ドンドン
ガチャ
万作に導かれて、俺は、校長室ヘやって来た。姉さんは、家でお留守番。
校長室には、他の部員たちも集まっていた。
部員達は、息をのんだ。だが、明日人は、表情が冴えないままだ。
冬海は手のひらを上に向ける「お手上げ」のポーズで部員達に目をやった。
剛陣は必死に食い下がってみたものの、
と言われると、自分がその大会のすごさを何も知らないことに、思い至った。
剛陣の素朴な質問に、頭脳派プレイヤーの奥入祐、そしてキャプテンの道成が、悔しさを噛み殺すように答えていた。
「サッカーを続けられるかもしれない」という部員たちのほのかな期待は、一瞬にして色あせた。
ただ一人を除いて……。
それまで黙っていた明日人が、すっくと顔を上げて力強く行った。
すぐさま道成が諭す
だか……
冬海は、とんでもないことを言い出した。
奥入が驚く。
謎は、残るが、冬海は、話を進める。
それを聞いて、明日人は顔を上げ、一歩前に出た。
あすとが宣言すると、部員たちの間には喜びと不安が入り混じった空気が漂った。
しかし、それもほんの一瞬。冬海が対戦チームの名を告げたとたん、すべては不安に変わった。
部員たちは校庭の木陰に集まっていた。明日人は熱く語りかけたが、みんな元気がない。
伊那国中のメンバーに課された条件はたった一勝。それなのに……。
奥入がメガネを押し上げながら口にした星章学園とは、強豪の中の強豪、全国ランキング一位のチームだったのだ。
二年生の岩戸高志が、小さな声で言う。
体つきはとても大柄で、チームメイトからは神話に登場する、巨大な人形に、なぞらえ「ゴーレム」と呼ばれるほど。だが心は優しい。
そこへ、輪の外から聞き覚えのない声が浴びせられた。
そこには、おデブで背の低い少年が居た
その人の名前は、小僧丸サスケ
万作が転校生が来ると言うのを思い出した。
明日人の決意を目のあたりにした部員たちは、自分の心の中で何かが変わったのを感じた。 そして、その日のうちに、彼らはそれぞれの行動に出た。
海辺では……
剛陣がドデカい丸太をロープで束ね、引きずって足腰を鍛えている。
その横で休みながら、見守る日和が、声をかける。
日和は、少し呆れてるようだった。
しかし剛陣は大まじめだ。
これが限界だという表情で日和に尋ねる。
ドン引きする日和に、ドッパーンと砕け散った波のしぶきがかかった。
強い日差しが、氷浦家の縁側に照りつけている。
縁台に腰見かけた、貴利名が、姉さんと祖母と目を合わさずに、切り出した。
貴利名が立ち上がり、振り向く。
ばあちゃんには、微笑み
姉さんには、怒り?が返ってきた…
坂道を自転車が下っていく
ハンドルを握るのは『ゴーレム』こと岩戸だ。その大きな大きな岩戸の頭にひときわ小柄な2年生、服部半太、通称『はんちゃん』がしがみついていた!
万平と看板に書かれた寿司店のカウンターに、万作が座っていた。
他に客はいない。
何か言いたげな、彼に仕込み作業中の父・一平が聞いた。
万作が帽子を脱いで、申し訳なさそうに、言った、一平は背を向けたままだ。
そこで会話が途切れた。包丁の音だけが、親子の耳に響く。父の気持ちを察して万作は、
と一言ささやいた。
また少し沈黙があったあと、一平がカウンターに皿を差し出した中トロが2貫。
万作は寿司を口に運び、たっぷりと噛み締めた。
鼻の奥がツンとしたのは、わさびのせいだけではなかった…
夕暮れの中、道成とその父が並んで歩いている。町役場で働く父の仕事の帰り道だ。
父は立ち止まり、息子の肩に手を置いた。
再び歩き始める。
道成は、母のことを思い出すと、少しさびしい気持ちになった。
太陽は水平線に沈もうとしている。
のりか、日和、奥入の3人は崖の淵から海を眺めていた。
そういったのりかの横で、日和も涙ぐんだ。
奥入がのりかの横顔に話しかけた。
サッカーか、島の生活か。どちらかを選びとるためには、どちらかを失わなければならない。いくら悩んでも
は不可能なのだから。
のりかは答える代わりに、奥入から視線を外し、うつむいた。
代わりに日和が答えた。でもそれは、彼女の気持ちを代弁したというより、日和自身の気持ちに同意してほしくて、口からこぼしたようだった。
のりかは再び顔を上げ、ひとり言のように話し始めた。
そこまで言うと、だいぶ離れた崖の下から声が届く。
海女さん姿の、のりかの母が、そこにいた。
奥入は、驚きをそのまま口にした。
のりかは、力強く手を振る母の心を受け止めた。
そして、夜が明けた。昇る朝日が海を照らしている。
のりかたちとは別の場所、「てっぺん崖」の高みから、明日人は海を見ていた。
明日人は右手の親指と人差し指を立て、銃を撃つように構えて言った。
船。
船の中
今、ここからは見えないけど_
明日人が見つめた空と海は、東京につながっている。
自分たちの力でサッカーを取り戻す未来につながってる___。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!