第3話

 信憑
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2026/02/15 10:43 更新


 真夜中の住宅街は静かで、暗かった。

 繋がれた右手から伝わってくる体温が、

 俺の冷え切った心を満たしてくれる。
…ぁ、

 いつもお兄さんが見えなくなる曲がり角を曲がった時、

 眩しい光が目に飛び込んでくる。

 無機質なその明かりが、暗闇によく映えていた。
ん、此処コンビニね

 俺の零した声に反応するかのようにお兄さんが言う。
お兄さんが行ってるとこ?
そうそ、
ふーん…

 コンビニに行ったことの無い俺は、

 人が出たり入ったりしている様子をじっと見ていた。
…そんな珍しい?
ん、 ( 頷
ふーん、

 お兄さんのそんな適当な相槌を最後に、

 会話は終わった。

 コンビニを通り過ぎ、また閑静な住宅街へと移る。

 相変わらず人はいないし、車もいない。

 どこの家も明かりは消えていて、

 暗くて、寒い。

 
 でも、一人で過ごす夜よりは、

 暖かく感じた。



 お兄さんの家は、意外と近かった。

 少し奥まったところにあるマンションの前で、

 お兄さんは立ち止まった。

ん、入ってー


 お兄さんにオートロックを解除してもらい、

 先にロビーに足を踏み入れる。

 目に入るお洒落な照明や飾りの数々。

 如何にも高そうな雰囲気にたじろいでいると、

意外といいとこ住んでるっしょ?
ぇ、あ、うん

 背後からいきなり声を掛けられ、
 
 何とも言えない返事をする。
ふは、 ( 笑

 お兄さんが笑う。

 最近、お兄さんはよく笑うようになった。

 相変わらず基本は真顔だが、

 ふとしたときに見せる笑顔が、

 柔らかくて暖かいのを俺は知っている。
ん、どーぞ?
っぇ、あ

 いつの間にか呼ばれていたエレベーター。

 お兄さんがボタンを押してくれている間に先に乗り込む。

 中には、紅い絨毯がひかれていて、

 裸足の俺はふわふわとした感触を確かめるように数回足踏みをした。
、?

 お兄さんはそんな俺を不思議そうに見た後、

 あ、と声を盛らした。
そっかお前裸足なんだっけ、
?うん、
すまん、歩くの痛かったよな

 急に謝ってくるお兄さん。

 お兄さんに謝られるのは初めてで、

 少し恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになる。
ぃや、そんなに、、

 此処までの道路はしっかりと舗装されていたし、

 嘘ではない。

 確かに少し冷たかったけれど、

 そんなものには慣れている。
今度、靴買いに行こーな、
…ぇ、
いいの、?
おう、かっけぇやつ選べよ ( わしゃ〃
ん、、

 靴を買ってくれることも勿論嬉しかった。

 けど、それ以上に、

 ” 今度 ” っていう言葉が、


 何より、嬉しかった。

 ( ぽーん

 お兄さんにわしゃわしゃと頭を撫でられていると、

 ぽーんという音を立てて、エレベーターが止まる。

 モニターには7の数字が表示されている。
降りろー
はーい、、

 開ボタンを押してくれているお兄さんの横を通って、

 フロアへと降り立つ。

 絨毯とは違う、ひんやりとした冷たさが足に伝わった。
ん、こっち

 お兄さんに連れられるまま、

 部屋の前まで来る。

 お兄さんは鞄を漁り、鍵を取り出した。

 かちゃんっという音と共に扉が開かれる。
どーぞ?
お、お邪魔します…、

 いそいそと中へ入ると、背後で鍵の閉まる音がする。

 少しびっくりして後ろを振り返ると、

 不思議そうな顔をしたお兄さんが目に入る。
…何、どした?
ゃ、ちょっとびっくりしただけ、、
… ( 頭撫
っゎ、?
…閉じ込めたりしねぇよ
っ…!

 何故分かったのだろう。

 心臓がばくばくと音を立てる。

 数秒見つめ合った後、

 お兄さんは靴を脱いで部屋へ上がった。
…あぁ、そっか
、、?

 俺が玄関で立ち尽くしていると、

 お兄さんは何かを思い立ったように俺の前で膝を折る。
ちょっと揺れんぞ、
ぇ、ちょ、っ?!

 そう言って、お兄さんは俺の身体を軽々と持ち上げる。

 担がれるような体制になって、思わず体をジタバタと動かしていると、

 お兄さんの手が背中に回り、抱きかかえられるようになった。
暴れてっと落ちんぞ、
っう…

 がっしりとホールドされて、

 俺は抵抗をやめた。


 視界の隅にちらつく、お兄さんの綺麗な栗色の髪の毛。

 思わず顔を埋めたスウェットパーカーからは、

 優しい柔軟剤の香りがして、擽ったい気持ちになる。

 
 お兄さんは脱衣所のドアを開け、

 お風呂場に俺を下した。
よし、じっとしてろよ

 そう言って、腕を捲りながらお風呂のドアを閉める。

 俺を椅子に誘導した後、丁寧に俺の足を洗い始めた。
お湯、熱くねえ?
うん、大丈夫、

 されるがままの俺は、

 お兄さんの優しい手つきに思わずまどろむ。

 意識が飛びそうになりながら、

 こっくりこっくり舟を漕いでいると、

 案の定椅子からずるっと崩れ落ちる。
わ、ッ
っぶねぇ…ッ ( 受止
ぁ、ごめ…ありがとう、

 落ちそうになった俺の身体を、
 
 お兄さんが片手で支えてくれた。

 眠い目を擦りながらお礼を言う俺を見て、

 お兄さんはふっと笑う。
もう終わるけぇ、寝んなよ ( ぽんぽん
んっ、

 ふわっとしたタオルで包まれる感覚があった後、

 またもや体が浮く。
…終わったぁ、?
終わった終わった、

 覚醒しきっていない頭を働かせ、

 お兄さんを見る。

 気づけば俺はダイニングに座っていた。
…ん、ありがと
いーえ

 少し湿った足元をぱたつかせながら、

 キッチンに立つお兄さんを観察する。

 いつも暗闇に塗れて話をしていたからあまり気にしなかったけど、

 お兄さんは思っていたよりだいぶイケメンだった。
…何、 ( 笑
へっ、ぁ、何でも…

 見すぎていたのだろう。

 お兄さんはふっと顔を上げ、おかしそうに微笑んだ。

 その笑顔が何処までも綺麗で、

 何だか恥ずかしくなった俺は、ばっと顔を背けた。

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