第120話

120.
4,731
2023/09/28 12:00
この前あなたちゃんと一緒に飯を食ってる時にばったり会って、次の日会社のトイレで凄まれて。
あの若くて綺麗な子は誰だよ、おばさんに言うぞ!って脅したんです、俺!
あはは!

おじさんと川淵さんがちょっとウザい。どうしよう。
どうやって逃げようか、ばっかり考えてる。

一目惚れとか嘘でしょ。勘弁して。

「衛くんに連絡しなきゃな!」
おじさんがそう言って、血の気が引いた。

「衛くん?」
川淵さんが不思議そうに聞く。
「あなたちゃんのお父上だよ!」
「おお!」

何このテンション。

「やめて……」
「こういうことは早い方がいいからな!」
どうしようわけわかんない。

ああ、もう、電話してるし。

「あ、衛くんか?……この前はどうも!そうそう、今ちょっとあなたちゃん借りてるよ」

この前?
私の知らないうちに連絡してた?

「言ったでしょ!お見合い!あははは!」

お父さんなんていう?

お父さんだって、孫の顔がみたいよね。
だから、止めないかもしれない。

いつまでも兄に恋をしてるより、
もっとたくさん新しい出会いを経て、幸せになればいいと思ってるかもしれない。

目の前のニコニコしてる川淵さんをさり気なく観察した。
性格は良さそう。
明るい感じ。よく気が付く。
ラウール先輩を彷彿させる人当たりのよさ。
ラウール先輩を小さくして、かわいくした感じ。

目があった。
すっごいニコニコしてる。


何より、私のこと、大事にしてくれそうだ。
会って間もないのに、好き!って全身で表してくる。

おにいちゃん以外なら、もう誰だって一緒だ。
それなら、私も家族も愛してくれる人がいい。

そして。
亡くなった母の親類とこうやって再び繋がっていけるのならそれもいい気がした。
もう、私の意志など死んだも同然。

おにいちゃんのアパートから飛び出したあの雪の日、
おにいちゃんは私を追いかけてはくれなかった。
社会人になってすぐ、私を迎えに来てはくれなかった。
しつこく避け続けてる私を、怒らなかった。

抱いてくれたのも、死にたいって言った私をかわいそうだって思ったからだ、きっと。

もういい。
疲れた。早くひとりになりたい。


「結婚を前提に……お友達から、付き合ってもらえませんか」

おじさんがお父さんと電話で話してる間に、私にそう言った。

「お友達から、なら」

そう答えたのは、もう、考える気力も、抵抗する気力も失っていたからだ。

プリ小説オーディオドラマ