阿部side
冷たい雨の降る、夜のことだった。
霧雨のような細い雫が手に持った傘を伝っていくのをぼーっと眺めていた。
秋。ようやく夏の暑さからも解放されて涼しくなってきた頃。夜はすっかり肌寒くなっていて俺は帰りのタクシーを待つ間、身をギュッと縮めていた。
そんな時、隣に出来た俺よりも背の高い人の影。驚いて見上げるとメンバーである目黒がくしゃり、と笑いながら黒い傘をさして俺の隣に立っていた。
🖤「阿部ちゃん、タクシー待ち?」
💚「うん、めめも?」
🖤「そう」
どうやら仕事現場が近かったみたい。俺の姿を見かけて駆け寄ってきてくれたらしい。そんなことわざわざしなくてもいいのに笑。
💚「この後も仕事?」
🖤「うん、まぁ。ただの取材だけどね」
💚「そっか」
ぽつり、ぽつりとどうでもいいような会話を二人で交わす。仕事のこと、今ハマってること、気になることとか。考えてみれば目黒とこうやって会話するのも久しぶりかも。2人共仕事が忙しくて中々会えてなかったし、会えても多分挨拶するぐらいだった。
💚「めめもここにタクシー来るの?」
🖤「ううん、違う笑」
💚「え?」
てっきり、めめもタクシーで次の現場に向かうと思ってたから質問を否定されて驚く。
🖤「阿部ちゃんが居たからここに来た笑」
💚「……なにそれ笑」
「めめあべ」
俺とめめのこのコンビはそれなりに需要がある。
撮影が一緒になることも多いし、席とか立ち位置とか隣同士になることも多い。
それに、自分達も「めめあべ」というものに乗っかってわざと距離を近くしたり、雑誌でよくお互いの名前を出すこともしばしば。
カメラが回っている間、俺達は"恋人"のような関係。
別にめめも俺もその関係が嫌ではないし、むしろ需要があるならとことん乗っかってやろう、みたいなスタンス。
だから、
ここ、カメラ回ってないよ?
記者さんも居ないよ?
って。めっちゃ目黒に言ってやりたい。
だって、おかしいでしょ?ただのメンバーに見かけただけで駆け寄ってくる?1日の終わりで疲れてる筈なのに。なんならこの後も仕事があるのにね。
だけど、ほんの少し。こうやってカメラも無いのに素直にいてくれる目黒との時間が心地良いと思ってしまう。素な俺達ってレアだから。
💚「どうやって次の仕事に行くの?笑」
🖤「えっとね、マネージャーさんが送ってくれるんだって。5分後くらいにさっきの仕事現場の駐車場に車で来てくれるらしい。」
💚「5分?急がなきゃじゃん!」
🖤「えー、もうちょっと一緒に居たいけどなぁ笑」
💚「だーめ。ほら、行きな?」
隣に立つめめの大きな背中を押す。あったかいな、なんて関係ないことを考えて、首を横に振った。
少し力を入れれば案外すんなり離れてくれたから安心する。仕事に遅れちゃダメだからね。
俺の手がそっと離れて背中に触れていた温もりがだんだん抜けていく。その感覚に少し寂しいなんて思ってしまった。
🖤「じゃあね、阿部ちゃん。」
バイバイ、なんて手を振って笑いかけてくるめめ。その笑顔に
心臓が大きく跳ねた。
普段仕事では見せてくれない、素直な笑顔。無邪気な笑顔。絶対に作りものなんかじゃない、偽物なんかじゃない、めめの笑顔。
慌てて俺も手を振り返した。
去っていくめめの背中をぼーっと見つめて、挙げていた手をゆっくり降ろす。
指先まですっかり冷たくなってしまった手をぎゅっと握り締めて。そっと自分の頬に触れた。
冷たい指先からじん、と伝わるのは熱すぎる程の俺の体温。
もう一度めめの歩いて行った方向を見るともう居なくて。
離れて欲しくなかったな、と
まだ、ここに居て欲しかったな、と
今更、身勝手な思いが溢れてくる。
なんで?って。戸惑いもあった。認めたくない気持ちもあった。
けど、落ちてしまったのは確かで。
俺が恋したのは
素直な笑顔が眩しい人でした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!