夏へと本格的に入った八月、箱根学園自転車競技部の合宿の手伝いを無事に終えた結衣は文芸部で参加しようとしているコンクールに向けて書き上げた小説の最終調整を行っていた。誤字脱字や文の言い回しなどを確認し合い、顧問の確認を貰い無事にコンクールの募集に間に合わせることが出来た中旬。
そして迎えた自転車競技部が優勝を目指してキツイ練習に取り組んでいたインターハイの日を迎え、朝早くから会場には沢山の選手が集まっていた。
そんな中を掻き分けながら私立箱根学園のジャージを探している結衣は、合宿終わりに連絡先を交換した荒北から電話を貰っていた。
合宿後、お互いの目標に向かって過ごしていた二人はなかなか顔を見合わせることも無く、ただ交換したメールで近況を報告する日々を過ごしていた。
とある日の夜、自室で勉強をしていた結衣の携帯は着信を知らせ画面を見ると思ってもみなかった荒北からの電話に少し緊張しながらボタンを押した。
思い出すと何とも強引で勝手な誘いだと思うがそんな所が荒北らしくて結衣はクスッと笑みを浮かべた、漸く各学校ごとのテントが置かれている場所に辿り着きキョロキョロとしていると突然に肩を叩かれた。
自転車を押しながら歩き出す真波の後ろを着いていくと、一つのテントの前に足を止め中を覗くと福富を始めとしたレギュラー陣が準備を進めていた。
辺りを見回すと無心に自転車の点検をしている者や試合用のジャージを着て目を輝かせている者、それぞれの想いを胸にこのインターハイに臨んでいるんだと思うと「夢に向かって一生懸命な人達」なんだろうと思わされる。
この空気感は一度結衣も味わっている、目標は違っても何かに一生懸命に取り組む空気感は文芸部でも感じ取っていた。
そんな事を思いながら福富達の邪魔にならないように隅っこで待っていると、荒北がテントの中に入ると結衣を見付け大股で歩み寄ってきた、しかも眉間に皺を寄せた表情でだ。
真波の所に逃げようとした結衣の首根っこを掴みズルズルと引き摺るようにテントを後にする荒北、悲痛な悲鳴を上げる結衣の助けを呼ぶ声は誰にも届かなかった。
各学校ごとのテントや人だかりから離れた場所に連れてこられた結衣、未だに表情が怖い荒北に何をされるのか分からなく肩を震わせながら言葉を待っていた。
すると首根っこを掴んでいた手が離れ自由にされた結衣は一歩離れて、荒北を見上げると片手を伸ばされた事に恐怖心を煽られた彼女は目を閉じて言葉を言い放った。
怒ってる訳じゃなかったと分かった結衣は肩の力を抜き、ホッとしていると荒北は一歩踏み出し華奢な身体を抱き締める。
優しく締め付けてくる逞しい腕の感触と鼻に香る荒北の匂いに胸がドキドキと鼓動を鳴らし始め、この緊張感が彼にも伝わればいいのにと思いながら背中に腕を回した。
抱き締めたのは二回目だが、どちらも嫌がられず寧ろ受け入れてくれる結衣の姿に愛おしさが募る荒北は目を閉じた。
どれぐらいこの状態で居たのか、数分が長く思えて身体を離す時は名残惜しさも胸に覚えた。
荒北の言葉にそう返事をすると、いつもの勝気な笑みを浮かべて髪を乱暴に撫でてくる手つきに結衣は願わずにはいられない。
「箱根学園が優勝しますように」
そして、荒北にとって最後となるインターハイの試合が始まるのだった。


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。