───原さんが抱いた、最初の違和感───
(第三者視点:原さん)
原は最初、それを
「変化」と呼ぶべきかどうか迷った。
廉は元々、礼儀正しく、
距離感の取り方もうまい後輩だった。
必要以上に踏み込まないし、
感情を外に出しすぎることもない。
仕事でも私生活でも、
どこか線を引いて生きている男だと思っていた。
だが、ある時期から、その線が見えなくなった。
「原さん、お疲れさまです」
声はいつも通り穏やかで、言葉遣いも丁寧だ。
それなのに、目が違う。
原は説明できない違和感を、何度もその視線の奥に見つけていた。
(……焦点が、合ってない)
廉の視線は、会話の相手ではなく、もっと遠く─
いや、逆だ。
まるでたった一つの場所にだけ、世界が収束しているような目だった。
その中心にいるのが、あなただと気づいたのは、偶然だった。
ある日の帰り道、原は二人を見かけた。
廉はあなたの少し前を歩き、
振り返らずに話している。
だが歩調は、ぴたりと合っていた。
「今日は人が多いね。無理しなくていいよ」
「……はい」
あなたは、返事をするだけ。
笑っている。表情は柔らかい。
だが、自分で進む速度を決めていない。
廉が立ち止まれば止まり、歩けば歩く。
原は、ぞっとするほど自然なその動きに、
背中が冷えた。
(手、繋いでないのに……)
拘束はない。
命令もない。
それなのに、
選択が最初から存在しないように見えた。
後日、原はそれとなく廉に声をかけた。
「最近、あなたちゃんとよく一緒だな」
「はい。あの人、外の環境が苦手なんす。俺がいた方が安心できるみたいなので」
即答だった。
迷いも、誇張もない。
まるで「空が青い」と言うのと同じ調子で。
「……それ、あなたさん自身が言ってたのか?」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、廉の視線が揺れた。
「……ええ。最初は」
最初は。
その言葉が、原の胸に引っかかった。
「今は?」
廉は微笑んだ。
とても優しく、穏やかで、拒絶の余地を与えない笑みだった。
「今は、言わなくても分かりますね」
その瞬間、原は確信した。
これは恋愛でも、善意でもない。
──世界を一つに閉じる行為だ。
原が最後に二人を見た日のことを、
今でも鮮明に覚えている。
薄暗い部屋。
窓は開いている。鍵もかかっていない。
それでもあなたは、
そこから一歩も動こうとしなかった。
廉は少し離れた場所で、静かに立っている。
触れていない。
命じていない。
ただ、そこに「在る」。
原が声をかけようとした、その時。
あなたが、廉を見上げて、こう言った。
「……廉がいい」
原は、その言葉の意味を理解するのに、
数秒かかった。
それは選択ではなかった。
願いでもなかった。
そう。
"世界を捨てた音"だった。
廉は原に気づき、深く頭を下げた。
「原さん。もう大丈夫ですよ」
その声は、最後まで丁寧だった。
原は、その場から何も言えずに立ち去った。
なぜなら、あの部屋には───
閉じ込めるための壁も、鍵も、
必要なかったからだ。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。