自宅のリビングに響くのは、大きな暖炉の中でパチパチと燃える薪の音と、編み棒が小さく小刻みに当たる音。
正面のソファに深く腰掛けたお祖母様は、魔法を使わずに自身の手で編み物をすることに最近凝っていた。
お母様が食後に淹れた紅茶が冷めつつあることにも気を止めず、楽しそうに編んでいる。水色のふわふわした毛糸で何が紡がれているのかはまだわからない程度の段階だった。
ずっと動かしていた手を止めて、テーブルの上のティーカップの取っ手を摘んで紅茶に口をつけたお祖母様は「あら、冷めてしまったわ」と口を尖らせた。
優しく微笑みながら、だけどどこか覚悟を決めたような面持ちだった。
私の問いかけにお祖母様は少しも驚かなかった。いつか聞かれるであろうということを分かっていたに違いない。
お祖母様は杖を取り出して無言呪文を唱えると、冷めてしまった紅茶から白い湯気が立ちはじめた。何度か息を吹きかけて少し冷ますと、ふわりと漂う茶葉の香りを楽しんだ。
お祖母様は昔のことを懐かしむように言った。
ドラコと同じように代々スリザリンに組分けされる家系のお祖父様に嫁いだお祖母様は、自身がグリフィンドール寮だったことを誇りに思っている。
様々な困難があったものだと笑いながら話す姿を小さいころから見てきたが、今の自分とドラコの関係を考えると本当に奇跡なんじゃないかと思う。
微笑むお祖母様の表情が急にくもりはじめ、ティーカップを持つ手にも力が入る。
パチパチと心地良い音を鳴らす暖炉の薪を一点に見つめて、小さな声を絞り出した。
クリスマス休暇が終わりホグワーツに戻る際には、幼い魔法使いたちの安全が配慮され、特別に煙突飛行ネットワークが開通された。
自宅の暖炉からマクゴナガル先生のお部屋の暖炉へと一瞬で移動できたのは効率的で良かったが、ホグワーツ特急に乗っているあの時間も好きだったので何だか寂しい気持ちになった。
変わらずホグワーツ城の外には魔法省から派遣された闇祓いたちが常駐し、夜間の外出は避けるようにとダンブルドア先生は念を押して伝えた。
談話室のソファに座って一人で本を読んでいると、髪を手でくしゃくしゃとさせながら苦慮しているような顔のハリーが倒れ込むようにして向かいのソファに座った。
年が明けてからもハリーとダンブルドア先生の個人授業は続いており、ハリーは数日前に"ホークラックス"とは何かを知るためにスラグホーン先生が頑なに隠す記憶を聞き出すという課題が出されたのだと話した。
それ以来ハーマイオニーは空いている時間のほとんどを図書館でホークラックスを調べることに費やし、ハリーはスラグホーン先生への接触を試みては失敗しているようだった。
ある日の昼食後、談話室には空き時間の生徒たちが眠たい目を擦りながら宿題に取り組んでいた。学年が上がるにつれて量か増えていくので、最近のジニーはいつも何かに追われているようだった。クィディッチの練習の疲労と、最近は彼氏のディーンと上手くいっていないことが悩みの種のようだった。
魔法薬学の授業のために談話室を通り抜けようとすると、ラベンダーが走ってやってた。
ラベンダーは赤い頬を思い切り膨らませ、力強く床を踏み鳴らした。
そういえば最近のロンはラベンダーからのウインクを時々無視するような仕草を見せたり、抱きついて密着されることをやんわりと避けたり、なぜか突然いなくなることが度々あった。
ロンへの不満もそこそこに、二人の親密な話を繰り広げようとするラベンダーに自分も魔法薬の授業に行かなければならないことを強くアピールし、半ば強引に別れを告げて急いで談話室を出た。
冷たい空気が漂う廊下を歩いていると、窓から眩しい太陽の光を感じた。今日はイギリスでは珍しい晴天のようだった。外で日向ぼっこ、というわかにはいかないが、あまり目にすることのない太陽を見ておくべきだと思った。
地下にある魔法薬学の教室へ向かうために気まぐれに動く階段を下りていくと、曲がり角の向こうを気にしながら身を隠すようにしているハリーを見つけた。
ゆっくりと近づく私に気がつく様子はなく、驚かしてはいけないと思い優しく肩を叩いた。
ハリーが気にする先にいたのは、どこか思い詰めたように眉間に皺を寄せるドラコと、困り顔のクラッブが立っていた。
ドラコがあまりに強く言い放ったことに驚き、思わず持っていたカバンを床に落としてしまった。
幸いにも気づかれることはなく、ドラコとクラッブは小さな声で言い合いしながら逆方向へと歩いて行った。
ハリーが急に感情的になった。ドラコが関わるとよく荒い口調になるのは、一年生のころからの関係性があるからだ。
私の顔を見て微かな冷静さを取り戻すと、一呼吸してから静かに言った。
ハリーが私の右手を優しく握った。
温かくて、でも少し指先が冷たい、骨ばった大きな手だった。
それから数日後にロンの命を脅かす事件がおきた。
ロンは、ロメルダ・ベインがハリーへと送った惚れ薬入りの大鍋チョコレートを誤って食べてしまったので、それをスラグホーン先生の調合した水薬で解いてもらった。
しかし解毒後精神的に落ち込んでしまったため景気付けにとスラグホーン先生が持っていた蜂蜜酒を口にすると、痙攣しながら倒れてしまったのだった。
ロンが医務室でマダム・ポンフリーの手厚い看護を受け始めてから数日、グリフィンドール寮の生徒、主にはクィディッチ・メンバーと特にキャプテンのハリーは多忙と心労の真っ只中だった。
ロンの代わりにキーパーを務めるマクラーゲンは自分勝手な行動を繰り返し、第三者からの指示に耳を傾けず、キャプテンのように振る舞うことにハリーは憤慨していた。
そして今日は、グリフィンドール対ハッフルパフ戦の日だった。
もう大半の人は競技場へと向かっている中、ユニフォーム姿のハリーが談話室を横切ろうとした。
執拗に話しかけてくるラベンダーに視線を向けると、思わず出てしまいそうなため息を飲み込むように喉が動いた。
ロンが倒れた夜、ハーマイオニーと私が急いで医務室に行くと、先生方やロンのご両親、フレッドとジョージも心配で駆けつけていた。
ラベンダーが知ったのはその翌日の昼頃だった。
まだラベンダーが何かを叫んでいたが、ハリーは私の手を強く掴むとそのまま走り出した。
談話室を出ていくつか階段を下りると、人気のない静かな城内がクィディッチの試合開始時間が迫っていることを知らせる。
足を止めて弾んだ息を整えると、ハリーは大きなため息をついた。
再びため息をつくと、ハリーは廊下の窓の外を見て風の強さを測るために腕を出そうとした。
するとそのとき、行く手で足音が聞こえたので目を向けると、ドラコが両脇に小さな女の子を二人連れてやってきた。
名前や学年がわからない女の子たちがなぜか拗ねて仏頂面でいることに違和感を覚えながら、スラグホーン先生のパーティーの夜のことを思い出して少し身体が強張った。
ドラコは私たちと目が合うと面白くなさそうに短く笑った。
女の子の一人が取ってつけたようにクスクスと笑った。しかしハリーにジッと見つめられると頬を赤らめて恥ずかしそうに視線を外した。
ドラコはとても冷たい声で言うと、ハリーを押しのけるようにして通り過ぎて行った。
強く当たったと思ったお互いの肩だったが、ドラコの方が少し弱々しく跳ね返された気がした。
そしてちょうど横を通り過ぎるとき、ドラコがとても小さな声で何かを呟いた。
しかしそれは、私の耳には届かなかった。
ハリーはハッとした表情で振り返ると、通り過ぎていくドラコの背中を力強く見つめた。
next.
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!