潔は下唇を噛む。
蜂楽はポストに当たって弾かれたボールを追いかけた。
「わりっ…ありがと蜂楽」「いえいえ~♪︎」と長い距離を挟んで言う。
もう終わるが、今は潔が中心の練習中だ。
久遠は雷市の嫌味のような挑発のような言葉を流すようにして声をかける。
あなたはフィールドから出た潔の後を、ボトルを持って追った。
「ほらほらっ!笑って世一っ」と潔の頬をぐいっと斜めに引っ張る。
潔は水が飲めないからやめろ、と言うように怒ったように、けれど嬉しそうに 楽しそうに笑った。
何かを考えながら水を飲む潔を、あなたはジーッと見つめる。
潔の横顔は美しかった。
美を追求してきた者から見れば、潔の顔は特別綺麗な訳じゃない。
かと言って、不細工なわけでも決してない。
潔だからこそ美しい。
日本人らしい健康的な肉のつき方も、キリッとした眉も、飲み込む度に上下する喉仏も、大きく惹かれる目玉も。
何もかもが美しい。
きっと、あなたには存在しないものだから。
作られていない、自然なままの美しさ。
あなたはその上下する喉仏に吸い付く。
変な声が潔の口から出る。
潔はバッと口を押さえると同時にあなたから退ける。
潔は顔を真っ赤にして叫ぶ。
それから自分の喉仏を擦る。
潔はまだ顔を赤く染めたまま俯く。
するとモニターに明かりが点いた。
絵心は焼きそばを食べたまま喋り、ホログラムの表を出す。
絵心は焼きそばを啜る。
すると食べていた割り箸をこちら側に向けて言った。
あなたは一瞬身構える…が、自身にランキングが存在しないことを思い出しすぐ身体を脱力させる。
あなたは絵心から目線を外す。
そして、トップランカーを見た。
今、ここで、最も「世界一」に近い男。
最も「エゴイスト」である男。
その名前を聞いて自然と笑みが溢れる。
その後絵心は、次の試合のやり方だったり、己の武器の在り方だったり、その武器を突出させるやり方だったりを話していたが、そこまで興味はなかった。
モニターが切り替わり、第7試合まで残り24時間と書かれている。
ゾロゾロとロッカールームに歩いていくも、トップランカーは1人でポツンと座っている。
どうやら考え事をしているようだった。
声を掛けたそのとき、潔は急に走り出した。
肩をビクッと震わせる。
なにが起きたのか分からなかった。
けれど、潔のその背中を見て、また勝手に笑みが溢れた。
横から声が聞こえる。
潔は後ろを振り返る。
「青春だなぁ」なんてことを思う。
でも、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、清々しくて、心地よい。
この瞬間が永遠に続けば良いのに。
でも、それを世界は許してくれない。
許してくれるワケがない。
強く願った。
どうしようもないものだけれど、強く、強く。
感情の海の底のそれを、どうしようもなく望んだ。
『普通でありたい。』
『普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通にご飯を食べて、普通に暮らしたい』
『普通に"幸せになりたい"』
そんな願いは、周りはおろか、自分すらも気付かないまま、泡沫のごとく遥か彼方へと消えていった。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!