違いしていたことがある。
場所。
姉妹校交流会は京都で行われるもの。
そう信じて疑わなかった野薔薇ちゃんの頭の中には、
・試合
・試合のあと
・ついでの京都観光
この三点セットが、
きっちり組み込まれていたらしい。
それなのに、
目の前にいる私たちの荷物は、呪具とスマホ程度。
観光の「か」の字もない。
事実を悟った瞬間、
野薔薇ちゃんの肩が目に見えて落ちる。
それを見たみんなは、
どこか呆れた様子で口々に言った。
なんか、ちょっと変だなって思ってたの。
ちゃんと言わなかったの、
今さらだけどごめんね野薔薇ちゃん……!!
野薔薇ちゃんは堪えきれず、
パンダ先輩の胸ぐらをどかっと掴んだ。
パンダ先輩は胸ぐらを掴まれたまま、
喉を詰まらせるようにして答える。
悟から聞いた話なんだけど、
乙骨先輩の特級過呪怨霊____
里香さんが「出ちゃった」らしくて、
その結果、
京都校は見事にぼこぼこだったそうだ。
……恐るべし。
それを悟が
やけに楽しそうに話していたのを思い出す。
あの人、ほんとに嬉々としてた。
やっぱり悟って、性格悪い……?
野薔薇ちゃんは、京都観光の雑誌をくるくる丸めて、即席のミニメガホンを作った。
よほど京都に行きたかったんだろうな……。
そんな野薔薇ちゃんがかわいそうでかわいい。
今度、一緒に行こうね。
階段を上がってくる足音に気づいて、
真希はそちらへ顔を向けた。
階段の上に、次々と人影が現れて、
視線が自然とそちらに集まった。
____来た。京都校だ。
真衣は髪を耳にかけながら、平然と言い放つ。
……ひどい。朝から嫌味もフルスロットル。
さすが真衣ちゃん。
敵対意識が強いせいか、
場のあちこちで遠慮のない言葉が交わされる。
野薔薇ちゃんは挑発するように、
人差し指を立てて内側にくいくいっと動かす。
狗巻先輩、いつもより声が低い気がする。
西宮はほうきをぎゅっと握りしめながら、
眉をひそめて言った。
野薔薇はロボット____メカ丸の存在に目を見開き、
すかさず叫ぶ。
加茂に煽られ、侮辱されたと感じたのか、
真衣は加茂をギロリと睨みつけて舌打ちした。
視線を逸らすこともなく、平然と
ぎすぎすした二人の間に割って入るように、
三輪が眉を下げて言う。
歌姫先生もこのピリついた空気を収めようと、
手を二回叩く。
ため息混じりの優しい声で、
もう答えは分かっていると言わんばかりだった。
誰も驚くことなく、淡々と言葉を重ねる。
その辛辣さに、ちょっと笑ってしまう。
噂をしていると台車が勢いよく入り込む音がして、
全員が一斉にそちらを向いた。
現れたのは、案の定遅刻してきた悟。
妙にテンションが高く、台車を押している。
____なにが入っているんだろう?
悟は出張で海外に行っていたらしい。
京都校の面々に、ある部族のお土産だと言って、
ひとりひとりに手渡ししていく。
ピンクの毛糸で作られたような人形。
皆、ぽかんとしたまま受け取っていく。
素直に喜んでいるのは、
たぶん三輪さんくらいだろう。
悟は相変わらず、楽しそうに歌姫先生に絡んでいる。
もしかして、意外と仲がいいのかと思ったけど。
歌姫先生の表情を見て、
その考えはすぐに引っ込んだ。
悟は台車を押したまま勢いよくぐるぐる回り、
五周ほどしてからぴたりと止まる。
そのままV字バランスのポーズを決め、
指差した先は台車のボックスだった。
……相変わらず、無駄に動きが多い。
野薔薇ちゃんがそう突っ込んだ、その瞬間。
ボックスが、ばんっと大きな音を立てて開いた。
声が出なかった。
叫びたかったし、
名前を呼びたかったし、駆け寄りたかった。
胸の奥では全部が一斉に暴れているのに、
喉がそれを通してくれない。
息の仕方を忘れたみたいに、空気がうまく吸えない。
心臓がうるさい。
壊れそうなほど鳴っているのに、
顔はきっと驚いたまま固まっているだけだ。
目の前がにじむ感覚があっても、
瞬きひとつで押し戻す。
死んだと、思っていた。
ちゃんと、そうやって飲み込んだはずだった。
疑いようもなく、
もう戻らないものだと受け止めていた。
だから名前を呼ぶ準備も、顔を見る覚悟も、全部しまい込んだはずだったのに。
それなのに、
今さらこんなふうに現れるなんて反則だ。
こちらの世界がひっくり返っていることも知らずに、
彼は楽しそうにオッパッピーポーズをとっている。
誰も声を出せず、
表情だけが引きつったまま、
場はしんと静まり返った。
そんな私たちを見渡して、
彼は想像以上に薄い反応だったことに、
本気で驚いた様子で叫んでいる。
こっちだって頭が追いついてないんだ。
思ってた反応と違ったのはごめんねだけど、
それだけは許してほしい。
虎杖くんの乗ってる台車を動かして、
悟はちゃっかり楽巌寺学長に喧嘩を売っている。
いつもの光景のはずなのに、
今はそれどころじゃなくて。
私たちは、虎杖くんの傍に行った。
見慣れた笑顔じゃないのに、
やっぱりそこにいるだけで、胸がぎゅっとなる。
虎杖くんと目が合った瞬間、胸の奥が限界を迎えそうで、私は反射的に伏黒の背中に隠れた。
今、話したらきっと泣いちゃう。
恵はちらっと私を見たけれど、
その瞳には問いかけも驚きもなく、ただ静かに、
「いいよ」とでも言うように、
何も言わずにいてくれた。
野薔薇ちゃんが台車をゲシッと蹴って言う。
もういっそのこと野薔薇ちゃんに怒られて欲しいとも思った。私だって怒ってる。
野薔薇ちゃんの目には涙の膜が張っている。
ひび割れた鏡のようで、
光が当たるたびにキラキラと揺れる。
そんな野薔薇ちゃんを心配そうに見守る恵。
申し訳なさそうに眉を下げて謝る虎杖くん。
その目には涙がちょこっと浮かんでいる。
話すことはできなかったけど、
心の中でははっきりわかっていた。
みんなほんとは嬉しいんだよ。
生きていてくれて、
ここにいてくれて、安心してるんだよ。
虎杖くんとの合流は完了した。

























編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!