……おかしい。絶対におかしい。ありえん。なんで。なんで………
勢いよく蹴りを入れてやった。かかとの尖り具合を最大限に活かした我ながら最高峰の回し蹴りは、奴の腹に深く深くめり込んだ。床で転げ回って悶絶する奴を軽蔑の目で見つつ、学校へ行く支度をする。
この止まらぬ体の震えは怒りなのか恐怖なのか。
誰だって驚くはずだ。朝起きたらこいつが居るのだから。居るはずのないこいつが。部屋に。部屋の中に。
事の次第は至ってシンプルだ。遡ること数秒前。
我、起床。目を開けると視界いっぱいに朝日の美しい光――ではなく、紫髪の奴の顔面。え、キスすんの?って思って、控えめに言ってキモいなぁと感じて、気づいたら蹴りを入れていたという次第。可哀想と思ったそこのあなた、不法侵入罪を見逃してはいけませんこれは正当防衛です。
てかまじこの人、どっから入って来たんだよ。
始業式の朝から騒々しくさせた戦犯・しるこを床から引っ張り上げて、朝食の準備をしに一階へ降りた。
そしてしれっと朝飯も食ってるんよなこいつ。
何が何だかさっぱり分かってません、とでも言いたげな顔でこちらを見るしるこちゃん。このふざけたツラ。かち割ってやろうかってぐらい腹立つわ。いくら顔がね、整ってるからってねぇ、なんでも許されるわけじゃないのよ。
間違いなく犯罪者予備軍。怖いんだけど。どうする?自分の幼馴染が数年後大人になってからテレビに出てたら。『しるこ容疑者が○○罪で現行犯逮捕されました』って。笑えんぞ、マジで。
私がしるこちゃんを叱責すると、彼はぴよんと横に飛び出た耳のような髪の毛をしゅんとさせて、黙々と朝飯を食い始めた。仔犬みたいだな、とか思いながら見ていると、それまでの元気のなさはどこへやら、みるみる謎のエネルギーが満ちてきたしるこちゃんが、にやにやしながら私を見て言った。
急に意味不明で自意識過剰なことをほざき始めた幼馴染。なにこいつ。やば。
この言い様である。
そうこうしているうちに家を出る時間になった。こいつに構っていたせいで準備がまだ終わってない。
遅刻したらこいつのせいにしよ……。
恨みがましい視線でしるこちゃんにそう言って、私は準備のために再び二階へ上がろうとした。すれ違いざまに「あ、あなた」と呼び止められたので、半ばキレ気味に「なに」と振り向いた。
そしたら、最高の笑顔でひと言。
……まじ、意味わかんない。
それから即準備して、学校行きたくないと駄々こねるしるこちゃんを押し出す形で家を出た。
はこたろーとは、しるこちゃんの双子の実弟のこと。この兄とは真逆の性格と好みをしていて、基本誰に対しても丁寧かつ紳士的な応対をする(この兄にだけは世界一の塩対応をするが)。頭もよく物知りで、さらになんでも出来てしまう完璧ハイスペック男子のはこたろーだから、女子人気と兄人気がすごい。
さらに見た目も最高なんだから。非の打ち所がないよねマジで。
しるこちゃん曰く『はこたろーが3人居れば家が建つ』『一家に一台はこたろー』らしい。
なんでって言いよったこいつ。
先程のウザしるこを真似して言ってみた。我ながらキモいと自己嫌悪に陥るかと思ったが、意外にも自信満々に言ってみただけ気分は良かった。
私の唐突のヒステリックに驚いたようで、しばらくしるこちゃんはこちらを見つめて黙った。しかし次に口を開いたらもう、呆れるしかなかった。
否定するならもっと真っ向から完全否定してほしいもんだよ。悲しいから。
なんだ、そういうことか。……てか、冗談のつもりだったんだけどな。まぁいいか。
他愛もない話をしているうちに駅に着いた。学校はここから電車一本で20分程度のところにある。遠いのか近いのか微妙な感じ。いつもはここでしるこちゃん&はこたろーと、それから高校に入ってから仲良くなったとっくんってやつと合流する。
しかし今日はしるこちゃんがはこたろーを家に置いて明朝堂々不法侵入を行ったため、はこたろーはひとりでここまで来なきゃいけなくなった。……まぁ、彼としてはそっちの方がいいんだろうけど。
しるこちゃんの視線の先には、いつも通り自分で作ってきたお弁当を手に走ってくるとっくんの姿が。とっくんはマジで料理上手なんだよなぁ。プロ並みにうまいからいつも大体家に遊びに行った時はめちゃくちゃ豪華な晩飯まで用意してもらうもん。
着くなりはこたろーの不在を不思議に思うとっくん。そりゃそうだ。何があっても時間は守る男が、今日という日に珍しく兄より遅いのだから。……まぁ今日は我々が早すぎた(遅刻すると思って慌てすぎた)のもあるかもしれないけど。
そんなわけで朝の事件を赤裸々に全てとっくんに語り尽くした。
冷めた視線を送る人物がまたひとり増えた。
あのとっくんが、いつもみんなに優しくて滅多に悪口を言わない誠実神のとっくんが、こんなにあからさまに嫌な顔をするのは本当に天変地異ぐらいある。しるこちゃんってやっぱ、ある意味すげぇわ。
厨二病じゃないが、(殺意に)疼く右手を必死に抑えながら、最高にウザいしるこちゃんを睨めつける。よっぽど怖い顔をしてたんだろうな、とっくんのビビりようが凄かった。
その数分後、電車が来る直前に合流したはこたろーに同じ流れで朝の事件を語ると、デジャヴが起きた。
もう何だか目に光が無くて怖い。
悪口のボキャブラリーが多すぎるはこたろーの攻撃は、いつもいつもこっちまで心に刺さるぐらい威力がある。
汚物を見るような目でしるこちゃんを見るはこたろー。もはや実の兄に向ける視線ではない。というか人間に向ける視線ではない。
弁明の余地を与えぬはこたろーにメッタ刺しにされたしるこちゃんは、珍しいくらい静かになった。
電車に乗り込むと、先に乗っていたメンツと出会う。
それぞれ独特な挨拶をする三人は、しるこちゃんの旧友で我々のいつメンだ。
まずはじらいちゃん。ピンク色のふわふわの髪の毛とゆるい話し方で、可愛らしい雰囲気をまとう中性的な男子。しかし時折見せるサイコパスな一面は、これほど恐ろしいものはないってぐらい狂気的。まぁでも、根は本当にいい人で、よく周りを見ていてフォロー上手な彼だから、悩み相談を受ける数は段違いでもある。
続いてかるてっちー(基かるてっと)。サラサラのシルバーヘアの超絶イケメンで、お洒落と美容が大好きな営業ヤンキー担当。歌も上手くて独特なワードセンスをもつ、大胆不敵のスパダリ。魅惑のハスキーボイスは何人の乙女を堕としてきたのか計り知れない。本人は身長を気にしているらしい(163cmの私と並ぶと大体おんなじぐらいなんだよな…)。ちなみに、じらいちゃんとかるてっちーは家が隣。羨ましい。
そして最後にみんべんさん(基ミントス)。奈良の方出身らしく、致命的な滑舌の悪さを関西弁とイケボで中和している。豪快かつ爽やかな笑い方と生き様は、見ていてすがすがしくて気持ちがいい。ゲームが大好きで、どんなクソゲーも愛する彼のあだ名は『クソゲー界のインディ・ジョーンズ』。たまにマジでワケわからんクソゲー発掘してくるんだよなぁこの人。あ、あと、いつメン随一のイタズラ&妨害好き。しるこちゃんに嫌がらせするのがいちばんの楽しみとのこと。趣味悪いよな。分かるけど。
こうやって見ると我々ほんっとにクセ強いなぁ。
血の繋がった弟にまで裏切られたしるこちゃんはわざとらしく落ち込んでみせたが、その後誰にも相手して貰えず撃沈していた。
少しの間電車に揺られ、学校最寄りの駅に到着。人が雪崩のように外に放流され、駅構内はわんさかわんさか人まみれ。
確かに、いつものこの時間は、混んでいるとはいえここまで多くない。少なくとも、構内を歩く時に隣を歩く人と肩が触れ合うような混み方は前代未聞だ。
じらいちゃんは心当たりがあったのか、ぴょこっと地雷耳を立てて反応した。
山奥で野外コンサートだぁ?オーケストラか何かかよ。
そんなこんなで、一気に都会からは外れ、山の方へと入っていく。ここからもう少し歩いて、山の中頃まで行ったところが学校だ。
あー、確かに虫わくの嫌だわ。
日頃の行いと今朝の1件で信用ゼロの紫はいつになく総攻撃を受けているようだ。この3コンボ。笑わずにはいられまい。
なんだかんだ言いながら駅から数十分が経ち、学校に到着した。
相変わらず人気の死んだ学校だ。自他ともに認める『過疎高校』だからな……。
門のところでいつも通り花に水をあげる校長先生───小野賢章先生(皆からはよく『けんしょーさん』と呼ばれる)がいて、挨拶をするとそれはもうご主人が帰宅した時の犬みたいに食いついて嬉しそうに挨拶を返してくれる。
あとからついてきた面々もそれぞれ挨拶をする。
みるみる賢章さんの瞳が輝きはじめた。
教室に向かう途中で担任のリモーネ先生にも遭遇した。朝からやいのやいの教室の生徒に叫びながら歩いている。雰囲気から察するに、怒鳴っているわけではなさそう。
いちはちっていうのも私たちのクラスメイトのひとりで、しるこちゃんの昔からの親友。多分いちばん長い付き合いなのかな?そう言ってた気がする。天然でゲラでマイペースで、ほんとに猫みたいな人。見てて楽しい。
通り過ぎざまにいい香りが鼻を掠めた。いつもの匂い、レモンの香りのする香水。先生がいつもつけてるやつだ。恥ずかしげもなく堂々と嗅いでるところを一度先生に見られた時、先生が『しゃーなし、1回だけだかんな?』って私の手に香水をつけてくれたことを思い出す。あれで惚れない女はいないはず。私を除いて。
隣を見ると、去る先生の背中を追おうとするほどクンクン匂いを嗅ぎ回る下等犬しることそれを羽交い締めにして止めるはこたろーが視界にうつって、相当笑った。
教室に着くと、先に来ていた面々と久しぶりの挨拶を交わす。
珍しく早く来ていたと先程から噂のガキ大将こと花江夏樹(はなちゃん)&正一のコンビ、それから教室のすみっこで大人しくゲームをしているふぃおさん&おしんのコンビ、そしていちはちだ。
そう言いながら教室に足を踏み入れようとする私をおしのけて、我々の中の悪童2人組が教室に乱入した。
始業式の日ってもうちょっとさぁ、なんか、
『久しぶり〜』『え、なんかマジで最近会ってなかったよね』『うわ〜マジ感動〜』
みたいな感じで懐かしむ情緒がないもんなの?
まぁこれはこれでいつも通りでいいけどさ……。
まるまんま動物園なんよな……サルだらけの動物園。
早速灰色は茶色のところへ絡みに行っていた。さすがいちばんの仲良し小僧。
かるてっちーの摂取不足なのか、いちはちのテンションがいつも以上におかしかった。というかツボが浅すぎる。
こちらではふぃおしんの2人にはこたろーが話しかけている様子。平和そうなので私もそっとそちらに寄った。
愉快そうに笑う2人。
被害者側としては愉快ではないのだが、話すネタにはちょうどいいのでつい話してしまう。
そしてしるこの敵を量産してしまうというw
ごめんよしるこちゃん、貴様の味方はもう居ないw
楽しく談笑していると、チャイムが鳴った。今年度最初のホームルームが始まる。
って言っても、我々のホームルームなんて卒業まで変わらないいつも通りがやってくるだけなんだけどね。
やいやい言いながらリモーネ先生が教室に入ってきた。
この人らいきなり転入生に質問攻めとかしそうで怖いなー……絶対この学校選ぶの間違えてるわ。というか運がなかった。
いじめとか不良まみれの学校とかよりは全然いいけど、動物園も動物園で嫌よねほんと。
と、ガヤガヤなる教室を先生が『黙らんかいこんカス!』と一喝して鎮め、廊下にいるらしい転入生とやらに合図を送った。
ガラガラッと扉が開き、入ってきたのは───
転入生を見て急に叫び声を上げたみんべんさんにびっくりしてみんなの視線がそっちに逸れた。
なんなんだこのサル、ホームルーム中もまだ興奮が治まらんのか。
ふたりはどうやら知り合いだったようだ。それもかなり久しぶりと見える。それは確かに驚くわな。
出たァお決まりの文言〜〜〜!
あでも少女漫画のやつやん。ダメやんこれ。新しい物語始まってまうて。違う違う。
じらいちゃんなんかテンション高いな。
容姿端麗、頭も良さそうなあころしさんの転入を歓迎し、一通り皆が挨拶を終えたところで、先生がホームルームを始めた。
というわけで新たな仲間を加えて始まった、今年も新入生ゼロ(転入生1)のびんとろ学園の第2シーズン。
これからこの動物園でまた馬鹿騒ぎの日々が始まることに、喜んでいる自分がいることは否めない。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!