第3話

第6章 ピアノの発表会
12
2025/05/18 11:01 更新


 あなたの下の名前と宗介は、宗介の自宅のリビングでお茶を飲んでいた。

(なまえ)
あなた
理央と手作りのお菓子屋さんに行ってきたんだ。


 恋が言った。

(なまえ)
あなた
焼き菓子やマフィンがあって、目移りしちゃう。
(なまえ)
あなた
近所に出来たばっかりの可愛いお店、宗介も今度行ってみると良いよ。
上野宗介
上野宗介
甘いものは食べ過ぎると頭が痛くなる



 宗介が言った。

上野宗介
上野宗介
虫歯になるよ。
上野宗介
上野宗介
お前と違って子供じゃないの。
(なまえ)
あなた
大人でも食べるよ、甘いもの。
上野宗介
上野宗介
お前はいつもキャットフードだろ。
上野宗介
上野宗介
狐の餌の。
(なまえ)
あなた
狐になってる時は食べるけど、人の姿の時は食べないよ。


 あなたの下の名前が言って、ずず、とお茶を一口飲んだ。

 部屋の隅の狐用の空のケージの前には、新しいキャットフードが出してある。

 キャットフードは新商品が出る度に宗介の母親があなたの下の名前に買ってくれた。

 あなたの下の名前が言った。




(なまえ)
あなた
そういや、樋山くんのピアノの発表会、もうすぐだよ。
上野宗介
上野宗介
気障。
上野宗介
上野宗介
ピアノなんか。
上野宗介
上野宗介
いちいち癪に障る奴だな。
(なまえ)
あなた
一回音楽室で弾いて貰った事がある。すっごい上手なんだよ。
(なまえ)
あなた
いつから習ってるんだろう。
上野宗介
上野宗介
知らない。
上野宗介
上野宗介
興味ない。

 あなたの下の名前は、美風のピアノの発表会を楽しみにしていた。

 発表会には、理央と明日香と多紀を誘って、みんなで行くことになっていた。

(なまえ)
あなた
宗介も行くでしょう?


 恋が聞いた。

上野宗介
上野宗介
僕が?。
上野宗介
上野宗介
わざわざ?。何のために?
(なまえ)
あなた
みんなで行くんだから一緒に行こうよ
上野宗介
上野宗介
嫌だよ。
上野宗介
上野宗介
樋山のピアノなんて聞きたくないし興味もない。
上野宗介
上野宗介
一人で行ってきな。


 宗介はお茶を一口飲むと、ふと、作り笑顔で聞いた。

上野宗介
上野宗介
僕が樋山嫌いなの、何でか分かる?


 この問は全てを意味している。

 宗介はこの事について、毎日頭を悩ませていたのだった。

(なまえ)
あなた
……何でなの?


 あなたの下の名前がきょとんとした顔で聞き返すと、宗介は無言でグーした片手を、あなたの下の名前の頭にコチンと落とした。


(なまえ)
あなた
痛っ
上野宗介
上野宗介
何でだろうね?。
(なまえ)
あなた
何すんの
上野宗介
上野宗介
鬱陶しいんだよお前も。
上野宗介
上野宗介
ったく。


 ぶつぶつ言っているあなたの下の名前を無視して、宗介はテレビに向かってリモコンを回し出した。






─────────────




 美風の発表会の当日、あなたの下の名前は自宅で余所行きのワンピースを選んでいた。

 あなたの下の名前が一番気に入っているのは、オレンジ色のワンピースだった。

 飾り気がないシンプルなデザインで、前にボタンが付いている。

 だが、人の発表会には派手すぎたので、あなたの下の名前は今日は水色のワンピースを着ていこうと思っていた。

 水色のワンピースは、切り替えから下がシフォンになっていて、後ろはリボンで、胸元に細いタックが寄せられている。






────こっちの方が良いかな。






 あなたの下の名前が鏡を覗き込んだ時チャイムが鳴った。




─────────────




玄関に出ていくと、余所行きを着た理央と明日香と多紀が居た。


駒井理央
駒井理央
準備できた?。あなたの下の名前。
(なまえ)
あなた
うん。
駒井理央
駒井理央
そのワンピース、可愛いね。
駒井理央
駒井理央
樋山くんに見せるためなら、上野くん妬いちゃうよ。
西井多紀
西井多紀
上野は行かないの?


 多紀の言葉に、あなたの下の名前は、曖昧に頷いた。

 説得すると、宗介は行くとも行かないとも言わなかったが、時間になっても現れなかった。

田山明日香
田山明日香
今日バスだよ。
田山明日香
田山明日香
駅前のホール貸し切りだって。


 明日香が言った。


西井多紀
西井多紀
ピアノなんて滅多に聞く事ないしな。
西井多紀
西井多紀
だから俺今日ややロマンチックな気分になってる。
西井多紀
西井多紀
余所行きモードだし。
駒井理央
駒井理央
駅前の花屋で花束買っていこうよ。
駒井理央
駒井理央
代表してあなたの下の名前が渡せばいいでしょ。
駒井理央
駒井理央
花束で売ってるよ。
(なまえ)
あなた
どんな曲弾くのかなあ、樋山くん
田山明日香
田山明日香
楽しみだよね。


 バスを降りると、あなたの下の名前達は花屋に寄ってから、駅のすぐ近くのリサイタルホールに入った。





─────────────





 扉を開けてロビーに入ると、中は静かだった。

 ラウンジにぽつぽつとお洒落なソファが置いてあり、飲み物を飲んでいる人も居る。

 
 あなたの下の名前達を見つけて、待合室の方から、正装した美風が歩いてきた。

樋山美風
樋山美風
あなたの名字さん!。みんなも。
樋山美風
樋山美風
来てくれてありがとう。
(なまえ)
あなた
樋山くん
駒井理央
駒井理央
フォーマル似合うね、樋山くん
樋山美風
樋山美風
そう?。
樋山美風
樋山美風
今日は有名な曲を弾くから、間違えたらどうするかちょっと考えてる。
樋山美風
樋山美風
暗譜は完璧にしたはずだけど。

 美風はパタパタと軽く服を叩いてから、全員をソファの方に連れて行った。

樋山美風
樋山美風
今日弾く曲はみんなクラシックの名曲ばかりだよ。
樋山美風
樋山美風
聞いてて楽しいと思う。
樋山美風
樋山美風
知ってる曲も多いと思うよ。


 ソファに腰掛けながら美風が言った。


駒井理央
駒井理央
恋音楽詳しい?


 理央が聞いた。


(なまえ)
あなた
全然。分かんない。
樋山美風
樋山美風
分からなくても大丈夫。
樋山美風
樋山美風
初心者が居る教室じゃないから、何聞いても聞き応えあるよ。
樋山美風
樋山美風
新しくピアノを好きになるきっかけになるかも知れない。
駒井理央
駒井理央
私達、ちょっとお茶買ってくる


 理央が言うと、多紀と明日香が頷いた。

駒井理央
駒井理央
あなたの下の名前と樋山くんはここに居てよ。
駒井理央
駒井理央
2人の分も買ってくるから。
(なまえ)
あなた
分かった


 理央達を見送ると、美風が言った。

樋山美風
樋山美風
あなたの名字さん、その服可愛いね。
(なまえ)
あなた
あ、ありがとう。
樋山美風
樋山美風
リボン、ちょっと解けてるよ。
樋山美風
樋山美風
貸して。


 美風はあなたの下の名前の背中のリボンに手を伸ばし、器用にリボン結びをし直した。

樋山美風
樋山美風
僕の晴れの日にきれいな格好されるの嬉しいな。
樋山美風
樋山美風
シフォンも水色もあなたの名字さんに似合ってる。
樋山美風
樋山美風
あやかし狐って本当に綺麗だよね。


 美風が微笑んだ。

樋山美風
樋山美風
そういうのも励みになるよ。
樋山美風
樋山美風
約束。
樋山美風
樋山美風
今日はあなたの名字さんだけのために弾くね。
(なまえ)
あなた
そんな
樋山美風
樋山美風
自分で言うのもあれだけどかなり上手いんだ。
樋山美風
樋山美風
楽しみにしててね。

 あなたの下の名前が口を開きかけた時、エレベーターの方から、人々に混じって余所行きを着た宗介の姿が現れた。

 宗介は仏頂面で歩いてきたが、あなたの下の名前達の前に来ると、作り笑顔で言った。

上野宗介
上野宗介
あなたの下の名前の様子を見に来ただけ。
樋山美風
樋山美風
来なくて良かったのに。


 憮然とした表情で美風が言った。

樋山美風
樋山美風
上野は余計だよ。
樋山美風
樋山美風
迷惑。
樋山美風
樋山美風
本当に事ある事に僕の邪魔をする奴だな。
上野宗介
上野宗介
そっちが。
上野宗介
上野宗介
あなたの下の名前、聞いたらさっさと帰るぞ。
上野宗介
上野宗介
ったく何が楽しくて。
上野宗介
上野宗介
こいつの演奏なんか、僕は聞きたくない。


 宗介はあなたの下の名前の隣に座ると、背もたれに寄りかかって美風を睨んだ。











 ホールへ入ると、中は暗かった。

 ステージにグランドピアノだけがライトアップされている。


 客席であなたの下の名前達は小声で話をしていた。

(なまえ)
あなた
どんな曲を弾くんだろう?
西井多紀
西井多紀
音楽室で弾いてた奴じゃないか?
駒井理央
駒井理央
上手い人ばっかり。
駒井理央
駒井理央
プロみたいな集団だね。
田山明日香
田山明日香
しーっ、もうすぐ樋山くんの番だよ。
田山明日香
田山明日香
静かにしなきゃ。


 宗介は会話に加わらず、黙って舞台を睨んでいた。


 まもなく、盛大な拍手に包まれて、美風の演奏が始まった。

 課題曲を弾いている美風の金髪がピアノの黒にマッチして、それはとても美しい絵だ、とあなたの下の名前は思った。

 美風の弾いている曲は美しいがとても難しい曲で、会場の人々は感心して演奏に聞き惚れていた。


駒井理央
駒井理央
すっごいきれいな曲。


 理央が囁いた。

田山明日香
田山明日香
難しい曲だね。
田山明日香
田山明日香
大人が弾く曲じゃない?


と明日香。


駒井理央
駒井理央
上野くんピアノ弾くっけ?


 理央が聞いた。

上野宗介
上野宗介
音楽はやらない。
上野宗介
上野宗介
興味ない。


 宗介が答えた。

駒井理央
駒井理央
ふーん。
駒井理央
駒井理央
何か特技ないと上野くん負けるよ。


 理央はぶつぶつ小声で続けた。

駒井理央
駒井理央
勉強は両方できるしな……足も早いし……。
(なまえ)
あなた
宗介家事できるよ。


 あなたの下の名前が口を挟んだ。

上野宗介
上野宗介
喋らない。
上野宗介
上野宗介
演奏中なんだから。
上野宗介
上野宗介
あなたの下の名前、お前も無益な事言ってんなよな。


 演奏が終わると、盛大な拍手の中、あなたの下の名前は舞台に上がって美風に花束を渡した。

 花束を受け取ると、美風はにっこり笑顔でありがとうと言った。











 美風の演奏を聴き終わったあなたの下の名前達がラウンジで待っていると、控え室から普段着を着た美風が出てきた。


(なまえ)
あなた
樋山くんすっごい上手だったよ。


 ソファから立ち上がったあなたの下の名前が言った。

樋山美風
樋山美風
ありがとう。


 美風が言った。

樋山美風
樋山美風
これから僕たちだけでレストランに行かない?。
樋山美風
樋山美風
記念に食事をしたらって母さんが。
駒井理央
駒井理央
行く行く。
駒井理央
駒井理央
お腹空いてきた。

 理央が言って、全員はロビー通って外へ出た。










 中へ入ったレストランは今風だった。

 席に付くと、食事用に白いナプキンが配られた。

 めいめい好きな物を選んで注文すると、ウェイトレスはかしこまりましたと言ってキッチンへ下がっていった。



駒井理央
駒井理央
ここ来るの初めて。
上野宗介
上野宗介
僕も
田山明日香
田山明日香
私も
樋山美風
樋山美風
僕も初めて。
樋山美風
樋山美風
じゃあもしかして誰も来たことない?
(なまえ)
あなた
美味しいかなあ


 あなたの下の名前が言うと美風がプッと吹き出した。

樋山美風
樋山美風
美味しいよ。安心して。
駒井理央
駒井理央
見て、通りが見える


 窓からは道行く人々が見えた。


 料理が到着すると一気に賑やかになった。


駒井理央
駒井理央
あなたの下の名前あなたの下の名前、このハンバーグおいしいよ。一口食べてみて。
(なまえ)
あなた
本当?


 あなたの下の名前は白身魚のソテーを食べていたフォークで、切り分けられた理央のハンバーグを刺した。

(なまえ)
あなた
……おいしい
駒井理央
駒井理央
でしょう?

 もぐもぐ食べていると今度は美風が言った。

樋山美風
樋山美風
このステーキもおいしかった。
樋山美風
樋山美風
分厚くてボリュームあるし。
樋山美風
樋山美風
あなたの名字さん、一口どう?。


 美風は自分のフォークにステーキを刺すと隣のあなたの下の名前の口元に持っていった。

樋山美風
樋山美風
はい、あーん。
(なまえ)
あなた
ありがとう。


 あなたの下の名前がステーキ食べていると、かちゃんと音がして、宗介がフォークを置いた。


上野宗介
上野宗介
気にくわないんだよ。


 宗介が言った。

上野宗介
上野宗介
樋山はあなたの下の名前といちゃつこうとすんな。
上野宗介
上野宗介
気色悪い。
上野宗介
上野宗介
ここ外だぞ。
上野宗介
上野宗介
人居んのに。


 ステーキを食べながら美風が言った。

樋山美風
樋山美風
僕は人が居ようと居まいと構わない。
樋山美風
樋山美風
誰かみたいに無駄に見栄張らないしね。
樋山美風
樋山美風
はい、あなたの名字さん、もう一口。


 フォークに肉を刺した美風に、宗介は思い切り嫌な顔をした。


上野宗介
上野宗介
あなたの下の名前!。
上野宗介
上野宗介
お前も、そうやって食ってんなよ。
上野宗介
上野宗介
馬鹿だと思われるぞ。……おい、あなたの下の名前に触るな!



 美風がステーキ食べたあなたの下の名前の口元をナプキンで拭うと、宗介が叫んだ。


 美風もフォークを置いた。

樋山美風
樋山美風
僕たちが親密なのをいつも妨害しようとして、鬱陶しいったらない。
樋山美風
樋山美風
あなたの名字さんも駒井達も、もう分かってる事だろ。僕はあなたの名字さんが好きだし、だからいつもあなたの名字さんにくっついてる上野が邪魔でならないんだ。


 美風はそこで言葉を切った。

樋山美風
樋山美風
迷惑。なんで居るんだか。


 宗介が何か言い返す前に、口を開いてあなたの下の名前に言った。

樋山美風
樋山美風
あなたの名字さん、上野なんかじゃなくて僕を選んでくれるでしょう?。


 と、宗介のナイフが飛んで行って、美風に当たった。

 広げていたナプキンに飲み物が溢れた。



樋山美風
樋山美風
何するんだよ!。
上野宗介
上野宗介
ざまあみな。
上野宗介
上野宗介
僕だって、お前がいつも邪魔でなんないんだよ!。
上野宗介
上野宗介
いつもいつもあなたの下の名前にしつこく付き纏って……


 美風は立ち上がって言った。


樋山美風
樋山美風
暴力。あなたの名字さん、危ないから。
上野宗介
上野宗介
あなたの下の名前にはやらない。あなたの下の名前には関係ない。
駒井理央
駒井理央
2人とも辞めなよ。


 立ち上がった宗介に理央が叫んだ。


駒井理央
駒井理央
あなたの下の名前、あなたの下の名前が優柔不断だから悪いんでしょ。
駒井理央
駒井理央
さっさとどっちか選びなよ。
田山明日香
田山明日香
そうだよ。あなたの下の名前。
田山明日香
田山明日香
どっちつかずは良くないよ。


 明日香の声に、あなたの下の名前は俯いて呟いた。

(なまえ)
あなた
選ぶって言ったって……私は………


 あなたの下の名前がふと顔をあげると、美風の洋服に溢れたジュースが掛かっているのが見えた。

(なまえ)
あなた
樋山くん大丈夫?


 宗介はハア、と忌々しげに短くため息をついた。

上野宗介
上野宗介
僕もう帰る。
(なまえ)
あなた
宗介!
上野宗介
上野宗介
勝手にすれば?。
上野宗介
上野宗介
樋山とごゆっくり。
上野宗介
上野宗介
それじゃあね。


 宗介の背中が階段を降りるのを横目で見ながら、美風が言った。

樋山美風
樋山美風
あなたの名字さん、上野の事なんか気にすることないよ。
樋山美風
樋山美風
リラックスして。


 美風は平気な顔でスタンドからメニューを取った。

樋山美風
樋山美風
居なくなってくれてせいせいする。
樋山美風
樋山美風
あなたの名字さん、デザートに何を頼みたい?。


 あなたの下の名前は困惑した顔で、渡されたメニューを受け取って開いた。











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