第7話

. 違和感の正体
43
2026/01/30 07:01 更新


───原さんが抱いた、最初の違和感───

(第三者視点:原さん)














原は最初、それを
「変化」と呼ぶべきかどうか迷った。






廉は元々、礼儀正しく、
距離感の取り方もうまい後輩だった。

必要以上に踏み込まないし、
感情を外に出しすぎることもない。











仕事でも私生活でも、
どこか線を引いて生きている男だと思っていた。

だが、ある時期から、その線が見えなくなった。









「原さん、お疲れさまです」













声はいつも通り穏やかで、言葉遣いも丁寧だ。

それなのに、目が違う。

原は説明できない違和感を、何度もその視線の奥に見つけていた。












(……焦点が、合ってない)













廉の視線は、会話の相手ではなく、もっと遠く─



















いや、逆だ。


まるでたった一つの場所にだけ、世界が収束しているような目だった。

その中心にいるのが、あなただと気づいたのは、偶然だった。


















ある日の帰り道、原は二人を見かけた。

廉はあなたの少し前を歩き、
振り返らずに話している。






だが歩調は、ぴたりと合っていた。














「今日は人が多いね。無理しなくていいよ」
「……はい」












あなたは、返事をするだけ。

笑っている。表情は柔らかい。
だが、自分で進む速度を決めていない。

廉が立ち止まれば止まり、歩けば歩く。









原は、ぞっとするほど自然なその動きに、
背中が冷えた。

(手、繋いでないのに……)

拘束はない。
命令もない。


それなのに、
選択が最初から存在しないように見えた。


後日、原はそれとなく廉に声をかけた。

「最近、あなたちゃんとよく一緒だな」
「はい。あの人、外の環境が苦手なんす。俺がいた方が安心できるみたいなので」




即答だった。

迷いも、誇張もない。
まるで「空が青い」と言うのと同じ調子で。












「……それ、あなたさん自身が言ってたのか?」













一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ、廉の視線が揺れた。








「……ええ。最初は」












最初は。







その言葉が、原の胸に引っかかった。

「今は?」

廉は微笑んだ。
とても優しく、穏やかで、拒絶の余地を与えない笑みだった。






「今は、言わなくても分かりますね」







その瞬間、原は確信した。
これは恋愛でも、善意でもない。
















──世界を一つに閉じる行為だ。















原が最後に二人を見た日のことを、
今でも鮮明に覚えている。

薄暗い部屋。
窓は開いている。鍵もかかっていない。

それでもあなたは、
そこから一歩も動こうとしなかった。

廉は少し離れた場所で、静かに立っている。






触れていない。
命じていない。









ただ、そこに「在る」。

原が声をかけようとした、その時。
あなたが、廉を見上げて、こう言った。















「……廉がいい」
















原は、その言葉の意味を理解するのに、
数秒かかった。

それは選択ではなかった。
願いでもなかった。









そう。



















"世界を捨てた音"だった。



















廉は原に気づき、深く頭を下げた。











「原さん。もう大丈夫ですよ」










その声は、最後まで丁寧だった。

原は、その場から何も言えずに立ち去った。










なぜなら、あの部屋には───
閉じ込めるための壁も、鍵も、
必要なかったからだ。

プリ小説オーディオドラマ