第31話

#27
96
2026/02/01 08:52 更新
その夜、指定されたのは、表通りからは絶対に見つからない、看板すら出ていない完全会員制の個室レストランだった。
高級感の漂う重厚な扉の前で、私は一度深く呼吸を整える。
ニットの中に隠したネックレスのダイヤを指先でそっと握りしめ、覚悟を決めて扉を開けた。
部屋の中には、いつものように帽子を深く被り、気だるげにグラスを回す翔太さんの背中。
......けれど、その隣には、明らかに翔太さんとは違う、落ち着きのない小さな人影がもう一つ並んでいた。
あ!来た来た!あなたの下の名前ちゃんだよね?本物だー!
翔太が言ってた通り、めちゃめちゃ可愛いじゃん!
......え?聞き覚えのある、突き抜けるように明るい、ひまわりみたいな声。
驚いて固まる私の視線の先で、その人はパッと帽子を脱いで、こちらを向いて満面の笑みを浮かべた。
しょっぴー
......っ、佐久間、声がでけぇんだよ。店中に響くだろ。
...ほら、あなたの下の名前。立ってないで座れ
翔太さんに促されて、ようやくその人の顔がはっきりと目に入る。
ピンク色の髪、吸い込まれそうなほどキラキラした瞳。そして、何度も画面越しに見てきたあの笑顔。
あなた
え......っ、.....さっ、くん......!?
あまりの衝撃に、頭で考えるより先に、いつも心の中で読んでいるあだ名が口をついて出てしまった。
ハッとして口を押えたけれど、もう遅い。
さっくん
あはは!『さっくん』だって!
嬉しいなー、翔太、あなたの下の名前ちゃん俺のこと知っててくれたよ!
しょっぴー
......当たり前だろ、お前。......ったく、あなたの下の名前、そんな驚くなよ。
こいつがどうしても会わせろってうるせぇからさ
翔太さんは少しだけ拗ねたように唇を尖らせたけれど、佐久間くんの方は「さっくんて呼んで呼んで!」と、さらにテンションを上げて私の緊張を解きほぐしてくれる。
さっくん
座って座って!翔太から全部話は聞いてるよ。俺、今日からあなたの下の名前ちゃんの味方だからね!
翔太がこの数日間、どれだけ余裕なくて、俺にまで相談してきたか、全部暴露してあげようか?
しょっぴー
おい、佐久間!余計なこと喋んなって......
さっくん
いいじゃん!合鍵まで渡して、仕事の合間に一人でジュエリーショップ行って、
挙句の果てに俺に『どう守ればいいか』なんて真顔で聞いてくるんだよ、この男。
激重でしょ、最高じゃん!
翔太さんは顔を真っ赤にして冷えたビールを喉に流し込み、気まずそうに視線を泳がせている。
私なんかのために、彼がそんな風に悩んで、メンバーにまで相談してくれていたなんて。
驚きと同時に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。



佐久間くんは、不意に少しだけ真面目な顔をして身を乗り出した。
さっくん
大学で疑われちゃったんだって?不安だよね。
でも大丈夫、これからはもし何かあったら、俺の名前をカモフラージュに使ってもいいからさ。
......俺らメンバーはね、翔太が本気で守りたいって決めたものは、一緒に守るって決めてるんだ

その言葉は、どんなボディーガードよりも心強かった。


すると、それまで照れ隠しに黙っていた翔太さんが、テーブルの下で私の手をぐいっと引き寄せ、自分の膝の上で強く、折れそうなほど強く握りしめた。
しょっぴー
......佐久間に会わせたのは、お前を安心させたかったからだ。
1人で抱えて、大学でビクビクしてんのは見てられねぇし。
...それに、こいつなら、万が一の時も俺と一緒に泥を被ってくれるって信じてるからな
あなた
翔太さん......
しょっぴー
でも、佐久間。お前、いつまでも『あなたの下の名前ちゃん』って呼ぶな。
......あなたの下の名前、でいいだろ。お前が呼ぶと、なんかチャラいんだよ
さっくん
えー!呼び方まで束縛!?
翔太の独占欲、マジでヤバいわー!
笑い合う二人を見て、私はようやく、今日一日止まっていた呼吸を深く吐き出した。
アイドルとしての彼、大学生の私。
住む世界が違いすぎて、一人で戦うには限界があった。
けれど、彼はこうして自分の最も信頼する「家族」という盾を私に分け与えて、この恋を一緒に守ろうとしてくれている。


しょっぴー
......まだ、ちゃんと付き合おうとは言えてねぇけど
帰り際、駐車場へ向かう薄暗い廊下で、翔太さんが私の耳元で、低く、熱を持った声で囁いた。
しょっぴー
......俺の仲間にも、お前のこと認めさせたからな。
...もう、どこにも逃がさねぇぞ

繋がれた手のひらから、彼の熱い覚悟が痛いほど伝わってくる。
首元のダイヤが、彼の言葉に呼応するように、私の肌を静かに熱く焦がしていた。

プリ小説オーディオドラマ