1日目
正式に付き合い始めた、その翌日。
昨日の夜のことが、夢みたいで、でも確実に現実で。
あなたの下の名前は朝からずっと落ち着かなかった。
スマホの通知が鳴るたびに、心臓が跳ねる。
画面を開く。
柔太朗:
「おはよ。」
たった三文字。
それだけで、こんなに顔が熱くなるなんて。
あなたの下の名前は深呼吸してから返信する。
あなたの下の名前:
「おはよ。今日は撮影?」
数秒後、すぐ既読。
柔太朗:
「昼から。今ちょっと時間ある」
「会える?」
突然すぎる。
昨日“彼氏”になったばかりの人からの「会える?」。
胸がきゅっと締めつけられる。
でも。
――距離、置かなきゃ。
そう思ったはずなのに。
あなたの下の名前:
「午前中なら…少しだけ」
送ってしまった。
既読がついて、すぐ電話がかかってくる。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて出る。
柔太朗:
「もしもし?」
声、近い。
昨日より近い。
あなたの下の名前:
「…なに?」
柔太朗:
「今から迎えに行く」
あなたの下の名前:
「え、来なくていいよ」
柔太朗:
「やだ。彼氏なんだから」
その言い方、ずるい。
黙ってしまったあなたの下の名前に、柔太朗は笑う。
柔太朗:
「顔見たい」
一瞬、言葉が出なかった。
「…勝手に来れば」
強がり。
電話を切ったあと、ソファに顔を埋める。
(好きになりすぎないようにしなきゃ)
そう決めたのに。
もう無理かもしれない。
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午前10時
家の前。
車から降りてきた柔太朗が、軽く手を上げる。
「おはよ」
昨日と同じ言葉なのに、まるで違う。
距離が近い。
目が合う。
少し照れたように視線を逸らす柔太朗。
柔太朗:
「…なんか、変な感じ」
あなたの下の名前:
「何が」
柔太朗:
「昨日までとは違うっていうか」
同じことを思ってた。
二人とも少し笑う。
歩き出す。
指が、少し触れる。
触れただけで、体温が伝わる。
柔太朗がふっとこちらを見る。
柔太朗:
「手、繋ぐ?」
心臓、爆発しそう。
あなたの下の名前:
「……人いるし」
柔太朗:
「気にしすぎ」
そう言いながら、自然に指を絡める。
ぎゅっと。
逃げられない。
いや、逃げたくない。
「…柔太朗」
無意識に名前が出る。
柔太朗が一瞬止まる。
柔太朗:
「今、呼んだ?」
あなたの下の名前:
「え?」
柔太朗:
「柔太朗って」
今まで苗字だった。
彼氏になった瞬間、変わった。
あなたの下の名前:
「嫌?」
柔太朗:
「嬉しい」
その顔、反則。
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カフェに入る。
向かい合わせに座る。
でも距離が近い。
テーブル越しなのに、近い。
柔太朗:
「なんかさ」
あなたの下の名前:
「うん」
柔太朗:
「昨日からずっと考えてた」
不安が一瞬よぎる。
(いつか終わるのに)
胸が痛む。
柔太朗:
「これから、どんな1年になるんだろうって」
その言葉。
心臓が止まりかける。
――1年。
彼はただの未来の話をしてるだけ。
でもあなたの下の名前にとっては、“終わりのカウントダウン”。
あなたの下の名前:
「…1年?」
柔太朗:
「いや、なんとなく。1年後も一緒にいられたらいいなって」
視線を逸らす。
見ていられない。
あなたの下の名前:
「…どうだろうね」
柔太朗:
「え、なにその反応」
笑いながらも、少し不安そう。
その顔を見ると、胸が苦しい。
(嫌いにならなきゃ)
(好きになったら、もっと辛くなる)
なのに。
手を握り返してしまう。
あなたの下の名前:
「今日、何するの」
話を逸らす。
柔太朗:
「散歩して、撮影行く」
あなたの下の名前:
「私も仕事戻る」
柔太朗:
「夜、電話していい?」
間髪入れずに答えてしまう。
あなたの下の名前:
「いいよ」
柔太朗が嬉しそうに笑う。
「よかった」
その笑顔が、まっすぐすぎる。
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1日目の夜
電話越し。
「今日、楽しかった」
「うん」
「なんかさ、ちゃんと彼氏彼女って感じだった」
その言葉に胸が熱くなる。
でも同時に、どこかで時計の音がする。
――残り、364日。
(ごめんね、柔太朗)
言えない言葉を飲み込む。
柔太朗:
「明日も会えたらいいな」
あなたの下の名前:
「…うん」
柔太朗は、未来を疑っていない。
あなたの下の名前だけが、終わりを知っている。
それでも。
今日だけは。
「おやすみ、柔太朗」
「おやすみ、あなたの下の名前」
その呼び合いが、胸に残る。
こうして、
幸せなカウントダウンの1日目が終わった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!