あなたの下の名前と宗介は、宗介の自宅のリビングでお茶を飲んでいた。
恋が言った。
宗介が言った。
あなたの下の名前が言って、ずず、とお茶を一口飲んだ。
部屋の隅の狐用の空のケージの前には、新しいキャットフードが出してある。
キャットフードは新商品が出る度に宗介の母親があなたの下の名前に買ってくれた。
あなたの下の名前が言った。
あなたの下の名前は、美風のピアノの発表会を楽しみにしていた。
発表会には、理央と明日香と多紀を誘って、みんなで行くことになっていた。
恋が聞いた。
宗介はお茶を一口飲むと、ふと、作り笑顔で聞いた。
この問は全てを意味している。
宗介はこの事について、毎日頭を悩ませていたのだった。
あなたの下の名前がきょとんとした顔で聞き返すと、宗介は無言でグーした片手を、あなたの下の名前の頭にコチンと落とした。
ぶつぶつ言っているあなたの下の名前を無視して、宗介はテレビに向かってリモコンを回し出した。
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美風の発表会の当日、あなたの下の名前は自宅で余所行きのワンピースを選んでいた。
あなたの下の名前が一番気に入っているのは、オレンジ色のワンピースだった。
飾り気がないシンプルなデザインで、前にボタンが付いている。
だが、人の発表会には派手すぎたので、あなたの下の名前は今日は水色のワンピースを着ていこうと思っていた。
水色のワンピースは、切り替えから下がシフォンになっていて、後ろはリボンで、胸元に細いタックが寄せられている。
────こっちの方が良いかな。
あなたの下の名前が鏡を覗き込んだ時チャイムが鳴った。
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玄関に出ていくと、余所行きを着た理央と明日香と多紀が居た。
多紀の言葉に、あなたの下の名前は、曖昧に頷いた。
説得すると、宗介は行くとも行かないとも言わなかったが、時間になっても現れなかった。
明日香が言った。
バスを降りると、あなたの下の名前達は花屋に寄ってから、駅のすぐ近くのリサイタルホールに入った。
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扉を開けてロビーに入ると、中は静かだった。
ラウンジにぽつぽつとお洒落なソファが置いてあり、飲み物を飲んでいる人も居る。
あなたの下の名前達を見つけて、待合室の方から、正装した美風が歩いてきた。
美風はパタパタと軽く服を叩いてから、全員をソファの方に連れて行った。
ソファに腰掛けながら美風が言った。
理央が聞いた。
理央が言うと、多紀と明日香が頷いた。
理央達を見送ると、美風が言った。
美風はあなたの下の名前の背中のリボンに手を伸ばし、器用にリボン結びをし直した。
美風が微笑んだ。
あなたの下の名前が口を開きかけた時、エレベーターの方から、人々に混じって余所行きを着た宗介の姿が現れた。
宗介は仏頂面で歩いてきたが、あなたの下の名前達の前に来ると、作り笑顔で言った。
憮然とした表情で美風が言った。
宗介はあなたの下の名前の隣に座ると、背もたれに寄りかかって美風を睨んだ。
ホールへ入ると、中は暗かった。
ステージにグランドピアノだけがライトアップされている。
客席であなたの下の名前達は小声で話をしていた。
宗介は会話に加わらず、黙って舞台を睨んでいた。
まもなく、盛大な拍手に包まれて、美風の演奏が始まった。
課題曲を弾いている美風の金髪がピアノの黒にマッチして、それはとても美しい絵だ、とあなたの下の名前は思った。
美風の弾いている曲は美しいがとても難しい曲で、会場の人々は感心して演奏に聞き惚れていた。
理央が囁いた。
と明日香。
理央が聞いた。
宗介が答えた。
理央はぶつぶつ小声で続けた。
あなたの下の名前が口を挟んだ。
演奏が終わると、盛大な拍手の中、あなたの下の名前は舞台に上がって美風に花束を渡した。
花束を受け取ると、美風はにっこり笑顔でありがとうと言った。
美風の演奏を聴き終わったあなたの下の名前達がラウンジで待っていると、控え室から普段着を着た美風が出てきた。
ソファから立ち上がったあなたの下の名前が言った。
美風が言った。
理央が言って、全員はロビー通って外へ出た。
中へ入ったレストランは今風だった。
席に付くと、食事用に白いナプキンが配られた。
めいめい好きな物を選んで注文すると、ウェイトレスはかしこまりましたと言ってキッチンへ下がっていった。
あなたの下の名前が言うと美風がプッと吹き出した。
窓からは道行く人々が見えた。
料理が到着すると一気に賑やかになった。
あなたの下の名前は白身魚のソテーを食べていたフォークで、切り分けられた理央のハンバーグを刺した。
もぐもぐ食べていると今度は美風が言った。
美風は自分のフォークにステーキを刺すと隣のあなたの下の名前の口元に持っていった。
あなたの下の名前がステーキ食べていると、かちゃんと音がして、宗介がフォークを置いた。
宗介が言った。
ステーキを食べながら美風が言った。
フォークに肉を刺した美風に、宗介は思い切り嫌な顔をした。
美風がステーキ食べたあなたの下の名前の口元をナプキンで拭うと、宗介が叫んだ。
美風もフォークを置いた。
美風はそこで言葉を切った。
宗介が何か言い返す前に、口を開いてあなたの下の名前に言った。
と、宗介のナイフが飛んで行って、美風に当たった。
広げていたナプキンに飲み物が溢れた。
美風は立ち上がって言った。
立ち上がった宗介に理央が叫んだ。
明日香の声に、あなたの下の名前は俯いて呟いた。
あなたの下の名前がふと顔をあげると、美風の洋服に溢れたジュースが掛かっているのが見えた。
宗介はハア、と忌々しげに短くため息をついた。
宗介の背中が階段を降りるのを横目で見ながら、美風が言った。
美風は平気な顔でスタンドからメニューを取った。
あなたの下の名前は困惑した顔で、渡されたメニューを受け取って開いた。





















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。