午後の喫茶店。
居心地の良い二人席には月の形の照明が灯っている。
2階のこの店のお洒落な小さい窓から、下道を人が行き交うのが見える。
学校帰り、あなたの下の名前は美風と一緒に小さなテーブルについてアイスティーを飲んでいた。
あなたの下の名前は物珍し気に照明を見上げた。
店内には小さな音で音楽が掛かっている。
アイスティーを一口飲んだ美風が、口を開いて言った。
美風は済まし顔で、銀のスプーンで氷をかき混ぜた。
美風は色々な場所にあなたの下の名前を連れていきたがった。
自宅や、自分のピアノのレッスンにあなたの下の名前を同伴しようとすることもあれは、今日の様にお洒落な喫茶店に、あなたの下の名前を誘って行くこともあった。
美風はあなたの下の名前を叱る時の調子でそう言って、コップをテーブルに戻した。
あなたの下の名前はこの店のアイスティーを、今まで飲んだ中で一番大人の味かもしれない、と思っていた。
美風が聞いた。
頬杖をついた美風が言った。
あなたの下の名前が唸ると、美風は顔をあげてにこ、と笑った。
そんなのは当たり前の事、とばかりに、済まし顔でアイスティーに口を付けた美風に、あなたの下の名前なすすべがなく、そっと目を逸らすと、足元に窓枠が明るい影を作っている。
翌朝。
あなたの下の名前が登校すると、教室の真ん中に輪になって、クラスメート達ががやがやと話をしていた。
窓際から理央が来て声をかけた。
あなたの下の名前は合点して頷いた。
昨日、ホームルームで、学校の学芸会の出し物を考えてくる様言われた。
理央は分かったというように頷いた。
理央はそう言うと、クラスメート達の輪の中に入って、ねえ、演劇やらない?と明るく声をかけた。
────今年は何をする事になるんだろう。
鞄をしまって席についたあなたの下の名前は、頬杖をついて、今年の学芸会について考え始めた。
朝のホームルームと1時間目は、学芸会の出し物を考えるのにあてられた。
手を挙げて理央が言うと、先生は頷いた。
クラスメート達が面白がって投票したので、学芸会の出し物は演劇に決まった。
先生が言った。
生徒たちは口々に意見を出し始めた。
生徒の一人が立ち上がって言った。
先生が言って、教室が静かになる。
生徒が言った。
演目はすぐに『姫と王子の休日』に決定した。
黒板を背に先生が言うと、教室から黄色い声があがった。
宗介は自分の席で頬杖をついたまま怒り笑いをした。
次に美風のファン達の歓声があがると、美風も自分の席でうんざりした顔をした。
ついには先生まで本音を言ったので、教室はてんやわんや。
わあわあ言ってるクラスメートに、美風が心底迷惑そうに尋ねた。
どうしても自分を王子役に据えようとするクラスメート達に、美風はしかめっ面で口を開いた。
美風が口を開いた。
教室は盛り上がった。
話が急に自分に向いてきたので、あなたの下の名前は狼狽えて上を見上げた。
あなたの下の名前の否定の言葉は、クラスメート達にかき消され、あなたの下の名前は姫役、美風は王子役に決定した。
学校から家に帰って、あなたの下の名前は宗介の家に行った。
リビングに入っていくと宗介はダイニングに立ってあなたの下の名前と自分の分のお茶を淹れているところだった。
あなたの下の名前が呟くと、宗介があなたの下の名前を睨んだ。
宗介はあなたの下の名前が美風のペアである姫役になったことを、まだ許しては居なかった。
宗介は宣言した。
あなたの下の名前が聞いた。
大道具の係になった宗介は、作るお城の見本のパンフレットを今日貰ってきていた。
クラスメート達はインターネットで検索した『姫と王子の休日』の台本に沸き立っていたが、宗介はそれをちらりと一瞥しただけだった。
あなたの下の名前は、ダイニングの壁に寄りかかって、ため息をついた。
宗介はぼすりとソファに座り込むと、不機嫌な顔でお茶を一口飲んだ。
学芸会の準備は賑やかに始まった。
小道具の係になった理央が、ミシンを前に聞いた。
教室の窓際でお城の柵になる板と板を釘で付けていた宗介が口を開いた。
黒板の前に固まって発声練習をしていた俳優達の一団から、美風が顔を上げた。
美風は椅子の背もたれをお腹に座ってシナリオを開いていた。
美風がつんと澄まして言った。
宗介が嫌な顔をした所で、今まで教室を空けていたクラスメート達が、ガラガラと戸を開けて入って来た。
それを聞いた美風は、立ち上がってあなたの下の名前の手を取った。
美風が言った。
宗介にちらりと目をやると言った。
美風はあなたの下の名前の手を引くと教室を出て歩き出した。
窓の開いた廊下を大股で歩きながら、美風が言った。
体育館の重い大きな扉を開けると、中には誰も居なかった。
歩いていって体育館の真ん中に美風が座ったので、あなたの下の名前もその場にしゃがみ込んだ。
体育館を見回しながらあなたの下の名前が言った。
広い広い体育館。
高い高い天井
美風が口を開いた。
美風があなたの下の名前の手を取った。
チュ、と手のひらに落とされたキスに、あなたの下の名前は困惑顔をしている。
学芸会の準備は順調だった。
小道具も大道具もそれらしく出来上がって、俳優達の練習もピークを迎えていた。
学校から帰ったあなたの下の名前は、自分の家のソファに寝そべって、学芸会の事を考えていた。
大道具の係の宗介は、今日も買い物に駆り出されて、二人は一緒に帰ってきていなかった。
────宗介が帰って来たら何を話そうか。
連日の練習で疲れていたあなたの下の名前は微睡んで、やがてそのまま眠ってしまった。
そしていよいよ学芸会当日。
飾り付けられた門の前に、プログラムが積んである。
舞台となる講堂は人でごった返していた。
講堂の舞台袖では、俳優達が演技を待っていた。
小道具の確認をしていた理央が言った。
あなたの下の名前は水色のドレスを着ていた。
通路から着替えた美風がシナリオを片手にやってきた。
美風の正装には、学年中の女子が湧いた。真っ白いフリルのシャツを着て紺の上着を羽織った美風は、女の子が夢見る王子様そのものだった。
小道具の確認をしていた理央が言った。
理央は他の小道具の確認のため慌ただしく通路へ消えた。
公演が近づくにつれ舞台袖は緊張してきた。
次が他のクラスの合唱で、その次があなたの下の名前達の演劇だった。
時間が来て照明担当の多紀がライトを持って二階へ上がった。
合唱の終わる頃理央が小声で言ったが、舞台袖に控えて緊張していたあなたの下の名前にはよく聞こえなかった。
舞台の重たい赤い幕が上がる。
ポーズを取ったあなたの下の名前をライトが照らす。
怒濤の様な拍手に包まれて、あなたの下の名前達の演技が始まった。
演劇は大好評だった。
あなたの下の名前の一生懸命な演技も、やる気を見せない美風のおどけた演技も逆に個性になって魅力になった。
山場のシーンでは、大道具の係も小道具の係も舞台に上がって大太刀回りの華やかな演技を披露した。
演劇を終えて舞台袖に戻ってきたあなたの下の名前に理央が言った。
花束を手渡されたあなたの下の名前に遅れて、美風も舞台から戻ってきた。
理央が言った。
花束を片手に美風が通路へ消えた。
続けて舞台袖から理央を呼ぶ声がした。
あなたの下の名前は花束を持ったまま、舞台袖の壁に寄りかかって劇の余韻に浸っていた。
と、そこへ宗介が歩いて来た。
宗介はあなたの下の名前の目の前まで来ると、トン、と拳をあなたの下の名前の後ろの壁に当てた。
あなたの下の名前が聞くと、宗介は真っ直ぐな目であなたの下の名前を見つめた。
揺るがない黒い瞳、この目はあなたの下の名前に懐かしい。
囁く様な声に、あなたの下の名前は目をパチクリした。
宗介は怒り笑いした。
宗介は苛立った顔で一呼吸置くと言った。
困惑した顔をしたあなたの下の名前に、宗介は今度は呆れ顔をした。
宗介は黒髪をくしゃくしゃ毟った。
宗介は苛立った表情で腕組みした。
驚いた声を出したあなたの下の名前に宗介は怒り笑いした。
意思に満ちた優しい声。
この声も、あなたの下の名前には懐かしい。
宗介は微かに首を傾げた。
着替えを済ませた美風は通路を戻ってきていた。
────演劇は大成功。わざとふざけたら観客を楽しませることができた。まあまあかな、本気ではやっていないけど。
そこで、美風はあなたの下の名前と宗介を見つける。
宗介の手のひらを壁にしたあなたの下の名前。
照れくさそうな笑い。
むっとした美風は口を開いた。
宗介が美風に気付いた。
三角関係は永遠に続いた、と書いてこの話を終わる。
おわり

























編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。