第2話

 邂逅
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2026/02/15 10:43 更新







 ___ 桃 side




 いつもみたいに外に出されて、

 いつもみたいに裸足で座って、

 いつもみたいに辺りは暗くて、


 …そのまま、いつもみたいに朝になるはずだった。


…ぇ、?

 いつもみたいにうずくまって、

 ただ寒さに耐えていたのに。


 急に、目の前にコーヒーの缶。

 その缶に添えられた指先を辿って、上を見た。

 人がいた。

 男の人。

 若かった。
……ん、 ( 差出
……ありがとう、 ( 受取

 如何していいのかわからなくて、

 結局恐る恐る受け取った。

 渡されたそれはじんわり温かくて、

 かじかんだ手を解してくれた。
、、風邪、引くんじゃねえぞ ( ぽんぽん
っ…、? ( 見上

 見上げて伺ったその人の表情は、

 笑ってもいなくて、

 悲しそうでもなくて、

 苦しそうでもなくて、


 ただただ、真顔だった。


 でも、軽く撫でられた頭から伝わる。

 その手の体温が、

 その心の優しさが、


 俺には、紅く輝いて見えた。
じゃ、 ( 去
ぁ、、

 遠のいていく背中を眺める。

 段々小さくなっていって、

 曲がり角で見えなくなった。


 また、俺の世界は静寂に戻る。

 いつも通りの暗闇が、

 俺の手元にあるコーヒー缶を灯に、

 色づいたような気がした。


 受け取った缶を、

 両手で握りしめる。

…変なひと、

 吐いた白い息は、

 闇に溶けて、消える。


 数年前、俺がまだ小学校低学年だった時。

 さっきの人みたいに、

 通りすがりに声をかける大人が沢山いた。

.
君、どうしたの?
.
お母さんと喧嘩でもしたのかな?
.
早くお家入ろうね
.
こんな夜遅くまで、、

 大体は、そんな内容だった。

 でも、さっきのお兄さんは違った。

赫( 回想 )
、、風邪、引くんじゃねえぞ ( ぽんぽん


 何も言わずに、頭を撫でてくれた。

 ” 俺 ” のことを考えてくれた。
…、

 俺は、嬉しかったのかもしれない。

 変にくどくない、

 あの人なりの、優しさが。

 あの人なりの、距離感が。

っ… ( ぐすッ、ぽろぽろ、、


 別に、いつものことなのに。



 外で夜を明かすのも、

 寒い中裸足なのも、

 暗闇の中一人きりなのも、



 全部全部、

 いつものことなのに。







 ぬるくなっていくコーヒー缶を握りしめながら、

 俺は泣いた。









…ん、 ( 差出
 

 次の日も、お兄さんはやって来た。

 また、ホットコーヒーの缶をくれた。


 昨日と同じ、黒いパッケージ。

 無糖を表すそのデザインは、

 俺にはまだ早かった。


 それでも、

 渡されるその温もりが、

 俺は何より嬉しかった。

…ありがとう、 ( 握締
… ( ぽんぽん

 2回だけ撫でられる。

 その感触も昨日と同じで。


 また、お兄さんを見送る。

 段々小さくなっていって、

 曲がり角で見えなくなった。








































 次の日も、その次の日も。

 お兄さんはやって来た。

 手には必ずコーヒーの缶。

 毎日飽きずに、同じ種類の同じ味。

 毎日同じ温度で渡されるコーヒーが、

 俺の心を支えていた。



 次第に、お兄さんがコーヒーをくれる時、

 軽い雑談ぐらいはするようになった。



 お兄さんのこともだいぶ知った。

 名前は凪紬なつで、24歳。

 俺の一回り上。

 普段は家で仕事をしてるらしい。

 夜のこの時間にここを通るのは、

 コンビニに行くからだとかなんとか。

この辺にコンビニなんてあったっけ
そこの角曲がったとこにあんだよ
ふーん、、
毎日コンビニ行って飽きないの?
別にコンビニに楽しさ求めてねぇし、
俺がコンビニ行かなくなったらここも通んねぇけど?
……別に、
勝手にすれば、
…素直じゃねぇな、 ( わしゃ〃
っん、、

 お兄さんは、俺の頭をよく撫でる。

 最初は2回、軽く触れるだけだったけど、

 今ではわしゃわしゃと髪をかき乱すように撫でるから、

 少しくすぐったい。


 お兄さんは、毎晩日付が変わるギリギリに来て、

 日付が変わって30分くらいしたら帰る。

 
 その30分で、俺の心は満たされる。

 お兄さんの顔は相変わらず無表情だけど、

 俺は、お兄さんの雰囲気が好きだった。



 お兄さんがいない頃、どうやって夜を過ごしてたか、

 思い出せなくなっていた。




 次の日、お兄さんは来なかった。

 次の日も、

 その次の日も。

…なんで、

 別に、約束したわけじゃない。

 約束したわけじゃないけど、

 来てくれないことが、

 どうしようもなく悲しくて、寂しくて、


 今までくれたコーヒーの缶を寄せ集めて眠った。

 全部、夜明けまで握りしめているせいで未開封だ。

 開けたところで飲めもしない。

 起きると、ごつごつしたものが身体に当たっていて痛かった。

 それでも良かった。


 お母さんに見つからないうちに、缶を隠した。

 アルミ缶の縁で指を切って、痛かった。

 それでも良かった。
っ… ( 顔歪


 お兄さんに、会いたかった。




 お兄さんが来なくなって1週間。

 段々元の俺に戻り始めていた頃、

 お兄さんはやってきた。
っお兄さ、ッ
…久しぶり、

 いつも通りの無表情で、

 いつも通りの雰囲気で、

 いつも通りのコーヒー缶。


 俺のいつも通りは、

 暖かい思い出へと変わっていたことを、

 改めて思い知る。

何があったの、?
インフル、
久しぶりにかかったせいか体力激落ちでこの通り、 ( 服捲
っ?!

 お兄さんが捲ったトレーナーの下には、

 痛々しい痣の数々。
ぇ、ど、ッ…? ( 困惑
…ふはッ ( 笑
、!

 俺が焦っていると、

 突然、お兄さんが笑った。

 自然に零れた、そんな笑みだった。

 お兄さんが笑ってるのを初めてみた。


 笑ってる顔も好きだなって思った。

足の筋肉やばくてさ
家ん中でコケまくったらこのザマ
…見た目程酷くねぇから安心しろ、 ( わしゃ〃
いや、、見た目が全てでしょ…

 寂しさも、

 悲しみも、


 お兄さんがいなかったことで

 感じていた喪失感も。


 すべて忘れて、

 お兄さんと笑い合っていた。


 夜の12時過ぎ、

 コンクリートで出来た駐車場の隅で、

 白い息を吐きながら漆黒の空の元、

 どうでもいい話をする。
…お前とお揃いになっちまったな、

 急に、お兄さんが声のトーンを落とした。
何が、?

 横を向くと、空を見上げているお兄さんの横顔が目に入る。

 瞬間、どくんと心臓が跳ねた。
…ッ
何の、こと?
ま、数はお前の方が圧倒的だろーけど、

 顔色一つ変えずに言うお兄さんに、

 この人は分かってるんだ、と気づく。

 まぁ、それもそうかもしれない。

 こんな夜中まで、

 しかも裸足で、

 子供一人で駐車場に蹲っていれば、


 辿り着く答えは、一つしかない。

…お揃い、

 お兄さんの言葉を、なぞるように反芻す
そ、お揃い
いーね、お揃い、 ( 笑
……ん、 ( 微笑

 笑いかけたお兄さんの顔は、

 どこか切なくて、

 儚くて、

 
 初めて、” 感情 ” を感じさせた。


 
 綺麗だった。

なぁ、
親、好き?
…っ、
好き、ではない…かな、
じゃあ嫌い?
嫌い…
嫌い…なのかな、?
…じゃーあ、
俺と親、どっちがい?
ッお兄さんに決まってるでしょ、

 お兄さんの、綺麗な紅い目を見る。

 その目は、他の誰でもない、

 
 俺を捉えていた。

嘘じゃない? ( 笑
嘘じゃないって、 ( 笑
じゃあさ、




















































































俺ん家、来る?


 その言葉は何処までも軽くて、

 否、

 何処までも軽く見えて。


 月明りに照らされたお兄さんの睫毛が、

 キラキラと輝いて見えた。

……
いく、
…!
、、ん、 ( 手差出
( 手握

 差し出されたお兄さんの手を取り、

 横に並んで歩き出す。

 
 お兄さんは、何もしゃべらない。

 前を向いたまま、俺の手を握って歩く。

赫( 回想 )
俺ん家、来る?


 その誘いが、どういうものか。

 ただ単に、家に遊びに来いというのではないことは、

 子供ながらにはっきりと理解していた。


 お兄さんに、着いて行きたいと思った。

 お兄さんなら、

 この人なら、

 着いて行ってもいいと思った。










 俺の夜を、

 変えてくれたから。









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