あなたs.
東京の夜は、いつも少しだけ明るすぎる。
窓の外に広がる灯りの海を、
私はぼんやりと眺めていた。
高層階の部屋。磨き上げられた床。整いすぎた空気。
ここで過ごす夜にも、もうすっかり慣れたはずなのに。
それでも、時々。
胸の奥に、名前のつかない余白が落ちる。
低く呼ばれて、肩がわずかに揺れた。
振り返ると、ソファに腰を下ろした鉄朗くんが、
こちらを見ていた。
ネクタイはすでに外され、
シャツの第一ボタンが緩んでいる。
仕事終わり特有の、少しだけ気の抜けた大人の空気。
小さく笑って答えると、鉄朗くんは肩をすくめた。
揶揄うような口調。
けれど視線だけは、いつもより少しだけ柔らかい。
—— この人は、ずるい。
踏み込みすぎない距離で、きちんとそばにいる。
初めて会った夜から、ずっと。
芸能関係者の集まるパーティーだった。
人の多さに少し疲れて、
壁際でグラスを持て余していたとき。
軽い第一声。
けれど、目だけが全く笑っていなかった。
あの時から、もう。
この人は、きっと本気だったのだと思う。
いつの間にか、すぐ傍に来ていた。
鉄朗くんの指先が、私の髪に触れる。
整えるような、確かめるような、静かな仕草。
低く笑ってから、不意にそのまま引き寄せられる。
背中に回された腕は、強すぎないのに逃げ場がない。
言い切る声は、穏やかなのに揺るがない。
こういうところが、少しだけ苦手で。
—— 少しだけ、安心する。
付き合って、二年半。
外では、並んで歩くことも、ほとんどない。
もし出かけるとしても、私は必ず変装をするし、
鉄朗くんは人目のある場所では一定の距離を守る。
完璧な、大人の恋。
何一つ、不満なんてないはずなのに。
耳元で、低い声が落ちた。
首筋に触れる吐息が、さっきよりも近い。
肩口に額を預けたまま、鉄朗くんは小さく息を吐く。
肯定は、やけに素直だった。
その分だけ、声の温度が低い。
指先が、髪を梳く。
優しいのに、逃がさない触れ方。
初めて聞く種類の声だった。
鉄朗くんは、滅多に弱音を混ぜない。
どくん、と胸が鳴る。
背中に回された腕が、ほんの少しだけ強くなる。
ほとんど、息みたいな声。
ふざけも、余裕も、もう混じっていない。
静かに、まっすぐに、重い。
耳元で、もう一度。
低く、確かに落とされた本音。
飾らない、ただの独占欲。
息が、止まった。
数秒遅れて、鉄朗くんは小さく息を吐く。
一度、言葉が切れる。
そして、いつもよりほんの少し低い声で。
胸の奥が、静かに、深く揺れた。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!