第64話

episode 8
237
2026/03/11 14:59 更新




 自宅のリビングに響くのは、大きな暖炉の中でパチパチと燃える薪の音と、編み棒が小さく小刻みに当たる音。
 
 正面のソファに深く腰掛けたお祖母様は、魔法を使わずに自身の手で編み物をすることに最近凝っていた。


 お母様が食後に淹れた紅茶が冷めつつあることにも気を止めず、楽しそうに編んでいる。水色のふわふわした毛糸で何が紡がれているのかはまだわからない程度の段階だった。


 

あなた
お祖母様に聞きたいことがあるの




  ずっと動かしていた手を止めて、テーブルの上のティーカップの取っ手を摘んで紅茶に口をつけたお祖母様は「あら、冷めてしまったわ」と口を尖らせた。




ケイト・ブラント(祖母)
聞きたいことって何かしら?


 優しく微笑みながら、だけどどこか覚悟を決めたような面持ちだった。






あなた
……お父様は、死喰い人なの?
 
 私の問いかけにお祖母様は少しも驚かなかった。いつか聞かれるであろうということを分かっていたに違いない。


あなた
正直に教えてほしいの
ケイト・ブラント(祖母)
えぇ、もちろん……
あなたに嘘はつかないわ
 
 お祖母様は杖を取り出して無言呪文を唱えると、冷めてしまった紅茶から白い湯気が立ちはじめた。何度か息を吹きかけて少し冷ますと、ふわりと漂う茶葉の香りを楽しんだ。






ケイト・ブラント(祖母)
あなたの言う通りよ
あなた
やっぱり……
ケイト・ブラント(祖母)
亡くなったお祖父様は最期までそれを気にかけていらっしゃったわ
ケイト・ブラント(祖母)
レオは学生時代の友人の影響で、強い純血主義の考えを持つようになったの
あなた
ルシウスさん、とか……?
ケイト・ブラント(祖母)
そうね
スリザリンに組み分けされる生徒はそういった思想の人が多かったから……仕方のないことだったのよ


 お祖母様は昔のことを懐かしむように言った。




   


あなた
……お父様は…
グリフィンドールに組分けされた私のことをどう思っているのかしら
あなた
どうして私は……
ケイト・ブラント(祖母)
ごめんなさいね
きっと私に似たんだわ


 ドラコと同じように代々スリザリンに組分けされる家系のお祖父様に嫁いだお祖母様は、自身がグリフィンドール寮だったことを誇りに思っている。

 様々な困難があったものだと笑いながら話す姿を小さいころから見てきたが、今の自分とドラコの関係を考えると本当に奇跡なんじゃないかと思う。





ケイト・ブラント(祖母)
誤解しないで
レオはあなたのことを愛しているわ
ケイト・ブラント(祖母)
あなたがグリフィンドールに組分けされたことを悪く言ったことなんて一度もないの
ケイト・ブラント(祖母)
だからこそ……ずっと怯えていたわ
 

 微笑むお祖母様の表情が急にくもりはじめ、ティーカップを持つ手にも力が入る。
 パチパチと心地良い音を鳴らす暖炉の薪を一点に見つめて、小さな声を絞り出した。





ケイト・ブラント(祖母)
いつか、こうなる日が来るんじゃないかって
あなた
それは……闇の帝王の復活?
ケイト・ブラント(祖母)
えぇ……






  

ケイト・ブラント(祖母)
そして、再び自分が召集されることを



 












 クリスマス休暇が終わりホグワーツに戻る際には、幼い魔法使いたちの安全が配慮され、特別に煙突飛行ネットワークが開通された。
 自宅の暖炉からマクゴナガル先生のお部屋の暖炉へと一瞬で移動できたのは効率的で良かったが、ホグワーツ特急に乗っているあの時間も好きだったので何だか寂しい気持ちになった。
 

 変わらずホグワーツ城の外には魔法省から派遣された闇祓いたちが常駐し、夜間の外出は避けるようにとダンブルドア先生は念を押して伝えた。







ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
"ホークラックス"って聞いたことある?

 
 談話室のソファに座って一人で本を読んでいると、髪を手でくしゃくしゃとさせながら苦慮しているような顔のハリーが倒れ込むようにして向かいのソファに座った。
   


あなた
ホークラックス……
いえ、聞いたことないわ
あなた
それは魔法のひとつ?
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
うーん……それもわからないんだ


 年が明けてからもハリーとダンブルドア先生の個人授業は続いており、ハリーは数日前に"ホークラックス"とは何かを知るためにスラグホーン先生が頑なに隠す記憶を聞き出すという課題が出されたのだと話した。

 それ以来ハーマイオニーは空いている時間のほとんどを図書館でホークラックスを調べることに費やし、ハリーはスラグホーン先生への接触を試みては失敗しているようだった。


 




 ある日の昼食後、談話室には空き時間の生徒たちが眠たい目を擦りながら宿題に取り組んでいた。学年が上がるにつれて量か増えていくので、最近のジニーはいつも何かに追われているようだった。クィディッチの練習の疲労と、最近は彼氏のディーンと上手くいっていないことが悩みの種のようだった。


 魔法薬学の授業のために談話室を通り抜けようとすると、ラベンダーが走ってやってた。
   



ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
ねぇ、あなた
ウォン-ウォンを見ていない?
あなた
だ、誰のこと?
ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
私の彼氏のロンよ!
あなた
次は魔法薬の授業だから、もう教室に向かったんじゃないかしら?
ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
もう!見送りたいって言ったのに!


 ラベンダーは赤い頬を思い切り膨らませ、力強く床を踏み鳴らした。

 そういえば最近のロンはラベンダーからのウインクを時々無視するような仕草を見せたり、抱きついて密着されることをやんわりと避けたり、なぜか突然いなくなることが度々あった。





ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
誰かを愛するってとってもいいわよ
ウォン-ウォンったらね……

 ロンへの不満もそこそこに、二人の親密な話を繰り広げようとするラベンダーに自分も魔法薬の授業に行かなければならないことを強くアピールし、半ば強引に別れを告げて急いで談話室を出た。




 冷たい空気が漂う廊下を歩いていると、窓から眩しい太陽の光を感じた。今日はイギリスでは珍しい晴天のようだった。外で日向ぼっこ、というわかにはいかないが、あまり目にすることのない太陽を見ておくべきだと思った。



 地下にある魔法薬学の教室へ向かうために気まぐれに動く階段を下りていくと、曲がり角の向こうを気にしながら身を隠すようにしているハリーを見つけた。

 ゆっくりと近づく私に気がつく様子はなく、驚かしてはいけないと思い優しく肩を叩いた。





あなた
ハリー、どうかしたの?
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
っ!!
……あなたか……


 ハリーが気にする先にいたのは、どこか思い詰めたように眉間に皺を寄せるドラコと、困り顔のクラッブが立っていた。





ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
考えていたより長くかかっているんだ
僕が何をしていようが関係ない
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
いいから言われた通りにしていろ!
あなた
!!!


 ドラコがあまりに強く言い放ったことに驚き、思わず持っていたカバンを床に落としてしまった。
 幸いにも気づかれることはなく、ドラコとクラッブは小さな声で言い合いしながら逆方向へと歩いて行った。







ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
マルフォイが何かをしようとしていることは確かなんだ
あなた
ハリーは何を疑っているの……?
あなた
確かに最近のドラコの様子は気になるけれど
私たちはまだ未熟な魔法使いよ
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
あなたこそ、どうしてそう思えるんだい!?
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
忍びの地図でも時々マルフォイの姿が消えることがある!そんなこと、ありえないのに……


 ハリーが急に感情的になった。ドラコが関わるとよく荒い口調になるのは、一年生のころからの関係性があるからだ。






  
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
もう、あいつを庇うのは終わりにしよう



 私の顔を見て微かな冷静さを取り戻すと、一呼吸してから静かに言った。



あなた
そんなつもりは……
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
覚えているかい?
クリスマスパーティーの夜のあなたに対する口調はひどいものだったよ
あなた
ハリーのいる場所まで聞こえていたのね……
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
ごめん……実は近くにいたんだ
透明マントを被って


 ハリーが私の右手を優しく握った。

 温かくて、でも少し指先が冷たい、骨ばった大きな手だった。




ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
見て見ぬ振りをしてはいけない
真実を知り、受け止めなくちゃいけない
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
僕たちはもう子どもじゃないんだ











 それから数日後にロンの命を脅かす事件がおきた。
 
 ロンは、ロメルダ・ベインがハリーへと送った惚れ薬入りの大鍋チョコレートを誤って食べてしまったので、それをスラグホーン先生の調合した水薬で解いてもらった。
 しかし解毒後精神的に落ち込んでしまったため景気付けにとスラグホーン先生が持っていた蜂蜜酒を口にすると、痙攣しながら倒れてしまったのだった。
    




ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
ねぇ、あなたはロンのお見舞いに行った?
あなた
昨日様子を見に行ったわ
もうすっかり――
ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
もうすっかり?
私が行くと、いつも寝ているのよ
あなた
えっと……そう、昨日も深く眠っていたわ
ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
そう……


 ロンが医務室でマダム・ポンフリーの手厚い看護を受け始めてから数日、グリフィンドール寮の生徒、主にはクィディッチ・メンバーと特にキャプテンのハリーは多忙と心労の真っ只中だった。

 ロンの代わりにキーパーを務めるマクラーゲンは自分勝手な行動を繰り返し、第三者からの指示に耳を傾けず、キャプテンのように振る舞うことにハリーは憤慨していた。






ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
ハリー!
どうして私に一番に教えてくれなかったの!?
ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
私はロンのガールフレンドなのに!


 そして今日は、グリフィンドール対ハッフルパフ戦の日だった。

 もう大半の人は競技場へと向かっている中、ユニフォーム姿のハリーが談話室を横切ろうとした。





ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
ねぇハリー!あなたに言っているのよ!


 執拗に話しかけてくるラベンダーに視線を向けると、思わず出てしまいそうなため息を飲み込むように喉が動いた。
 



ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
……急だったんだから
仕方ないだろ


 ロンが倒れた夜、ハーマイオニーと私が急いで医務室に行くと、先生方やロンのご両親、フレッドとジョージも心配で駆けつけていた。
 ラベンダーが知ったのはその翌日の昼頃だった。
  



ラベンダー・ブラウン
ラベンダー・ブラウン
じゃぁどうして私よりハーマイオニー・グレンジャーが先に知っていたの!?
あなた
ラベンダー落ち着いて!
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
悪いけど、僕はこれから試合なんだ!
行くよ、あなた



 まだラベンダーが何かを叫んでいたが、ハリーは私の手を強く掴むとそのまま走り出した。





 談話室を出ていくつか階段を下りると、人気のない静かな城内がクィディッチの試合開始時間が迫っていることを知らせる。
 
 足を止めて弾んだ息を整えると、ハリーは大きなため息をついた。





あなた
もうみんな競技場へ行っているわ
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
ロンのところに顔を出していたんだ……
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
ロンのやつ、ラベンダーと別れたいなら眠っているフリなんてやめて、ちゃんと言うべきだ
あなた
そ、そうね……



 再びため息をつくと、ハリーは廊下の窓の外を見て風の強さを測るために腕を出そうとした。

 するとそのとき、行く手で足音が聞こえたので目を向けると、ドラコが両脇に小さな女の子を二人連れてやってきた。

 名前や学年がわからない女の子たちがなぜか拗ねて仏頂面でいることに違和感を覚えながら、スラグホーン先生のパーティーの夜のことを思い出して少し身体が強張った。







ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
どこに行くんだ?


 ドラコは私たちと目が合うと面白くなさそうに短く笑った。




ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
どこに行こうと大きなお世話だ
そっちこそ、急いだほうがいいんじゃないか?
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
選ばれしキャプテン――得点した男の子――みんながこの頃なんて呼んでいるのかなんて知らないけどさ


 女の子の一人が取ってつけたようにクスクスと笑った。しかしハリーにジッと見つめられると頬を赤らめて恥ずかしそうに視線を外した。






ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
試合直前にキャプテンがこんなところで女といるなんて、他のメンバーはどう思うだろうね?
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
そんな言い方するな
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
は?
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
あなたを"女"だなんて呼ぶの、やめろよ
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
本当は気になるんだろ?
安心しろよ
僕とあなたは本当にただの友達さ――
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
黙れ
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
だけど、いつあなたが誰かのものになるかなんて、わからないんだぞ――
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
黙れと言っただろ!調子に乗るなよ




 ドラコはとても冷たい声で言うと、ハリーを押しのけるようにして通り過ぎて行った。

 強く当たったと思ったお互いの肩だったが、ドラコの方が少し弱々しく跳ね返された気がした。



 そしてちょうど横を通り過ぎるとき、ドラコがとても小さな声で何かを呟いた。










ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
僕と関わらないことが、あなたを幸せにする一番の方法なんだ……








 しかしそれは、私の耳には届かなかった。

 







 ハリーはハッとした表情で振り返ると、通り過ぎていくドラコの背中を力強く見つめた。




ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
マルフォイのやつ……まさか……
あなた
どうしたの?
ハリー・ポッター
ハリー・ポッター
い、いや……なんでもない……
僕たちも競技場へ急がなくちゃ








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