第10話

救助要請
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2026/03/03 07:29 更新

 審神者執務室で書類を片付けていると、備え付けの電話が鳴った。近侍の鶯丸が取る。

 鶯丸「こちら審神者執務室。どうした?」

 あなたの緋名子「スピーカーにして」

 書類に判を押しながら指示した通りに鶯丸がスピーカーに切り替えてくれる。私の耳に、急いた堀川の声が飛び込んできた。

 堀川国広『こちら第三部隊、想像以上に数が多くて苦戦中です!!』

 堀川国広『部隊の被害は中傷一振り、他全員が軽傷、刀装全壊!!』

 鶯丸「嘘だろ...」

 第三部隊は殆どが極か練度上限。最大限の戦力を割り振ってある。

 その第三部隊が苦戦中って事は、よっぽど大規模な戦場か...

 堀川国広『尚、現場には越前国五十二番本丸の部隊も臨場してきて収拾がつきません!!審神者の出陣を要請します!!』

 あなたの緋名子「わかった、すぐ行くわ。鶯丸、第二部隊に声かけて」

 鶯丸「了解だ。すぐに出陣の支度を整えよう」

 部屋を出た瞬間に速度が上がった鶯丸の足音を背中で聞きながら、私は戦闘服をまとい、大鎌を手に取った。

 第二部隊のメンバーは山鳥毛を隊長とした一文字一家と鶯丸。全員修行待ちのレベル上限だ。

 あなたの緋名子「皆行くよ。準備いいね?」

 山鳥毛「無論だ」

 あなたの緋名子「留守は任せたからね、長谷部」

 へし切長谷部「圧倒的責任感を持って主命を完遂致します」

 長谷部の頼もしい返事を受けて、私は転送装置を起動させた。

 私達救助本丸は、崩壊寸前の本丸の修復のお手伝いが役目。それは建前上の話だ。

 もちろん、悪化していく戦局に疲れはてた審神者ならカウンセリングや一時隔離の対処を取る。だが、審神者とて人間。昇太のようなクズや、自分の目的のために刀剣男士を利用する審神者も少なくはない。

 強い目的や野望を持って時の政府に「協力しているだけ」の審神者同士が対面すれば、それなりに気の合わない人間もいる。それだけならまだいいが、目的の遂行に邪魔な相手同士もいる。

 そうなった時、頻繁に起こるのが、刀剣男士同士を折り合わせる争い。

 本丸同士の、戦争。

 あなたの緋名子「どっちが先にけしかけたの?」

 日光一文字「あちらだ」

 あなたの緋名子「刀剣男士はなるべく保護したい。人間だけ片付けるよ」

 一文字一家「御意」

 片方の審神者の背後の崖に隠れていた私達は、全員一気に飛び出した。どちらかの本丸の祢々切丸と鍔迫り合いをしている髭切の頭を狙っていた狙撃手の首を大鎌で斬る。

 あなたの緋名子「髭切、離脱!!」

 髭切「了解!!」

 一文字則宗「若者は寝ておれ」

 祢々切丸は則宗が刀背打ちで気絶させて回収する。

 一文字則宗「ふー。若いのは元気なものよなぁ」

 祢々切丸を楽々担いで髭切と一緒に元の場所に戻った則宗と反対の方向へ駆けた。つまり、戦場のど真ん中。

 日光一文字「はぁ!!」

 あなたの緋名子「ごめんね!」

 豊前江「主、日光!助かったぜ」

 豊前と打ち合っていた別本丸の山伏を日光と二人で蹴り飛ばして手刀を入れた。力が抜けて地面に倒れかけた山伏は道誉が回収してくれる。

 あなたの緋名子「いいえ。むしろ遅くなってごめんなさい...道誉、あれ」

 道誉一文字「分かっているさ。お姫!!そちらにも行ったぞ!!」

 姫鶴一文字「わーってるようるっさいなぁ」

 私達の間をすり抜けて、別本丸の包丁藤四郎が姫鶴の寝首を掻こうとした事を道誉に示すと、姫鶴に向かって大音声の忠告を叫んだ。姫鶴は難なく捕まえて頸動脈を圧迫して気絶させた。

 姫鶴一文字「ごこ、大丈夫?」

 五虎退「は、はい......ご迷惑お掛けしてすみません......」

 姫鶴一文字「迷惑じゃないよ、仕事だしね。ってかさぁ...」

 姫鶴が低い声を出して振り返ったのは、五虎退と切り合っていた別本丸の亀甲。

 姫鶴一文字「ごこのかぁいい顔傷だらけにしやがってこの野郎...」

 姫鶴一文字「絞めとこか」

 あなたの緋名子「姫鶴無双してるわね」

 山鳥毛「上杉の縁を除いても、五虎退の事は特に可愛がっているようだからな。至極当然だろう」

 あなたの緋名子「私は審神者を守ってる守備隊を片付ける。こっちの指揮は山鳥毛、任せたよ」

 山鳥毛「任せておけ。率いるのは慣れている」

 普段から長としてくせ者揃いの一文字を取りまとめている山鳥毛の言葉は信憑性が根底から違う。信頼して任せて、私は逃げた審神者を護送している守備隊を追った。

 鶯丸「この本丸の大包平は遅いな。この練度で戦に出すとは、大包平の本質をまるでわかっていない審神者のようだ」

 南泉一文字「同位体を攻撃するのは気が引けるけど...これも主命、悪く思うなよ...にゃ!」

 自分の同位体をあっさり気絶させた南泉の後ろで、俺も別本丸の大包平を打ち破った。折ってはいないが。

 鶯丸「主と山鳥毛の采配は秀逸だな。数的不利なはずなのに敵がみるみる減っている」

 南泉一文字「主がお頭の指揮能力の高さを見込んでこの編成にゃんだから、追い込まれる方がおかしい、にゃ」

 鶯丸「それもそうか。ここに大包平がいれば更に完璧だったんだがな...というか」

 鶯丸「お前と一緒だと緊張感がまるで無いな」

 南泉一文字「猫の呪いのせいだ!!にゃー!!」

 和泉守に飛びかかった桑名江の刀を受け止め、すぐさま押し返す。

 山鳥毛「無事か?和泉守に堀川」

 和泉守兼定「山鳥毛。来てくれたんだな」

 堀川国広「心強いです、ありがとうございます」

 山鳥毛「いやいや。小鳥が我々を出陣させると判断できたのは堀川の正確な報告があってこそ。礼を言うのはこちらの方だ」

 堀川国広「山鳥毛さん...」

 山鳥毛「さて、感無量になっている暇はないぞ。攻撃が来る」

 私が押し返した桑名江はまだ戦える。中傷だが、油断してはならない。

 山鳥毛「悪いようにはしない。降伏するのであれば...」

 小鳥にも「刀剣男士はなるべく傷つけるな」と言われている。相手が刀を置いてくれればそれが一番いい。

 桑名江「...ダメなんだ。僕が戦わなきゃ、また松井がひどい目に遭うから......」

 山鳥毛「松井江が?」

 桑名江「主が言ってたんだ。松井は他の審神者に横取りされて酷い事をたくさんされてるって。僕達がこの戦場で誉を取れば取り返してきてやるって......」

 桑名江「うちも決していい環境とは言えないけど、それでも近くにいれば守れるから...」

 和泉守兼定「ちょっと待て!その松井江ってもしかして、越前の五十二番本丸にいた奴の事か?」

 桑名江の様子をおかしく思ったらしい和泉守が訊くと、桑名江が怯えた様子で頷いた。和泉守が挙げた番号は小見昇太の本丸だ。

 桑名江「そうだけど...何で知ってるの?」

 和泉守兼定「何でも何も、そいつは今うちの本丸で保護されてっからだよ。酷い事なんかされてねぇ。ってか、オレ達の主が刀に酷い事するわけねぇだろ!」

 堀川国広「主さんは、僕達刀剣を対等に扱ってくれる人です。間違ってもお宅の審神者のような真似はしません」

 山鳥毛「ああ。それどころか、身寄りをなくした我々を拾い、ここまで育ててくれるような、心優しい人の子だ」

 帰る本丸を失くした我々を迎え入れてくれた小鳥が、そんな事をするなど天地がひっくり返ってもあり得ん。

 刀剣男士を誑かし、戦わせる理由に使うために小鳥を冒涜した小見昇太は万死に値する。

 山鳥毛「桑名江、我々の本丸へ来い。松井江もいる。何より今の環境から抜け出せるぞ」

 桑名江「でも...僕まで居なくなったら、他の皆は?雲くんや雨くん、倶利伽羅くん...稲葉と富田はどうなるの?」

 和泉守兼定「そいつらも一緒に来ればいい話だ。こんだけ刀と人で溢れ返ってる戦場で六振り消えたところで誰も不思議に思わねぇよ」

 そもそも刀剣男士は遺体が残らないのだから、居なくなっても折れたと思われるのがオチだろう。

 桑名江「でも...」

 堀川国広「桑名さん、決めてください。貴方が首を縦に振れば、この戦場にいる貴方の仲間を助ける事ができるんです」

 堀川の言葉で桑名江が揺らぐ。あと一押しだ。

 その時、私の後ろから聞き覚えのある足音が駆けてきた。

 豊前江「何モタモタしてんだよ、桑名!!」

 桑名江「え、豊前...?」

 山鳥毛「豊前、周囲の警戒は我々に任せろ。和泉守、堀川、まだ戦えるか?」

 和泉守兼定「上等っ!」

 堀川国広「当たり前です!」

 山鳥毛達が襲いかかってくる敵を倒してくれる。俺の役目は桑名を説得する事だ。

 桑名江「豊前...ほ、本当に豊前なんだよね...?」

 豊前江「寝惚けてんじゃねぇよ、俺は豊前江だ!郷義弘が作った打刀のな!」

 桑名江「...松井は?」

 豊前江「俺達の本丸で一緒に暮らしてる。虐待なんかされてねぇ」

 桑名江「よかった...」

 それで終わっちまいそうなため息つきやがって。ふざけんなよ。

 豊前江「俺は全っ然よくねぇぞ!お前らが居ねぇからな!!」

 桑名江「え...」

 前髪越しでも分かるほどポカンとした桑名に、言い募った。

 豊前江「俺達の本丸にいるのは俺と篭手切と松井だけで、お前らはこのままじゃあのクソ野郎に使い捨てられるんだろ!?兄弟が苦しんでるってのに誰が呑気に飯食ってグースカ寝られるかよ!!」

 届け。

 豊前江「俺はお前らがいなけりゃ楽しくねぇ。心置きなく走れねぇんだよ。本丸には覚えきれねぇぐらいの刀がいるけど、お前らは特別なんだ!!」

 届け。あいつに塗り潰された桑名の心をこじ開けろ。

 豊前江「泣いてる江の者家族に手ぇ差し伸べられねぇで、りぃだぁなんて名乗れっか!!」

 桑名の頬を涙が流れ落ちる。一筋流れたと思ったら、堰を切ったように次から次に溢れてきた。

 豊前江「目ぇ覚ませ、桑名。あいつのとこに居ても何も守れねぇよ」

 桑名江「豊前......僕は......」

 豊前江「はっきり言え!!お前はどうしてぇんだ!!」

 もういっぺん腹の底から怒鳴ると桑名が涙を袖で拭って俺をまっすぐ見返した。

 桑名江「僕は、皆を守りたい」

 豊前江「おう、そのためにはどうすんだ!?」

 桑名江「あの本丸から脱出する。だけど、僕らだけじゃ到底無理だ」

 桑名江「君達に...助けてほしい!!」

 ようやく言ったな。

 豊前江「任しとけ!!」

 握った桑名の手は、肉刺ま めと傷だらけだった。

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