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第11話

K
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2026/03/17 13:00 更新
咳喘息

夜の宿舎は寝静まっていた。
時計の秒針だけが響いている。はずだった。

リビングから、聞き慣れない音がする。
Kはその違和感に嫌な予感がした。

「…っ、げほっ、」

小さく丸まった背中はあまりにも弱々しかった。

「あなた?」

背中に手を当てると、苦しそうな息遣いが手まで伝わってくる。

「…けいくん、っごめん、大丈夫、っげほっ」

背中が小さくなる度、息を殺すようにブランケットで口を押さえる。

「…大丈夫じゃない。手離しな。口押さえたらもっと苦しいから。」
「でも、うるさい、」
「そんなの気にしなくていい。」

激しく咳き込み続ける背中をただ、ゆっくりさすり続ける。

「…げほっ、…うっ、」

込み上げてくる感覚に思わず口を押さえた。
咄嗟に立ち上がって洗面台に手をかける。

「…はぁ、うっ、げほっ、」

口の中が気持ち悪くて、肺が締めつけられる。
息を吸っているはずなのに、空気が足りない。
苦しさと焦りでパニック状態だった。

立っている足が覚束無い。

「あなた、ゆっくり座ろ。気持ち悪いのここ出していいから。」

Kに支えられて座り込む。
それでも、咳も吐き気もなかなか収まらない。

ゴミ箱がガサガサと嫌な音を立て続ける。

「大丈夫、ちゃんと息してな」

Kの声で少しだけ、息がしやすくなる。

「…ごめん、もう、大丈夫、けほ、」
「うん、リビング戻ろうな」

何も言わずに抱き上げられる。

「…ちょっと、」
「ん?笑」
「分かってるくせに…」

リビングのソファで毛布を掛けられると、さっきまで冷えていた身体が少しだけ温まる。

「病み上がりに無理するから…」
「ごめん、いけると思った、げほっ、」
「こんな咳して、どこがいけるんだよ…」

暖かい手は優しく背中に置かれたままだった。

「明日は、多分大丈夫。」
「こんなに咳してて説得力なさすぎやろ。
大丈夫かはあなたが決めることじゃない。」
「えー、けほっ、」
「また熱上がったら苦しいの、あなただろ。」
「別に、」

Kは呆れたように小さく笑う。

「迷惑掛けたくないなら、無理するな。
強がるのが迷惑を掛けない、じゃない。」

頭を撫でると、あなたの顔がこちらに向く。

「…うん、ほんとは、苦しくて、助けてほしかった。」
「うん、」
「だから、けいくん来てくれて良かった。」
「俺も、気づけて良かった。」
「ありがとう。」
「当たり前。休みな。明日もあるから」
「うん」
「また気持ち悪くなったら言って」
「ありがと、」

さっきよりも息がしやすかった。
隣にある確かな温もりはあなたの心と身体を穏やかにしていった。

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