ヒールリフトでは綺麗なボールをあげる事が難しい。けれど、この状況でそんなことを気にしている暇はない。
僕と私はここでシュートを決める……そして、王帝月ノ宮に勝利を!
まっすぐ向かっていくボールを見つめていた時だ。自分が放ったシュートに向かって突っ込んでいく2つの影。それは稲森明日人と小僧丸サスケだった。
2人は片方の足で自分のシュートを捉えていた。……あの技は…
データとして記憶しているし、実際に観戦した試合で見た事もある。あの技は相手のシュートを打ち返すものだ。
……打ち返す?
まさか、自分のシュートを打ち返す気か?
打ち返そうと粘っているようだが、”デスインフェルノ”を何だと思っている。
僕の使う必殺技の中で一番であるこの技を打ち返せる訳がない。
打ち返すどころか、この技を止めた者はいないんだ!
それに、それに……この技は僕にとって、”私”にとって……!!
”デスインフェルノ”が打ち返された……?
そんな、そんな訳が……!
そう思いながら振り返ればボールが見えて……
僕が負けたら、負けたら……二重人格の私と王帝月ノ宮のみんなを自由にできない……!
あの人達を……夢に出てくるあの人達を、大切な人達を……救えない……!!
無意識に出ていた大声に続くように、西陰が必殺技を展開した。僕のシュートを打ち返した2人の必殺技と、西陰の必殺技が接戦を繰り広げる。
西陰の声と、鳴り響くホイッスル。
自分の視界に入った光景に身体が固まる。
恐る恐る大型モニターを見上げれば、そこには雷門に点が加算されていた。
5-4、と。
続けて鳴り響いたホイッスルは___試合終了のホイッスルだった。
実況者の声が聞こえる。観客の声が聞こえる。けれど、内容は何一つ入ってこない。僕の頭を埋めるのは『敗北』。
みんなを自由にできなかった。
オーナーの命令を果たせなかった……!
ごめんなさい
顔も、声も、姿も分からない大切な人
……救う事が、できませんでした
連続で鳴り響いたホイッスル。
それは得点が決まったものと、試合終了のものだった。
5-4
残り時間僅かな所で明日人の作戦が勝ったのだ。
勝ったのに心から喜べない。
……桜花について知りすぎたからかもしれない。
初めて聞いた桜花の大声。その声はとても悲痛に聞こえて。
彼女の方を振り返ると、そこには呆然と立ち尽くしている桜花がいた。後ろ姿でも分かるその痛々しい姿に、気づけば俺は足が動いていた。
彼女の正面に回り込み、顔を覗き込んだ。俺の視界に映った彼女の表情は……
”無”
それが一番しっくりくる顔だった。
言い方は酷いけど、桜花はいつもは偽りの笑顔と死んでいるような顔をしていた。目に光がないからこそ、余計に。
けれど、今目の前にいる彼女は更に酷いものだった。
俺が彼女と関わる内に、固かった表情は少しずつだったけれど柔らかくなっていたのに、それがすべてリセットされたような……そんな感覚だった。
俺と灰崎が目の前に立っているのに反応しない。肩に手を置いても反応しない。そのまま揺すっても反応しない。
彼女の瞳には俺と灰崎が映っていない。視線が合っていないからって言うのもあるけど、いつもだったら彼女と話す時、その瞳にはいつも俺が映っていた。
……けど、今の彼女にはそれがないんだ。
段々弱々しくなっていく自分の声に情けなさと同時に怒りもわいてくる。苦しんでいる二重人格の彼女に何もできない自分に。
野坂が桜花を呼ぶ。……しかし、反応は返ってこない。野坂が呼んでも反応しないなんて、本当にどうしちゃったんだ……?
そう思っていた時だった。
近くで聞こえた電子音。
それは聞き慣れたイレブンバンドの音だった。……しかし、俺と灰崎のものではない。
野坂のものか?
そう思って隣を見たが、首を横に振ったためどうやら違うらしい。
……じゃあ、桜花?
そう思って彼女を見た瞬間だった。
小さかったけど確かに聞こえた。
俺達の声にまったく反応しなかった夜桜さんが声を出したのだ。
”オーナーが呼んでいる”
彼女がそう言ったということは、桜花宛てに送信されたメッセージは……例のオーナーという人物。
野坂はその人物が誰なのか知っているのだろうか。
ふとそう思っていた時だ。
ずっとその場で固まっていた夜桜さんが動いた。彼女の身体が向いているのはフィールドの出入り口……選手入退場口だった。
こちらへ背を向ける桜花へ手を伸ばした……しかし、伸ばした手は空を切った。俺の声に反応する素振りのない二重人格の彼女の背中を見ていると、上手く言葉に表現できない何かがこみ上げてくる。
怒りなのか、悲しみなのか。はたまたどちらともなのか。そんな気分だった。
俺の問いに野坂は少しだけ間を置くと、コクッと頷いた。そして、とある場所を見上げた。
アレスの天秤についてのCMは何度か見た事がある。……もしかして、あの白いスーツを来た男性のことだろうか?
野坂は俺の方を見てそう言うと、夜桜さんが歩いて行ってしまった場所へと足を動かした。
足を止め、野坂は顔だけこちらを振り返った。
そして、俺にこう言ったんだ。
そう言って野坂は止めていた足を再び動かし、こちらへ背を向けた。その背中を見ていた時、そういえばと気になっていたところを見上げる。
先程見上げていた野坂の視線は観客席へ向いていた。この大人数の中、誰を見ていたのだろうか。……俺の気にしすぎかな。
次回 月崎家の真実 月崎桜花の過去























編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。